第11話終幕

 突如として学園中にばらまかれた映像は愚かな一人の女子を映していた。誰が流したのかも分からない映像は凛々子にとどめを刺す一手となり、彼女は退学となった。誰も映像の確証を疑わなかったのは彼女の信頼の無さ故だろう。


 あれから数日。決定的な証拠は無かったものの、凛々子と交際関係にあった優は後ろ指を刺される存在となり、元の王子様キャラは鳴りを潜めた。凛々子と共に自主退学となったらしい。

 俺はというとなにも変わらない日々を過ごしていた。彼女がいなくなったことでなにかが変わるわけでもなく、授業を受けては家に帰り、玲奈と過ごす日々を送っている。

 ただ、今日はとある場所に向かっていた。階段を上り、突き当りにある教室へ。俺の学年のある階層ではないが、今日は別の学年に用事があるのだ。

 日当たりの良い場所にある教室の中、女子達が集まって駄弁っている。なんとなく気が引けたが、俺は勇気を持ってその中心人物に声をかけた。


「合歓垣」


「…先輩」


 どこか物憂げだった合歓垣は俺を見て驚いたように目を見開いた。


「少し、いいか?」


「…はい」


 俺の問いかけに合歓垣はゆっくりと頷く。話していた女子集団に訝しげな視線を送られたが、今は気にしないことにしよう。

 俺と合歓垣は廊下に出ると、周りに人がいない事を確認してから話し始める。


「その…この前は悪かった。色々…あってな」


 先日下駄箱で逃げるように彼女を突き放してしまったことが俺はずっと気にかかっていた。自分が傷ついていた状況とは言え、あの対応は後々考えてみると非常識なものだ。相手が下級生とは言え、許されたものではない。俺は軽く頭を下げた。


「いいんです。私こそごめんなさい。先輩が色々あった時に…」


 合歓垣もまた頭を下げた。今回の一件に関しては当然彼女も耳にしていたようだ。彼女もまた俺と凛々子の交際を知っている人間の一人。前々からやめておいたほうがいいとは言われていた。瑠璃さんの時もそうだったが、女の目というのは馬鹿には出来ない。


「…先輩、浮気されたんですね。だからやめたほうがいいって言ったじゃないですか」


 沈んだ空気に気を使ってか、合歓垣はいつものようにからかう口調で俺を小突いてくる。


「返す言葉も無いよ…」


「…私にしとけばよかったのに」


「…え?」


「…私が選んだ人にしておけばよかったのにって言ったんですよ。私、女を見る目には自身があるんです」


 合歓垣は薄っぺらい胸を張り上げて言った。女子とのつながりが広い彼女ならたしかにいい人を紹介してくれそうだ。任せてみるのも悪くないのかもしれない。


「はは、じゃあ今度は任せてみようかな」


「なら…私とか、どう…です?」


 少し恥じらいながら合歓垣は俺に上目遣いをしてくる。衝撃的な一言に俺も思わず言葉を失ってしまった。


「え、っと…」


「…う、嘘ですよ!本気にしないでください!先輩のえっち!」


「なんで!?」


 合歓垣に追い出されるように俺はどつかれる。そのまま俺は階段まで追い出されてしまった。

 …これって俺が悪いのかな。


▽▼


「…もう」


 一人残った廊下で私は溜め息を吐いた。素直に成れない自分にと朴念仁な先輩に対しての溜め息だ。一歩前に出たのはいいものの、どうすればいいのか分からず突き放してしまう。私はからかうことでしか先輩と話すことが出来ないのだ。


「あぁ、先輩ともっと素直に話せたら私もお近づきになれるのになぁ…私ってなんて素直じゃないんだろう…」


「うへぁっ!?…ひ、光ヶ原先輩…?」


 急に私の心の声がダダ漏れになったかと思えば、背後に立っていたのは光ヶ原先輩だった。驚いた私の表情を見てか、少し微笑む彼女の姿は絵になる。優美な彼女の雰囲気には毎回気圧されている。


「もっと近づきたいなら攻めていけばいいのに。なーんてことを私は優しいから言ってみたりしちゃうのよ。…素直じゃないのね」


「な、なんですか!私になにか用事でも?」


「突如として流出したあの映像。…一体誰が撮ったのかしらね?」


 どきりと心臓が跳ねた気がした。私の全てを見透かしているように怪しく光る黄金の瞳。私の”隠し事”は既に彼女には筒抜けのようだった。


「えぇ。言わなくても分かっているわ。貴方、あの日つけてたものね。零くんの後を」


「…だったらなんなんですか」


 私はあえて強気に出た。ここで日和っていては相手に舐められる。うまいこと利用しようってんならそうは行かない。だが、私の予想に反して先輩は笑った。


「別に脅そうとしてるわけじゃないわ。むしろ感謝してるの」


「…え?」


「あの映像がなければあの女を追い詰めることは出来なかったし、わざわざこの見るに堪えない映像を流す羽目になっていたからね。貴方には感謝してるわ」


 先輩は片手にあるUSBメモリを心底恨めしそうに睨みつけた後にポケットにしまった。どんな映像が入っているのかは詮索しないほうが身のためだろう。

 

「盗撮なんて褒められたものではないけれど、褒められることだけで成り立つ程この世は簡単じゃないわ。…改めて感謝を述べるわ。ありがとう」


「いえ、私は…先輩が報われないのが気に食わなかっただけなので」


「…好きだから?」


「ぷ、プライベートな部分の詮索は禁止です!」


「ふふっ、そう。それは申し訳なかったわ。それじゃ、この事は二人の秘密にしておきましょう。乙女の秘密よ」


 先輩はそう言い残すと、ひらりと長髪をなびかせて去っていく。何をするにしても絵になる人だなと私は彼女の背中に見惚れていた。

 …あの人どこからともなく湧いてきたけど、一体どこから来たんだ…?孤高の女王様には謎が多すぎる。

 

「…てか待てよ、なんであの人私が先輩の事つけてたの知ってるんだ…?」


「…ふふっ」

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