15話 邂逅
薄暗い部屋の中、失礼の無いように部屋に入るが、どんな文言で食ってかかるか、考えながら近づく。
彼は2つある椅子のうち片方に腰をかけて、本を読んでいる。
「何か用で?」
初対面かもしれない相手に、あえて無礼な態度をとる。その方が父親に対しての当てつけになると考えていたからだ。
座っている人物は、本を閉じ、ゆっくりと優しい声色でクリスに話しかける。
「クリス・トーランド……良く来てくれた。まさかこんなに早い邂逅になるとは予想出来なかったがな」
上品な所作を要所で見せながら彼は立ち上がり、振り向く。全身とその特徴的な後ろ姿が目に入った瞬間、何を思い立ったのか、クリスは即座に片膝を着いた。
「お久しぶりでございます。へザトール家当主『グラニオン・へザトール』卿…」
常識が無い者でも、彼ほどの身分を持っている方に頭を下げない人は居ない。初代へザトール家当主にして現在まで生きてきた、齢3000歳を超える伝説の龍人だ。
初代皇帝と共にかの大戦を戦い抜き、この国を支えてきた重役だ。
「失礼を承知で発言させて頂きますが、卿は皇帝と共に巡礼に出向いていたのでは?」
オリアナが言っていた事が間違いなければ、長男と巡礼に出向いていたはず。
「これほど長く貴族でいると、影武者の一人二人はいるものだよ」
丁寧な口調とは裏腹に、とても芯に響く深い声をしている。
「今日は私人として君を呼んだのだ。そんな畏まらずに、椅子に座りたまえ」
先程の威勢からは想像がつかないほど、クリスは丁寧に、かしこまりながら、椅子に腰を下ろす。
「さて……積もる話は多いが何処から話すか準備をしてないのでな、君から質問をしてくれないか?」
遠慮しつつも、彼に取って1番大切で、厄介な事を聞く。
「私の父上からこうしろと言われたのですか?」
暗闇で見にくかった顔が、笑みを浮かべて上がってくる。
「そうだ。オーハムから頼まれてな。君の行く末に対する助言をな」
不快ではある。しかしこの方を前にそれを露わにすることは出来ない。
「率直に言おう。この国……この大陸や、人以外の種族は終わりつつあるのだ」
突拍子も無いことを言われて、理解が追いつかない。そもそもクリスに対しての助言であるのに、何故か国の話を持ち出されてるのだ。尚更、理解に苦しむ。
「君は、『魔法の消失論』を知っているか?」
知ってない…といえば嘘にはなるが、噂程度でしか聞いたことがない内容だ。
「今、この世界の魔力は減少傾向にある。おおよその目あすだと、後2500年もすれば消滅すると言ってもいいだろう。そうすればこの大陸は人だけが住まう地となる……皆噂話だと差措いてるが、実際に起きていることだ」
魔力の消滅…そうなれば魔力を糧に生きる生物は皆絶滅だ。勿論、人間以外の亜人種族もだ。
「しかし、この国の崩壊と言う側面を考えれば、もっと早いだろう」
「今の皇国に人を導ける程の力と、人望がある者は私が知る限り居ない。君もナスキアスを見て実感しただろう?」
マリス……貴族の頂点に立つ者が人を肩書きでしか見れなくなって……いやそれ以上に酷くなっていた。
「あれでは大戦の時の様な勇猛な騎士にはなれない。そうなれば、今度こそ皇国は外敵に敗れるだろう……ここまで聞いてクリス君は何を感じる?」
「私は正直に言いますと、どうでも良いです。貴族を勘当された身であるので、自分の生き方を探すのに精一杯です」
事実、目先の人を助けることはできるが、貴族の様な大義を背負って数多の命運を握る事など、到底無理だと今の段階で結論はつけたからだ。
静かに話していたが、急に熱意がこもった語り草になる。
「今!この国は出口を求めてるのだ!あの大戦で見つけられなかった答えでもある!その鍵を握っているのは紛れもないクリス!君自身なのだ!」
目が点になる。貴族を勘当されたと念押して言ったのにも関わらず、彼は期待をしているのだ。
「才覚に溢れる者でも、勤勉に務める者でもない。何気ない旅を続けてる君が一番!出口に近いのだよ!」
何を言ってるのかさっぱりだ。出口?答え?そんなもの持ち合わせてるつもりは無い。
「君は今余韻に浸っているのだよ!貴族から開放された余韻にだ!しかしそれも終わりを迎えて来ている…わかるだろう?」
余韻の終わり……これは実感している。実感ははしても理解はしたくない。決して逃れられない、産まれの
「私や、
少し熱くなりすぎたのか、咳き込み、息を切らすグラニオン卿。
「だが、出口を開ける程の力は、私達に残されて無かったのだ……。今この国は道半ばで息を切らしているのだよ」
「貴族でなくとも力を使い、誰かを導く。そんな存在が必要だった。しかし今、その希望は目の前にいる」
「君はその旅で、貴族では無い新しい人の導き方を見せてくれ……」
彼は辛そうに咳き込みながら喋り終えた。こちらからも聞きたいことが山ほどあるのに、卿は満足そうにしている。
「そんな大それたこと…するつもりはありませんよ……」
呆然とした顔で答えるクリス。それに彼は呼応する。
「………あわよくば、貴族の内側から変えて貰いたかったが……今はもう遅い。とにかく、新しい風潮が必要なのだよ」
「私に可能性があるとでも?」
「あぁ、あるさ。君が小さい時からオーハムと考えていたよ」
今までは表面に見せてなかった機嫌も、露わにし始める。
「じゃあ!俺はそんな事の試金石だったとでも言いたいのですか!」
自分の人生が見透かされていたようで、無性な怒りが湧いてくる。
「違うな。こんな状況でも自分を優先する君に希望を見ただけだ……。その
「どんな才能なんですか!」
「それは私の口からは言えんな。それが君の旅の答えとなるからな!」
軽快に、愉快に笑っている当主。当人としては笑えない。無理難題、変な期待、その他諸々な状況で正直パンク寸前だ。
とここで、状況を察したようにへザトール家の執事長が部屋に入り、無言で菓子と粗茶を置いていく。
「一旦……間を入れるか……」
当主は人が変わったように下品にも、一気にカップの茶を飲み干し、一口で菓子を平らげた。
そして間髪入れず、会話を再開する。
「今の貴族は風見鶏だ。ただ皇家と上位の者にへりくだるしか脳がない。その内新しい拠り所を見つければ、彼らは国さえも捨てるだろう」
「理解に苦しみます。私があった貴族達は皆誠実な人達でした!」
(マリスは少し怪しいが……)
「それはオーハムが貴族として優秀だったからだ。貴族のクソみたいなゴマすりの外に、彼は居たからな」
当主の言葉には怒りと、少しばかしの後悔も感じられた。
「だから今の貴族は
「えっ……」
片折れの龍人……事故や怪我で飛べなくなった龍人を指す言葉だ。……クリスは誰がどう飛べないのか理解に苦しんでいると、静かに当主は立った。
「……!」
当主の立ち姿は、無言であるものの、その気迫と大柄な体躯、そして何よりその大きな翼に目を奪われる。
座っていたクリスも、あまりの力強さにおののき、椅子から立ち上がってしまう。
「遠慮せず見て良いぞ。その方が
その言葉通りに上から下、下から上へと視線を動かす。そして最後に、権威の象徴たる翼に視線を送ると……。
「!!当主……先端が……」
そう。右翼の先端が僅かに垂れ下がっていた。
「もうこの翼では飛べないよだよ。力が入らなくてな……」
聞いたことがない。グラニオン卿が飛べないなんて……。そんな事周囲の者が知っていたら、騒ぎになる筈だ。
「……これを知ってるのこの家の中でも数人だけだ。貴族ではオーハム、ただ1人だ」
そうして、疲れた顔をしながら再度椅子に座る。
「もし、私や時代が望む様な貴族がいたのであるのなら、この事実は既に周知されたものだっただろうにな!」
拳を強く握る当主。クリスはその緊迫した状況に1歩も動けずにいた。
「結局は皆が見ていたのは、その威厳と地位だけなのだよ。その者にとっての重要な何かには目もくれずな」
一転して、悲しそうな顔をクリスに向ける。言葉に詰まったクリスは、無言を突き通してしまう。
「何も出来ない自分を責めるな。何もしなかった自分を憂いよ。……私の永い人生の
クリスの苦悶の表情がその一言で少しは緩む。それを見た当主も、最初の物腰柔らかい姿になる。
「少し私が喋り過ぎたかな?ここからは君が存分に質問すると良い」
すかさずに、クリスは口を開く。
「何故、オリアナ様を無下に扱うのですか?貴方の家族では?」
踏み込み過ぎたかと考え、少し物怖じする。
しかしそれとは正反対に、当主は万遍の笑みを浮かべる。
「私以外にも、
そして長々しくも、クリスにとっては耳が話せない内容を事細かに説明してくれた。
「……要するに、翼の事実を知っている長男様がグラニオン様に反撥して、好き勝手を……。そしたら貴族らしくないオリアナ様を無下にする様に家内の者に……」
「うむ。恥ずかしい話だが、家の中では既に、私の地位は
少し気まずい雰囲気になってしまった事を、内心焦るクリス。空気を和ませる為、その後はたわいもない会話をするのであった。
◇
「それでと……おや、時間がだいぶ経った様だね。それではここら辺にしておくか」
「はは……そうですね……」
クリスはくたびれた顔で、軽く反応をする。それもそうだ。最後の2時間はほぼグラニオン卿の若き日の思い出話ばっかだったからだ。
そうして、薄暗い部屋からクリスだけが出てくる。外は既に真っ暗で、月明かりが綺麗な夜空となっている。
夕食時であることから、長い廊下にはロウソクの焦げた匂いと、食欲をそそる刺激の効いた香辛料の香りが漂っていた。
屋敷の案内人に着いていき。屋敷の外に出る。
『どうか夜道にお気おつけを』案内人のその言葉を聞いて、外を実感したクリスは深刻な顔に戻る。
(あのグラニオン様から期待を受けた……しかも、俺が命運を……父上もそれを……)
様々な憶測、感情、思考、推測が頭の中を巡っていく。腕を組ながら、深く考え帰路に着く。しかしその足取りは何時にもまして、力強い一歩をしていたのであった。
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