第4話目を逸らしたい事実

 一通りの授業が終わり、HRも終えた俺は早々に帰宅の準備に取り掛かっていた。今日のところは早く帰ってゆっくりと休んだほうがいい。気分転換に映画でも見ながらリラックスするとしよう。


「零くん、帰るの?よかったらこれからどこか遊びに行かない?」

 

 バッグに教科書を詰め込んでいると佳織がやってきて声をかけてきた。朝から俺のことをずっと気にかけてくれているようで、わざわざ遊びに誘ってくれた。いつもなら喜んで遊びに行くところなのだが、今日は流石に行く気になれなかった。


「ごめん、今日は帰りたい気分かも。悪い、また今度な」


「うん、分かった。…なにか出来ることあったらすぐに言ってね」


「ありがとう。じゃ」


 明るい笑みを浮かべる佳織を横目に俺は足早に教室を出た。


「…柊さん、ちょっといいかしら?」


▽▼


「あれ、先輩じゃないですか〜」


 下駄箱から靴を取り出した俺に一人の女子生徒が声をかけてきた。俺よりも頭1個分低い背丈の彼女は小さな手をパタパタさせながら俺の元へと駆け寄ってくる。

 彼女の名は合歓垣ねむがき結衣奈ゆいな。俺の中学時代からの後輩だ。結衣奈は俺を見るやいなや女子グループから抜け出してくると、ニヤニヤと笑い出す。


「どうしたんですかこんな時間に?…あ、先輩帰宅部でしたもんね〜?失礼失礼」


「合歓垣…」


 小生意気な彼女はいつも俺をからかってくる。そんな彼女に俺もまた煽り返す。中学時代から何一つ変わっていない関係性だ。だが、今日は俺が言い返さないことに違和感を感じたのか、合歓垣は首を傾げた。


「どしたんすか先輩?なんか元気なくないですか?…あ、もしかして彼女さんに振られちゃったとか?うわ〜、どんまいっすね!」


 偶然か神の悪戯か図星を食らってしまった俺は思わず固まる。それと同時に昨日の光景がまたフラッシュバックした。刹那に蘇る絶望に俺は口元を歪ませた。

 今すぐ人のいない場所に行きたい。一人になりたい。俺は合歓垣に構わずにすぐに靴を履く。


「…悪い。今はお前に構ってる暇は無いんだ。じゃあな」


「え、あ、ちょ、ちょっと!」


 そう吐き捨てた俺はすぐさま学校を飛び出した。


▽▼


「はぁ、はぁ、はぁ…」


 学校を出た俺は宛もなく走った。走りに走った俺が辿り着いた先はとある公園だった。

 その公園はランニングコースのある大きめの公園で、一度凛々子とも来た場所だった。不覚にも思い出の場所についてしまった俺は直ぐ側にあったベンチに腰を下ろす。乱れた息と混乱した思考を整えるように俺は深呼吸をした。

 一夜明けてからは心に傷が残っていた状態だった。今日一日を過ごす中で徐々に俺の心はえぐられていったが、合歓垣の言葉で俺の心は限界を迎えてしまった。良くない振る舞いだったことは分かっている。だが、あのままあそこに入れば俺は耐えられなくなっていた。合歓垣には後で謝るとしよう。まずは落ち着くところからだ。

 ゆっくりと息を吸って吐く。何度か繰り返したところで俺の心拍数はようやく落ち着いてきた。


「大丈夫だ。落ち着け。少し取り乱しているだけだ…」


 俺は自分にそう言い聞かせて心を落ち着かせた。

 自分が思っているよりもダメージは大きいものらしい。心を落ち着かせることがやっとだ。思えば、七星学園に入学してからは自分を取り繕いながら生活してきた。無理しながら積み上げていたことも祟ってのこの有り様なのかもしれない。

 しばらく心を落ち着かせていると、ポケットの中でスマホが揺れた。俺はスマホを取り出して画面を確認する。すると、そこに映し出されていたのは凛々子の名前。彼女のスマホからの通話がかかってきていた。

 俺は画面を見て数秒固まる。再び速度を早めていく心臓を押さえつけながら俺は通話に出た。


「…もしもし」


「あ、もしも〜し?氷織く〜ん?」


 その声の主は凛々子ではなかった。だとすれば一体、と考えたところで俺の頭にはある男の顔が浮かぶ。表ではいい顔ばかりしているあの憎たらしい甘いマスクの男の顔だ。

 

「…本多か」


「そうそう。少し話したいことあってさ。…凛々子ちゃん、俺が貰うから」


 まるで脳天に雷が落ちたような衝撃だった。意識が揺れるほどの衝撃に俺は言葉を失う。耳を塞ぎたくなる状況だというのに、俺の手足は全く動いてくれなかった。


「凛々子ちゃん、君とじゃ満足できないみたいでさ〜俺と付き合いたいって言ってるし、いいよね?ま、拒否権無いけどw」


 俺はただ本多の言葉を聞くことしか出来なかった。通話を切ることもなく、耳を塞ぐこともなく、ただつらつらと並べられる言葉を聞いていくことしか出来なかった。


「君より俺のほうがイケメンだし、凛々子ちゃんのこと幸せに出来るからさ。凛々子ちゃん貰っちゃうね。じゃ〜ね〜負け犬くん」


 通話はそこで切れた。静かになったスマホをそのまま床に落とし、俺はうなだれる。

 俺にはもう立ち上がる気力すら残っていなかった。

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