第13話好きな人
好きな人、というワードが出てくる話題は大抵の高校生が盛り上がる。ある優等生は以外な子が好きだったり、とある男子には気になるあの子がいたり。意外な展開になることも多い。恋は予測不可能でありながら人を惹きつける。それ故に誰でもときめけるのだ。
かくいう俺も好きな人について悩んでいた。先程の休み時間、同じ図書室にいた佳織の言っていた好きな人というのがどうしても気になるのだ。
彼女はクラスの中でもトップの人気を誇るいわばカースト上位の人間。男子はおろか、女子でさえも彼女の虜になっている。そんな彼女が惚れ込む男とはどんな男なのか。非情に興味をそそる話題だ。
「どうした零。そんな顔して」
「あれ、政宗」
俺の思考する横顔に向かってそんな声をかけてきたのは
「どうしたんだよ急に。なにか用か?」
「なにか用か?じゃねーよ。…聞いたぞ。彼女さんの話。散々だったな」
正宗は凛々子との一件のことで俺の元へやってきたらしかった。昔から世話焼きなところがあるこいつのことだ。俺が落ち込んでるとか心配していたのだろう。落ち込んでいたことには落ち込んでいたが、すでに立直ってしまった。時既に遅し、というやつだ。使い方合ってるかわからんけど。
「まぁ、大変だったよ。俺って見る目無いのかな…」
「無いかと言われたらまぁ無いわな。あんな女と付き合ってたんだし」
そう言われると俺は返す言葉はなかった。こういうのって自力で直せたりするのだろうか。
「一度眼科に行くべきだな」
「うっせーな。…もうあいつのことはいい。立直ったんだよ」
「やれやれ…まぁ、元気そうで何よりだ。ところでなに考えてたんだ?」
俺は顎で佳織の方を指す。楽しげに女子たちと談笑する彼女の姿はやはり可愛らしい。
「佳織、好きな奴がいるんだってさ。どんな奴なんだろうなって」
「へー…結構今更って話していい?」
「え、お前気づいてたの?」
正宗は呆れたように頷く。どうやら俺が思っているよりも周知の事実だったらしい。
「気づいてたもなにも、周知の事実だ。思い切って振られた奴がいつも言われてるのが『好きな人がいるから』。佳織さんを惚れさせる男なんて一体誰なんだって血眼になって探すのが振られた奴らのオチだ」
「へー…で、そいつは見つかったの?」
正宗は肩を竦めた。
「さぁな。俺が知ってるのはここまでだ。…ただ、お前無知は罪だぞ」
「それ佳織にも言われたわ。流行ってんのか?」
正宗は「はぁ」とわざとらしく溜め息をついた。なんなんだこいつ。俺がなにしたって言うんだよ。
「あら、誰かしら私の席に座る不届き者は」
ぬるりと無から生まれたように俺の背後から瑠璃さんが現れた。神出鬼没というのはまさにこの事だろう。政宗は瑠璃さんの登場に肩を跳ねさせた。
「え゛っ、光ヶ原!?なんでここに…」
「それは貴方が今座っている席が私の席だからよ。早急に避けることね」
「す、すんません!…零、お前なんで早く言わねーんだよ!」
「だって聞かれなかったかし」
「お前、光ヶ原のお嬢様に失礼な事したら抹殺されるんだぞ!友を陥れるとかやってることやばいからな!」
どうやら正宗にとっては瑠璃さんが畏怖の対象らしい。抹殺とかいくらなんでも噂が独り歩きしすぎな気がするんだが。まぁ、この人ならやりかねない気もするが。
「剣崎正宗。所属してる部活は剣道部。中学の頃は全国にも行ったことのある腕の立つエース。女子からの人気はそこそこ。そしてなにより、零くんの幼馴染。…えぇ。貴方のことは既に把握済みよ」
「な、なんで俺のことを…!」
「抹殺のため…かしら?」
「…瑠璃さん、冗談はよろしく無いですよ」
「光ヶ原ジョークよ。つれないわね」
瑠璃さんは冷徹フェイスのまま席に座った。本人はふざけているようだが、この人の場合ジョークでは済まない場合があるから怖い。正宗も若干手が震えている。
「…で、私のいない間にどんな猥談をしていたのかしら?」
「なんで猥談限定なんですか。…佳織の話をしてたんですよ」
「柊さんの話?」
「はい。なんでも、あの佳織に好きな人がいるとかいないとか。知ってました瑠璃さん?」
「私が知らないとでも?…ていうか零くん知らなかったのね」
瑠璃さんも正宗と同じく佳織に好きな人がいることを知っているようだった。やっぱり俺が知らないだけなのか…?
「おい待て待て。なんでお前光ヶ原さんと仲いいんだよ!」
食い入るように正宗が俺の机を両手で叩きながら顔を近づけてきた。驚くのも無理はない。瑠璃さんは男嫌いという噂も広まっている。本人曰く、そんなことは無いらしいが。
「隣の席だから?」
「なんで疑問形…あの光ヶ原さんが男と普通に話している…?」
「化け物みたいな言い方しないで貰えるかしら?貴方が零くんの幼馴染じゃなかったら今頃首が飛んでるわよ」
「瑠璃さん」
「光ヶ原じょーく」
「…まぁ、お前ならやりかねないか。うん。お前だしな」
正宗は妙に納得した様子で頷く。俺は何がやりかねないのか全く理解出来なかった。
「そんなことより零くん、先生が零くんに書いてほしいっていうプリントがあるって言ってたから持ってきたわよ」
「ありg…なんすかこれ」
瑠璃さんから手渡されたプリントの頭にはでかでかと『許嫁契約書』と書かれていた。唐突な異物混入に戸惑いながらも俺は瑠璃さんに契約書を突き返す。
「許嫁契約書よ。婿入りの話、決まったんだものね」
「何が決まったんだものねっすか。それに関しては俺なにも言ってないでしょうが」
「なにも言ってない、ということはYESでもNOでも無い。つまりOKということね」
「なんでそうなるんすか。ちょっと、ほら、政宗がキャパオーバーして完全停止しちゃったじゃないですか」
「…なんか、俺の知ってる光ヶ原さんじゃないんだけど…」
結局その休み時間は瑠璃さんに翻弄されて佳織の好きな人が誰なのかは知ることが出来なかった。…結局誰なんだろう?
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