13話 憤怒
マリスが近づいてくる。幼馴染で慣れているはずなのに、少しばかしの緊張が、クリスから感じられる。
顔を襟元で少し隠しながら、マリスの顔をまじまじと見る。懐かしい感情に駆られて、ついあだ名で彼を呼んでしまう。
「マリー!おめでとう!」
ただ純粋な祝福の気持で、彼に言葉を投げかける。マリスも懐かしい呼び名に反応してこちらに視線を向けてくる。すると、指を刺され名指しで叫ばれる。
「クリス!貴族を捨てた臆病者が!気安く私の名前を呼ぶな!」
自分の耳を疑う……。クリスの記憶では、優しい顔となだめるように語りかける、あの清純なマリスを想像していたからだ。
しかしクリスの思考がまとまる前に、マリスはさらに追い打ちをかける。
「私は当主となったのだ!貴族でもない貴様にかける言葉などないわ!」
通りの反対にいる観客達には聞こえてないが、こちら側にいる人は全員クリスに視線を向ける。
「貴様は気抜けではなく、腑抜けだ!オマケに薄汚い
自分だけではなく、マーナに矛先が向いた事により怒りがクリスの感情を支配し始める。
しかしここでは
「ハッ!見ろ!臆病者と原始人が逃げていく!」
言葉の意味は考えない。考えたくもない。ただただあの現実から遠ざかる。過去の記憶も、思い出も、優しさも、全てあの場に置いてきた。悔しくもなく、怒りもわかない。クリスに残った感情はただ哀しい。それに尽きた。もう限界だ。彼に寄り添う者が1人消え、心の支えが崩れていくのが傍から見ているマーナにもよく見えた。
クリスは無意識の内に宿に戻って、ベットの上でただ天井を見据える。先程のオリアナとの会話も頭から完全に抜けており、自分が今どこにいるのすら分かっていない。
「なぁ、クリス〜。大丈夫か〜?」
明らかに心配した装いで、クリスに優しく声をかけてくれる。しかし今の彼には蛇足だった……。
「少し黙ってくれ!」
「ひぃ!ごめんよぉ……」
普段のふんわりとしたやり取りからは考えられない、心の奥底からの怒鳴り声が、ついマーナに向いてしまう。
決してマーナに怒っている訳では無い。ただマーナ自身も馬鹿にされていたのに、先にクリスを心配している事が許せなかったのだ。
「少し……1人になる……」
そう言って重い足取りをしながら、近場の森に向かう。
悲しさを晴らすために魔法の練習に来た。明後日には召喚魔法の試験がある。一連の流れだけでも確認をしておこうと思っていたが、誰もいない静かな森を前にして怒りが再燃してくる。
「ぬがぁぁぁぁ!」
言葉にならない怒りが心臓から続々と湧いて止まらない。
闇雲に剣を振るい、木を斬りつける。時折、飛んでくる鳥や虫、小動物でさえ魔法や剣を使い、無闇に殺していく。
「トカゲ如きが見てんじゃねえよ!」
先日の『フェンドレイク』がこちらを覗いてくる。
普段使い慣れてない火の召喚魔法を準備し始める。トカゲの全身を捉えて、発射の準備を整え終える。
「『
……不発だった。
「……チッ」
剣を構え、トカゲ野郎を斬る。無駄な行為であっても、刃こぼれをしても関係なく、ただ目の前の生き物を殺すことだけに集中していた。
……彼の蛮行は日が傾くまで続いた。
◇◇
「規約違反です」
ギルドで注意を受けるクリス。依頼もないのに、勝手に森に入った事と、無闇に生物を殺した事が、森の巡回兵に見つかった。
「今回は初犯ですので、違約金の支払いのみで結構です」
高くも、安くもない無意味な違約金を払い、昨日よりも疲れた表情で宿に戻る。
先程の気まずい会話を思い出し、ドアノブに乗せた手が止まる。
恐る恐る扉を開けるも、部屋には誰も居なかった……。強く当たった事を今更後悔する。もしかしたらマーナは皇都から離れてしまったのではと考え、1人寂しく暖炉の前で、揺らぐ炎を眺める。
小1時間ほど落ち込んでいた所に、ドアが突如として開く。
そこには、マーナとオリアナが一緒に部屋に入ってきた。
「良かったぁ〜あのままどっかに行っちゃうかと思ってたよ〜」
「だいぶ応えたようだねぇ〜」
皆口を揃えて、心配をしてくれる。クリス自身も、マーナや師匠の顔を見たことで孤独感が薄れていく。
「マリスは……どうしたのですか?」
「……家を継ぐには早すぎただけよ。周囲から舐められないように虚勢を張る……彼には『我』を通し切れる程の強さが無かったのよ」
「と言うと?」
「彼も『貴族』の被害者さ」
その真意は分からないが、マリスが豹変した……その事実は変わらない。ならば認識を変えなければ。彼は幼馴染でも、友でもなく…『貴族』になってしまったと……。
「さぁてリリシアちゃん!この後は彼としっかり頑張って行くんだよ!それじゃあね」
そう言って後ろからリリシアを引っ張って来る。
辛い状況に面倒事を増やされ、クリスの機嫌は悪化する。
◇
次の日、リリシアと会話を進める。
「……私、旅の心得はある程度あるかと。オリアナ様と出会う前は一人でさまよっていたので……」
「……待て、リリシア。今年齢はいくつだ?」
「今年で460です」
「……」
龍人の平均年齢はだいたい4000歳ぐらいだ。確かに龍人の中ではまだあどけない年齢だ。しかしクリスにとっては圧倒的歳上だ。
(これは……敬語を使うべきか?)
「別に歳上だからと言って気を使う必要無いですよ。そもそもオリシア様からは兄弟子として聞いていたので」
『龍人は心を読む力でもあるのか?』と言いたくなるほど、思考の先を行かれる。
とはいえ、彼の旅は困難を極める。戦闘の経験が無いものを連れて行くのは危険な行為だ。そしてそれは、二人とも理解をしていたのであった。
「クリス様は明日試験を控えているのですから、私の事はお気になさらず。何とかしてみせます」
「あぁ、頼むよ」
何を頼むのかは彼自身よく分からないが、今は自分の事で精一杯だ。
翌朝、また不快な夢で目が覚める。
「ん?……!!!」
……足に何か巻きついている……目で追っていくと、自分だけのベットにリリシアも寝ていた。となると、巻きついてるのはリリシアのしっぽだ。……言葉にならない驚きと、心臓がスライムになりそうな程、鼓動している。
(何か……してないよな俺?)
自分の記憶を産まれた瞬間まで遡る……。
やましいことはして無いはずだ。
「お目覚めねぇ〜」
「!!!」
言葉にならない驚きが、またも駆け巡る。オリアナが居ることにも驚きだが、この光景を見らてる事実の方がより驚きと焦りを醸し出す。
「か、勝手に居ただけですからね!」
何も言ってないオリアナに、よく分からない弁明をしてしまう。
「早速仲が良い事ねぇ〜」
昨晩は確か、リリシアとは別の部屋をとった筈だ。
よく分からないまま、とりあえず尻尾を撫でる。冷静になってきた頭は、彼女が言っていた事を思い出す。
『普段、抱き枕を使って寝ているのでもしかしたらクリス様に頼ることになるかもしれません』
『はぁ?流石にそれは勘弁だぞ!』
『いえ、多分無意識にやっちゃうと思います』
『……』
巻きついた尻尾を優しく撫で続けるクリス。案外触り心地が良い。
「てことは……部屋を渡ってここまで?」
「そうよ〜この子よく私に抱きついて来たわよ」
「てか、師匠。なんで部屋にいるのですか?」
「少し『報告』があってねぇ〜。でも寝ている様なら出直すわ」
そう言い残し、師匠は部屋を後にした。
明朝のこんな時間にやってくるのはおかしいのだが、寝ぼけてる頭では状況をよく理解出来ないのであった。
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