14話 自信


 「……」


 ベットで寝ているクリス。その横にはリリシア……しかも距離が近い。吐息や彼女の匂い、服の擦れる音、心臓の鼓動……リリシアの全てが感じ取れる様で、とても不思議な感覚だ。


「龍人が尻尾を巻くのは、『信頼』とは聞いたことがあるが……俺にどうしろと……」


 呟いたせいもあってか、リリシアが目覚めてくる。


「ふわぁ〜……。クリス様おはようございます。よく寝れました。つい抱きたくなったのでクリス様を借りました」


 そこは『よく寝れましたか?』ではないのか……それに『つい抱きたくなる』などむっつりクリスには厳しいものだ。

 リリシアは巻き付けていたしっぽを解き、背伸びと一緒に伸ばしてる。そのまま湯のみで水分を取り、窓の外をまじまじと眺めている。 


「リリシアちゃーん、おはよ!」


 隣の部屋に居たマーナも、ここで目覚めてくる。なんやかんやで朝から騒がしくなってきた……。


「おーい。なんか当たり前の様にお前ら居るけど、今日試験なんだよ。消えてくれないか〜」

「言われなくても!今日は姉貴と遊んでくるから、そのうちこっちから消えるよ」


 素直に出ていかれると、何となくだが釈然としない……。


 ◇


「はい!そことそこ!早く並んでね〜」


 魔法資格管理局の試験場で、初々しい奴らと並んでいるクリス。周りの者は参考書籍を読むのに必死となっている。


 (周りの奴ら……剣も握った事すら無さそうだな)


 1丁前に経験者であることを、こんな所で鼻高にしているクリス。受験者は続々と中に入って行くのに、彼だけは人間観察もどきをしている。


「あの〜冷やかしなら消えてくれませんか〜」


 ……なんか前で見たようなやり取りをしながら、クリスも会場に入っていく。


「これは……多いな!」


 ざっと見ただけでも、200人は超えている。流石は召喚魔法と言った所だ、人気が高い。

 身分証の確認を済ませ、まずは筆記試験から取り掛かる。


 内容は至って単純、発射魔法トリガーの役目と意義を記述、召喚魔法の使用の際の注意点、緊急時の暴発阻止方法など、安全面に関することばかりだ。しかし試験の山場はこの後の実技試験だ。大半の受験者はここで落とされる。そして例外なく昔のクリスもここで落とされている。


「17番!危険使用で不可です!」


 (うぅ……胃がキリキリする……)


 過去の不合格が走馬灯のように流れる……自信はあっても、トラウマが消える訳では無い。そんなせいか、気分はすこぶる悪くなっていくばかりだ。


 ◇


 …………呆然と立ち尽くすクリス。その手には合格証が握られていた。


「なんか……拍子抜け……だったな」


 特に問題はなく、作業的に終わってしまったので、特段喜びがある訳でもない。ただ最後に試験官に言われた言葉は少しばかし前向きにさせてくれた。


『一種類で良いんですよ〜。そもそも何個も別の系統に分類されてる魔法を使える人なんて、それこそ貴族の中でもそんないないですよ〜。そんな阿呆みたいに魔法使うのは、それこそオリアナ殿下みたいな人くらいですからね!』


 そもそもの話、クリスは剣士だ。こんなに魔法が使えてる方が珍しいのだが、彼の比較対処が父親オーハム最高峰オリアナのせいで狂っていただけなのだ。

 何とも言えない表情で会場を後にする。内心は喜びで溢れ、直ぐにでも新しい自分を試したいと考える。

 そんな彼だからこそ、最初に足を運んだのはギルドであった。

 依頼一覧をまじまじと見る……。


『ハルコンスライムの討伐』

『燃えて草の採取×50』

『フェンドレイクの討伐×3』

『バルクバッファローの捕獲×2』


 ……全体的に癖の強い依頼ばかりだ。今回の依頼に関しては深くは考えていないので、適当に1番上のやつを取る。


「『ハルコンスライム』ですね〜いってらっしゃいませ〜」


『ハルコンスライム』……硬い、それに尽きる魔獣だ。液状なのか、固体なのかよく分からない見た目でいるが、分類では固体に入るらしい。切っても、叩いても何食わぬ顔でそこら中の草木を食ってしまう。害獣に近い特性なので、余り依頼としては人気がない。


 ◇


 かくして、クリスは地下水路に向かった。依頼のハルコンスライムは水路に住み着いたらしい。


「……臭すぎる!」


 ドンドスと違い人口のせいもあってか、とんでもない異臭を水路が放っている。


 (流石にこの異臭だ……盗賊とかはいないだろう、てか居ないでくれ)


 石畳なのに、苔のせいで足踏みする度に足が沈み込む。この異質な感覚と匂いで、気分は最高に悪い。


「……いた!」


 ドロドロのスライムが水路からはみ出して、水に浸かっている。大分デカイのは感覚で分かるが、変に黒光りしてるせいで輪郭がよく分からない。


「……初めて使う魔法だが……行けるかな?」


 資格が取れたおかけで、まるで玩具を与えられた子供みたいに、色々と試したくなってくる。後ろめたさも無い今、彼を止めるものはない。


「第三雷帝魔法!」


 名前もよく分からない魔法を感覚だけで打ってみる。一応は発動したようで、凄まじい轟音と共に空中に稲妻が走る。雷が水と空間を伝い、デカブツスライムに命中する。

 ぷるぷると震えながら、蒸発をしていくスライム……その横でクリス自身も少し震えながら感電していた。


「うわわわわ、閉所ででで使うととと、結構やばばば……」


 普通に考えれば、死ななかったのが奇跡だが……運よりも、自分の魔法が成功したことに安堵をしている。

 核がやられたスライムは、力が抜けたようにドロドロになりながら、水路に流れていく……


「まずい!水路詰まりを起こす!」



 

「えークリスさん。一応依頼は達成ですが、スライムが詰まるからと言って水路ごと吹き飛ばさないでくださいね。皇都なんですから、色々と勘違いされますよ」


「すみません。少し焦ってしまって……つい……」


 あの後スライムの死骸が水路に引っかかるのを見て、焦ったクリスは炎天魔法を使い焼き払おうとした所、地下に溜まったガスに引火して、水路内で大爆発を起こしたのであった。


「資格を取った初日に事故報告をすることになるとは……」


 まだ痺れている体を引きずるように、ギルドを後にする。どうせこの後は、師匠と会うことになるのだから、治す必要は無い。……が明らかに不自然な歩き方をしているので、町中では冷ややかな目で見られる……。


 ◇


 程なくして、買い物中のオリアナ達と合流をする。予定ではリリシアの冒険道具を揃える為に向かった……はずだ。


「それ……ほぼ服しか買ってねぇ……」


 大量の服を抱えた、マーナが自信げに答える。

 

「だってリリシアちゃん、めっっちゃ似合う服が多いんだもん!」

「……リリシアはそれでいいのか?」

「喜んで頂ければ結構です」


 喜ぶのはリリシアの方なんだが……顔から察するに喜んではいるので、妥協する。


「それはそうと、師匠。治癒魔法かけてくれません?」


 クリスは水路での出来事を事細かに説明する。


「相変わらず、そこは抜けてるのねぇ〜貴方」

「面目ない」


 オリアナはさも当然かの様に、治癒をしてくれる。痺れた手足は全開して、何時もの感じに戻る。

 治癒が終わった後、オリアナは今まで見たことが無い程の強ばった顔でクリスに語りかける。


「貴方不味いわよ。とある人から早急に面会したいと言われたわよ。明朝、私が居たのもそれが理由よ」

「誰です?」

「それは、会ってからのお楽しみね」


 (前に似たような状況だ。コップスの街でも町長からこんな雰囲気で提案された……。今回は誰だ……俺の正体を知ってるやつは、師匠かマリスくらいしかいないぞ……)


 さっきまで穏やかな表情でいたクリスが、眉間にシワを寄せ、鋭い目付きで考え始める。


「ちなみに、私の館ヘザトールにいるからこのまま向かうわね」


 (確定だ。親父の差し金だ。わざわざ面会の為に貴族の館に来るほどのことをしているのだ。確実に何かを言いに来たんだ)


 一気に不愉快な気持ちになりつつも、へザトールで待たせてる事もあり、一応素直に向かった。


は気難しい方よ、くれぐれも失礼のないようにね」


 オリアナはその人物を知っている様だ。しかもここまで丁寧な扱いを求める事は…間違いなく上位の貴族である事に間違いない。しかしクリスは、師匠の言葉とは裏腹に、どんな悪態をつけようか、悩みながら部屋の前に向かった。

 

  ノックを3回、声をかけて部屋に入ると、薄暗い暖炉しかない部屋にぽつんと座られていた……。

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