第14話気になる話
「れ・い・くん」
放課後になったところで佳織が俺の席にやってくる。妙に不機嫌そうなかおをしているのは俺の気の所為だろうか。
「今日ちょっと遊びに行かない?行きたいところあるんだ」
「俺とか?…他の友だちでも誘って行ったほうがいいんじゃないか?」
俺の返答に佳織は明らかに不機嫌そうになった。腕を組んで俺の眉間をまじまじと見つめた佳織は頬を膨らませる。
「むぅ、零くんは相変わらずのにぶちんだね。許すマジ」
「なんだよそれ。俺なんか悪い事したかよ」
「零くんは悪いことしてばかりだよ。罰として、私に同行しなさい」
「あ、おい、ちょっと!」
佳織は乱暴に俺の腕を掴むと俺を無理矢理立たせる。そのまま引きずられるように俺は教室を出た。尾を引くクラスメイトの視線は突き刺さる針の如き痛みだった。
「…へぇ。案外攻めるのね」
▽▼
「今日、何話してたの?」
唐突な話題の切り出しはらしくなく佳織からの言葉だった。隣で疑問符を浮かべた俺の顔を見て察したのか、佳織は付け足す。
「休み時間。瑠璃ちゃんとお友達と盛り上がってたじゃん」
「あぁ。…見てたのか?」
「えっ、い、いや、別に、たまたま、見かけたっていうか…」
「…そうか。別に、他愛もない事だったけどな」
お前の好きな人って誰なんだ?とストレートに聞く勇気は俺には存在していない。ここは適当に誤魔化そうと俺は曖昧に誤魔化した。これ以上は詮索するなオーラを出してそっぽを向いたが、陽の気を操る佳織にはそんなもの通用しなかった。
「な〜にそれ?隠してないで教えてよ」
「べ、べつにほんとにくだらない話だって!言うほどのことでも…」
「言えないの?」
重く響いたその言葉に俺は思わず足を止めた。佳織の赤く光る瞳が俺を貫く。
言葉に出来ない重圧というものは存在する。相手との実力の差からくるものか、はたまた気の動転からか倒錯的になっているのか。俺は彼女を前に弱者としての醜態を晒した。
「言えないことなの?私に」
「…ぃ、いや」
「どっちなの?」
これ以上切迫したYSEかNOに襲われたことは今まであっただろうか。そしてこんなにも異性に迫られたことがあっただろうか。ときめきとは違う感情で俺の心拍数は加速していく。
俺の中で目まぐるしく回っていく危機感と忌避感の中で俺が弾き出した答えは吐露だった。
「…噂の話だ。お前に好きな人がいるって言うから…気になって話してた。別に、へんなつもりはない」
逃げるように吐き出した俺の言葉に佳織は少し戸惑った様子だった。予想外の一撃に狂った兵士、いや、調子が狂ってしまった鳩時計と形容すべきだろうか。急な出来事に混乱する彼女を見るのは新鮮な気分だった。
「…に、にぶちんが」
「なんなんだよ…ほら、他愛でもない話だって言っただろ」
「…気になる?」
一度目の衝撃は頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。ありきたりな表現になってしまうほどにその衝撃はシンプルで、実に単純で、破壊力のあるものだった。
「…素敵な人だよ。いつも私の側にいてくれる人。ちょっと鈍感で、勘の悪いところあるけど、それでも大好きになっちゃうぐらい好きな人」
二度目の衝撃は鋭く、体中に痺れるように伝わってくるものだった。
今まで話す機会はあれど、自らそういう話をすることはなかった佳織が自らの口からその言葉を綴ったのだ。その破壊力はいとも容易く俺の思考回路を破壊してくる。二人きりというこのシチュエーションということもあってか、余韻は長引いた。
「…おーい、零くん?」
「…あぁ、いや、佳織にまさか本当にいるとは思ってなくて」
「…にぶちんが」
佳織に脇腹を小突かれながら俺は再び歩き出した。噂の真相を確かめたところでどうということはないのだが…好きな人がいるというのに俺なんかと遊んでていいのだろうか?本当なら今日行くところも好きな人と行きたかったところなのではないだろうか?そう考えるとなんだか申し訳なくなってきた。
「ここだよ」
俺が考え込んでいるうちに目的地に到着した。見上げるとそこには行列の出来ているカフェが佇んでいた。モダンな外装で、ガラス張りになったテラス席からは中の様子も確認できる。俺には縁の無い、おしゃれな空間だ。
「ここ、今話題のお店なんだ。限定のパンケーキがすっごい美味しいんだって!」
「へー、限定メニューか…」
佳織は大の甘党。よくクラスの女子とスイーツ巡りをしていると聞いている。今日もまた彼女の舌は糖分を求めているようだ。
行列の最後尾に並んだ俺と佳織はものの数分で中に入ることが出来た。なんでも、予約していると優先して案内してもらえるのだとか。
俺と佳織は店員に案内されてテラス席へと座った。そとの列から丸見えなところがなんか恥ずい。
「こちらメニューになります。お決まりでしたらお呼びください」
「はーい。零くん、飲み物何にする?」
「ブラックコーヒーで」
「ひゅ〜、かっこいい〜。それじゃ、すいませ〜ん」
注文するものが決まってる佳織はすぐさま店員を呼ぶ。カウンターの方から一人店員がやってきた。
「ご注文をお伺い致します」
「えっと、ブラックコーヒー一つとココア一つ。それとこのパンケーキを…」
「はい。『カップル限定ラブラブパンケーキ』ですね」
「はぁ!?」
俺はまず先に耳を疑った。メニュー表を二度見してメニュー名が間違っていないことを確認する。
そして次に佳織を疑った。お前は馬鹿なのかと。佳織は俺に合わせるように目配せてくる。
「このメニューはカップル限定商品となっております。お二人は…」
「カップルです!」
ここで否定するのも不自然。何よりさっき変な声を上げてしまったがために店員に
若干怪しまれている。致し方なし。ここは甘んじて受け入れるとしよう。
「かしこまりました。ブラックコーヒー、ココア、ラブラブパンケーキですね!少々お待ち下さい!」
読み上げられるとさらに恥ずかしい。行列の人から突き刺さる視線が痛い。
店員が店内に入ったことを確認した俺は佳織に怒りを孕んだ視線を突きつけた。
「…ノリノリだな」
「そりゃね。ここのパンケーキ、カップルじゃないと食べられないとかいう超めんどくさいメニューだけど、味は絶品なんだって!インフルエンサーがうっかり写真上げて炎上したりしてた!」
「最後の情報いらんわ。…あのなぁ、ここ結構ウチの生徒通るところだろ。見られたらどうするんだよ」
「別にいーじゃん。付き合ってるってことにしよう」
「ダメだろ。俺が殺される」
呆れた俺に佳織は抗議の視線を向けてくる。拒否されたことがよほど気に食わないらしかった。
佳織と付き合ってるなんて事になったら彼女のファンに殺されるかもしれないし、なにより俺と凛々子の交際を知っている人物からは別れて早々乗り換える嫌な男として冷ややかな目線を向けられてしまう。そんなことになるのは冗談でも嫌だ。
「…零くんは私じゃ不満なわけ?」
「そういうわけじゃねーよ。体裁の問題だ」
「じゃあいいじゃん!前の彼女のことなんて忘れて私に乗り換えなよ」
不意にも佳織の言葉にドキリとしてしまった俺はそっぽを向いて顔を隠した。鏡は無いが、頬にこもる熱が俺の状態を表している。
前の彼女なんて忘れろ、なんて俺には無理な話だ。散り際こそあっという間だったが、彼女と共にした時間は実に長いものだった。そこにあった『好き』という感情が嘘かと言えばそうではない。彼女はそうでもなかったが、俺はあの時間を本気で楽しんでいた。
何より、俺の人生初めての彼女。何を思い出すにしてもこの先一生彼女の顔を思い浮かべなくてはならない。まさに呪いだ。
「…簡単に忘れられたら良かったんだけどな」
ぼそっとそんな事を呟いていると、パンケーキが運ばれてきた。コーヒーとココアがテーブルに置かれ、最後にパンケーキが中心を飾る。ベリーソースでコテコテのハートが描かれたパンケーキを見た感想は『まさにカップルメニュー』だった。
「さ、食べよ!切り分けるね」
パンケーキは一人で食べるには大きいサイズで、どうやらカップルで切り分けながら食べるものになっているらしい。佳織の解説いわく、半分はストロベリー、もう半分はブルーベリー味らしい。
パンケーキを切り分けた佳織は俺の分を差し出してくる。彼女のものに比べてサイズ感が少し気になる分け方に俺は抗議の念を抱く。
「…なんかお前のほうが大きくね?」
「零くんは罪人なのでその大きさです。反省しなさい」
「お前が食べたいだけだろ。…まぁ、あんまり食べるつもりなかったからいいけど」
とは言え不満なことには代わりは無い。俺は渋々食べ始めた。
なれないフォークとナイフでパンケーキを切り分け、一切れを口に運ぶ。ふわりと広がる優しい甘みと甘酸っぱいベリーのソースが程よい味付けでお互いを殺さずに高め合っている。これは口コミも納得の味だ。
佳織もとても満足してるようで、大きな口でパンケーキを堪能しては瞳を輝かせている。
「ねぇ見てあれ、学校終わりのカップルかな?」
「ほんとだ。限定メニュー食べてるじゃん!い〜な〜、私もああいう青春送りたかった…」
列の方からとんでもない勘違いをしている声が聞こえてきた。限定メニューを食べている時点で勘違いされてもなにも言えないのだが、実際そういう目で見られるとなんだか心臓のあたりがむず痒い感覚に襲われた。
(…まずいな。この調子だとウチの生徒にバレるのも時間の問題だ。早めに撤退しておこう…)
「零くん、あーん」
「…はい?」
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