16話 旅立ち
翌日、クリスは次の目的地を決めるに当たってリリシアの特訓をしていた。
「リリシア!剣を目で追うな!体と腕の行先を見ろ!」
人から教わる事はあるものの、教えた事は一度も無いクリス。どこかぎこちない雰囲気ではあるが、リリシアは助言をすんなりと受け入れてくれる。
「私に……向かないですよ……剣は!」
綺麗な黒髪をなびかせながら、必死に剣を振るう。
「魔法が使えない場面も多々出てくると思う。そうなった時に少しでも武器の心得がないと……」
クリスが必死な形相で剣を構えている……思った以上に彼女の力が強いからだ。体格はさほど変わりないが龍人であるが故に、その腕力はクリスを軽々しく飛ばす。
「ぬおぁ!」
砂埃をあげて、後ろに飛ばされる。まるで子供が遊ばれているような打ち合いだ。
「もう辞めよう!これじゃ意味が無いな」
痺れを切らし、自分から提案したのにも関わらず辞めてしまう。
「ですよね。私も薄々実感してました」
その言葉とは裏腹に、満足気な表情でこちらを見つめる。
「……どうするか……」
一転して、険しい表情を浮かべながら俯く。次の目的地が決まらないのであった。
◇
昨夜、宿に戻ってきたクリスはリリシアに行先を決めるように促していた。
「私は……もう一度『竜宮国』に戻って話し合いたいです……」
「遠いな。あそこに行くには大分手段が限られるぞ」
竜宮国に行くには3つの行き方がある。
一つは龍人が自身で飛んでいく。
二つ目は南方山脈に住まうドワーフの飛行艇で竜宮国に向かう。
三つ目は北西の最果てにある、竜の定期便を使う。これしか方法がない。
一つ目に関しては論外だが、二つ目、三つ目もかなり苦労する羽目となる。
南方山脈に行くには砂漠を超えなくてはいけない。今のリリシアとクリスでは到底超えることは無理だ。3つ目の北西に行くにも、一旦北の山脈を超えなくてはならない。そうなると
「獣人の国に行くの!」
暇そうにしていたマーナが、急に話に飛びついてくる。
「そうだ。獣人の国を超えないと北西部には行けないからな」
「いいな〜楽しそう!」
「んなわけないわ!ただえさえ選民思想が激しい獣人の国、おまけに元貴族と龍人が行くとなったら、間違いなく死ねるぞ!」
『分ちの大戦』の事もあり、皇国側との関係は劣悪を極める。そんな中にクリスとリリシアが行くとなれば、南方山脈とは別の意味で苦労するだろう。
「現状、行くとしたら南方山脈が1番だろうな……それまでにリリシアや俺も特訓をしないと最悪死ぬ羽目になるぞこれ」
「別にそんな急がなくてもよくない〜?」
「いや、竜宮国は気まぐれを起こす時もある。そうなるとこの大陸からでは行けなくなる可能性も出てくる。急がないといけないんだよ」
竜宮国は周期的にあと15年はこっちの大陸で空を悠々と飛ぶ。しかし癇癪や変に刺激されると、周期に関係なくトニグア大陸や故郷の海に戻ってしまう。そうなると、行ける手段は無に等しくなる。
◇
「魔法で戦うことにも慣れて欲しいが……やることが多いな……」
本来この後は一人旅で皇国内を回るつもりが、リリシアの唐突な参入のおかけで、大陸中を動く事になった。おまけに昨日のグラニオン卿からの助言……頭がパンク寸前だ。
「あーもう!師匠に文句言いに行くぞ!」
椅子に座ってただ眺めてるだけのオリアナに文句を垂れに行くクリス、それを心配そうに見守るリリシア。
「無理ですよ師匠!ただでさえ大変な旅を、子守りもどきなことをしながら行くなんて、終わりが見えませんよ!」
「別に見えなくてもいいんじゃない?行き当たりばったりの方が面白いわよ。実際あたしもそうだったし」
……楽しさ。責任と相反する言葉であるが、時にはこの様に考えるのも必要だとオリアナは説く。
「せっかくの長旅に出るのであれば、楽しまなくちゃ!成長はその過程で促されるものだから、そんな深く考えないの」
「何かあってからでは遅いのですよ!」
「ではその何かに、貴方は屈するつもりなの?」
「それは……」
困難はあるものの、簡単に折れるつもりは無いクリス。そんな気持ちがあるからこそ、リリシアを導きたいのだ。
「気負い過ぎよ。あの子も旅に出たがっていたのだから、少しばかし強引でも大丈夫よ!」
『当てにならんなぁ』と頭を抱え、リリシアと話す。
「北方を抜けて最速で向かうが着いて来れるか?」
「もちろん。私のために動いてくださるのなら遠慮はいりません。」
リリシアの顔は覚悟が決まっていた。ならばこちらも答えるまでだと言わんばかりに力強く頷くクリス。
「良し!決まりだ。次の目的地は北方領境界領地『ベルム領』だ!出発はしあさってとしよう!」
「分かりました。長旅よろしくお願い致します」
リリシアは尻尾を振るいながら、表情には出さない喜びをしている。クリスも腰にある剣を握り、覚悟の眼差しをリリシアに向ける。
「クリス様、一つ提案があるのですが……」
◇◇
出発当日となった。リリシアとクリスはオリアナに頼み込んで、へザトール家から馬車と馬を貰った。そして2人で馬車に乗り込もうとした時、後ろから彼女に止められる。
「おーい!なんで私も連れてってくれないんですか〜!」
「だってお前……まだ皇都に居るんだろ?それに
マーナはさも当然の様に馬車に乗り込む気でいた。クリスはそれを怪訝な顔をしながら拒む。
「一人増えても問題ないでしょ〜」
「一緒に行く約束はしてないぞ!」
「あそこまで色んな話を一緒にしておいて、置いていくんですか!この人でなし!」
「こんな会話しといて旅に連れてけるか!」
いがみ合う二人に提案を持ちかけるリリシア。
「私とクリス様では少し手に余る事が多いので、マーナさんも連れていった方がいいと思います」
クリスはリリシアの目をじっと見て問いかける。
「……本音は?」
「マスコットみたいで可愛いので連れていきたいです」
マスコット扱いに納得したクリスは頷く。
「良し!
「おい!お前にマスコット扱いされるのは心外だ!」
「じゃあバイバイだな!」
「ヤダー!もう一人の寂しい旅はしたくないー!」
クリスからしたら、赤ん坊がもう一人増えた様な感覚だ。出発する前から彼の心労が見えてくる……。
「分かったよ!お前は中身も子供か!」
「へっ!チョロ!」
遂にはいちいち反応するのも苦になったので、荷物感覚でマーナも荷台に詰めていく。準備は整い、皇都との別れが近づいてくる。見送りには誰も来れなかったが、寂しくはない。むしろ、旅への新たな期待と、自分の成長を見据えて、彼は前を見続ける。
「さぁ行くぞー。時間は無限にある訳では無いからなー」
荷車から手網を引く。ゆっくりとだが着実に前に動きはじめ、新たな旅への幕開けとなる。
「バイバイ〜皇都!」
「オリアナ様私は必ず、本当の龍人としてこの地に戻って参ります!」
正反対の気合いを持ちながら皇都を背にする3人。
この時は誰も、この国さえも、彼ら自身も、考え無かっただろう……後にこの大陸の『新なる英雄』と呼ばれる事になるとはつゆ知らず……。
(続く……)
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