第10話急転落

 澄んだ空気が染み渡る朝の学校はどこか騒然としていた。いつもとはなにかが違う空気。どことなく集まっている視線。いつもより5割増ぐらいの話し声。間違いなく、何かが違っている朝だった。


「…?」


 俺はそんな空気に違和感を感じていた。自分が居ていい場所なのだろうか、という変な疑問が浮かんでしまう程の空気感に俺は疑問符を浮かべるだけだった。

 席につくと、隣の席に目が止まる。いつもなら瑠璃さんは登校している時間帯だが、彼女の姿は無い。欠席だろうか?珍しいこともあるものだ。


「おい零!見たかこれ!」


 クラスメイトの男子一人が仲間を引き連れてこちらにやってくる。そしてこれでもかと俺にスマホの画面を見せつけてくる。

 そこに映されていた動画に俺は目を見開いた。


「…は!?」


▽▼


「失礼します」


 篠原凛々子は扉を叩いた。

 初の生徒会室へのお呼び出しに凛々子は緊張していた。この場所に単身で呼び出される生徒はそう多くない。大抵が校外でやんちゃしてしまった生徒だとか、校内で派手なことをしてしまった生徒が呼び出される。凛々子は自分の行いがバレたのではないかと危惧していた。


「どうぞ。…すまないね。朝から呼び出してしまって」


 広々とした空間の真ん中に鎮座しているデスクには一人の女子生徒が座っている。この七星学園の生徒会長の金村紘である。厳かな空気を纏う彼女に凛々子は気圧されていた。


「まぁ座り給え。ゆっくり話さなければならないからね」


 凛々子はソファに腰をかけた。そして対面に座っている二人に目をやる。

 一人は柊佳織。この学園の中でも人気の高い可愛らしい女子。その人気は凛々子でさえも耳にするほどで、同性の中でも確固たるものである。

 もう一人は光ヶ原瑠璃。学園一と名高い学園のマドンナ。異性を魅了し、そして寄せ付けない彼女の性格を称するなら正しく姫。孤高の撃墜王とは通った名だ。

 凛々子は二人とは接点が無い。特に二人になにかしたという覚えも無い。それだけに不可思議だった。


「さて、話を始めるとしよう。…今朝からうちの学園は何やら騒がしくてね。とある映像が原因らしい。…瑠璃、見せてくれるかな?」


 瑠璃は自らの携帯端末を操作し、凛々子にとある映像を見せた。


『…もしかして今まで私が本気で付き合ってると思ってた?馬っ鹿じゃないの?アンタみたいな凡人と誰が付き合うかよw』


 その映像に凛々子は驚愕の表情を浮かべる。その化粧で整えた顔を存分に歪ませた派手とも醜悪とも表現できる表情は無情な黄金の瞳に虚しく映る。


「どうやらSNSでこの動画が出回っているらしくてね。この映像は校内で撮られたものらしい。…どこの誰がこんな映像を垂れ流したのかそこも気なるところではあるが、やはり一番気になるのは…この浮気の言い訳もせずに堂々と講釈を垂れている女だ。そうだろう?篠原くん」


 ぞわりと凛々子の背筋を冷たいものが伝った。震え上がる体を抑えずにはいられない。圧倒的な強者を前に弱者は怯えることしか出来ないのだ。静かな怒りに燃える紘を前に凛々子は目を震わせた。


「全くだ。こんなことを言う女がうちの学園に潜んでいたとは。全く理解出来ない。私の可愛い後輩を悲しませる輩がいるとはねぇ…」


 ギラリと光らせた瞳を凛々子に向ける紘。彼女の瞳は獲物を捉えている。確実に逃すまいとこの生徒会室縄張りに誘い込んだのは彼女を狩るためだった。


「調べたら君、随分とやんちゃしてるらしいじゃないか。…どこの誰の影響かは知らないが、許されたもんじゃないなぁこんなことは」


「いや、ちがっ、私は…」


「あら、また都合のいいことをべらべらと言おうってんじゃないわよね?証拠は出てんのよ」


 瑠璃の手にある映像が何よりの証拠だった。言い逃れなどしようが無い。証拠があるのではいくら凛々子でも逃れようがなかった。

 次の瞬間、彼女の手は瑠璃の手元の端末に伸びる。無様にも事実隠蔽のために叩き割ろうとしたのだ。

 しかし、彼女の手は無情にも空を切る。そこで簡単に取られる程瑠璃が抜けているはずもなかった。瑠璃は迫る手をひらりと躱し、端末から音声を垂れ流す。


「ち、違う!こんなの知らない!私じゃない!人違いだよ!」


「酷い言い訳ね。するならもっとマシな言い訳しなさいよ。…なんなら、他のもあるわよ」


「うるせぇっ!!!」


 凛々子の手は今度はスマホではなく、瑠璃に向かって突き出される。しかし、間に入った佳織が拳を片手で受け止めると、そのままねじ伏せた。凛々子は佳織の前にひれ伏す形で敗北を喫した。

 瑠璃の手元の端末からは例の男から買い取った映像が流れる。それがなによりの決定的な証拠だった。

 青ざめて震えながらも凛々子は金切り声に近い怒号をあげる。


「ふざけんな!このクソ女!体裁だけ綺麗に取り繕いやがって!顔だけのお飾り人形さんなんていらないんだよ!」


 切り裂く勢いで佳織を睨む凛々子はせめてもの抵抗として佳織を罵る。佳織は凛々子の腕を握る手に力を込める。


「黙って。…付き合ってたから?好きだって言ってもらったから?彼氏だから?そんなの関係ない。貴方は私の零くんを悲しませたの。本当だったらこのままぐちゃぐちゃにしてあげたいんだけどなぁ…許さないから」


 凛々子は心の底から震え上がった。目の前に立ちはだかる笑顔の女は自分よりもはるか格上の存在。自分が抵抗したところで相手にとってはかすり傷どころか塵でしかない。自分は無力でしか無い。そう自覚した彼女の手からは既に抵抗の力は抜けきっていた。


「…こんなに化粧の濃いやつはウチの学園じゃ君ぐらいしかいなくてね。言い逃れは出来ないよ」


 侮辱と共に追い詰められた凛々子は不利なこの状況に顔を歪ませた。それと同時に察する。この一連の流れは仕組まれている。自分を陥れるためにこの雌共が仕掛けたのだと。


「お前ら…仕組んだな!こんな事、許されると思うなよ!!」


「ふむ、どこにそんな証拠があるというんだい?」


 藁にも縋る思いで叩き込んだ一言はあっさりと返される。結局凛々子には退路など存在していなかった。


「仮に仕組んでいたとて、証拠がなければただの妄言に過ぎない。それに許されないのは君のほうさ。もう証拠も、学園外での行動に関する目撃情報も入ってきている。…実は学園長とはもう話がついていてね。どうやら流石の学園長と言えど、犯罪者を学園に置いておくほど優しくは無いらしい」


「は…え…」


 受け入れられない現実に凛々子は固まる。醜く歪んだ表情から垂れ流れる涙や唾液は彼女の化けの皮を徐々に剥がした。


「君は退学だ。もうここの生徒じゃない。後は学園外で好きにしたまえ」


「そ、そんな…」


 凛々子は現実を受け止めきれず、静かに涙を流すことしか出来なかった。



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