第12話変わらない日常(?)
変わらない日常というものは存在しない。いつだって日常は変化し続ける。誰だってそうだ。時の流れは待ってくれないし、世界も絶えず変化を繰り返す。そんな世界の中で俺は変わらない日常を求めていた。
俺は変化が怖かった。絶えず変化していく周りの人物が。手の届かないところに行ってしまうことが、すごく、怖かった。
けれど、変化は待ってくれない。俺が歩みを止めてしまえば、変化は無情にも俺を置いていく。この世界で生きるためには変化を恐れてはいけないと悟ったのは数年前の事だった。
…まぁ、今語る必要は無いだろう。少しだけ過去の夢を見ていた俺は閑静な空間で目覚めた。少しばかり寝すぎていたようだ。
昼休みの図書室は静かだ。購買やら学食やらに生徒は集まるため、必然的にこの教室は静かになる。一応利用時間ではあるのだが、この時間帯に利用する生徒は俺ぐらいだろう。
眠気の残る瞼擦りながら俺は体を起こす。顔を上げた先にはにこやかに笑う佳織がいた。
「おはよう零くん。なんか唸ってたけど、変な夢でも見てた?」
佳織は図書委員。俺がここにいるときは大抵彼女がいる。どういう因果かは知らないが。
「…別に。ちょっと昔の夢を見ただけだ」
「へー。零くんって昔にトラウマでもあるの?」
「黙秘権」
「お堅いねぇ〜」
佳織は深くは詮索してこなかった。妙に上から目線なところが鼻につくが、彼女らしいところだろう。
妙な沈黙が図書室を包む。俺はそれを払拭するように佳織に投げかける。
「お前、いっつも
「この時間帯に当番入れておくと働かなくていいじゃん?それに、零くんの寝顔も見れるしね」
「あっ、お前それ俺の寝顔…!いつの間に…」
佳織はスマホの画面に映る俺の寝顔を俺にこれみよがしに見せつけた。思わぬところで弱みを握らせてしまった。女子の中では噂も情報も全てが伝播するのが早い。あんなもの持たせて置くのはまずいぞ…!
「零くん、女の前でそう安々と寝顔を晒してはダメだよ」
「お前が撮らなければいい話だろ。全く、油断も隙もあったもんじゃない…」
「ふふ、零くん案外可愛らしい顔してるよね」
佳織は花が綻ぶような華やかな笑顔を浮かべた。仮に俺が佳織に気があって可愛いというのなら分かるが、彼女に言われるのはなんだかむず痒いものを覚えた。
「や、やめろ。可愛いとか言うな」
「可愛いんだから仕方ないじゃん。ほら、こことか赤ちゃんみたいじゃん」
「同年代の男を赤子扱いするな。…やるなら俺以外の奴にしろ」
「しないよ」
俺の言葉に食い気味に反応した佳織はカウンターから出て俺の隣に座る。そして俺を脅すように顔を近づけてきた。
「しない。私は興味のある人にしかこういうことはしない。誰にでもこういうことするわけじゃないんだ。…分かってよね」
「え、は、はい…」
なんとなく佳織の気迫の気圧されて、俺は返事を返した。
彼女は時々真剣な顔を見せる。普段とは比べ物にならないぐらいの気迫を感じられるその表情を見ると、俺は逆らえなくなる。そこにいるのは俺の知らない佳織な気がして。俺が知っては行けない彼女な気がして。それ以上の詮索を脳が断ち切ってしまうのだ。これも、変化を恐れる俺の臆病な部分なのだろう。
固まった俺を見て、佳織は不服そうに頬を膨らませた。
「なに、その反応。もっと照れてよ」
「は、はぁ?なんで照れなくちゃいけないんだよ」
「気に食わない。零くん、せっかく自由になったのに気難しい顔ばっかりじゃん」
佳織は俺が表情変化に乏しい事に不満を抱いているらしかった。
確かに凛々子の一件も思わぬ形で幕を閉じ、俺の悩み事はこの世から一つ消えた。悩み事が消えたのだからもっと気楽に過ごしてもいいのかもしれない。
「零くんが笑ってないと心配になる。…好きな人の辛そうな顔は見たくない」
「…?なんでお前の好きな人の話になるんだ?てかお前好きな人とかいるのか?」
小首を傾げた俺に佳織はさらに頬を膨らませる。俺を責め立てるような目つきでぐいぐいと肩を寄せた。
「んー!そういうところだよ零くん!」
「な、なんだよ。俺なんか悪いことでも言ったか?」
「悪い悪くないの話じゃない!君はもうちょっと人の気持ちについて考えて!」
肩と肩が触れ合う俺と佳織の距離は吐息が感じられる程に近い。至近距離から顔を覗かせる佳織の瞳は真紅に光っていた。
思えば彼女とは中学の頃からクラスが一緒だった。最初こそ学年の中でも人気である彼女とのギャップを感じて話すことはなかったが、話してみれば意外と等身大の女子高生であることが分かった。違う世界に生きているように見えるけど、それは自分が勝手に自分の世界から隔離してるだけで、本当は同じ世界に生きている。常に明るく笑う、周りと一線を画す彼女でも。
だからこそ、彼女が怒っているところを見ると、妙に親近感が湧いた。
「女子の好意を無碍にするのは男子失格だよ!…私だって、好きな人ぐらいいる。好きで好きでたまらない人が」
頬を赤らめた佳織の表情はクラスの人気者相応の破壊力のあるものだった。彼女でさえも恋という沼に引きずり下ろせる輩がこの学園にいるという衝撃と、それに伴う彼女という一人の女子高生が浮き彫りになる衝撃が俺を二重に襲ってくる。
(…あれ?なんか、俺…)
早まる鼓動。次第に熱を帯びていく頬。じんじんと染みるように伝わってくるむず痒い熱。目の前の女から目が離れない。
誰かが言っていた。恋する乙女の横顔は美しいと。俺は今この瞬間、それを理解した。
「…無知は罪だよ零くん」
逃げるように吐き捨てた佳織は図書室を飛び出していった。静寂と共に俺は一人図書室に残された。一人残された俺は熱の余韻に浸る。
(これって…もしかして…なのか?)
勘違いと熱に浮かされた俺は残りの数分間、煩悩に苛まれるのだった。
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