7話 出会い


 ギルドの中で揉めるクリスと謎の人物……

 

 「もーなんなのさ!」

「お前が前見てないからだろ!」


 この出会いが2人の人生を大きく変えるとはつゆ知らず……。


 ◇


 地下水路の調査を終えてから2日たった朝。昨日は出店の食べ歩きをして、食い倒れる様に宿に帰ってきた。


「うぅ…胃もたれが辛い。」


 白湯で胃を落ち着かせ、今日は依頼を探しに行く。

 ふとユーグの事を思い出し、自分の行き先を考える。


「行くとしたら皇都かな〜。召喚の資格も取りたいし……」


 アルデリア皇国の首都は内海に面しており、防衛面、交通面でとても良い立地をしている。そしてなんと言っても、皇城が目玉で、その大きさと美しさは皇国の強さそのものを表している。

 しかし皇都に行くには陸路と海路がある。しかしドンドスからの陸路は長く、現実的では無い。となると、必然的に海路を使うことになるのだが……。


「都合良く、皇都行きの依頼とかないかな〜」


 今のクリスでは持ち合わせが不足してる。行くとしたら依頼の商船について行くしかない。

 海の方に視線を向けて、港に泊まる船を眺める。大半が軍艦か輸送船で埋まっているが、所々ガレオン船の商船が見られる。


「おっ、これなら期待できそうだ!」


 駆け足でギルドに向かう。道中、串焼きウサギ脚を購入して最後のドンドス飯を走りながら味わう。喉につっかえそうになるも勢いを緩めずに、ギルドの中に突入する。人を掻き分け、我先にと依頼掲示板に到達する。

 

『やっ貝の駆除』

『皇都行き商船の護衛』

『鎧磨きの助力』

『模擬戦の補助員』


 ……様々な依頼がある中、クリスは『皇都』の文字を見た瞬間、すかさずそれを引き剥がし手元に寄せる。


 (なんて運のいい!)


 なんて考えながら依頼書をまじまじと見つめると、彼の顔から笑顔が消えていく。


「人数制限……2人以上だと……」


 当たり前だ。一人だけの護衛であんな大きな船を動かす訳には行かない。人数の下限があるのは必然だ。


「これじゃ行けないじゃないか!」


 落ち着きがないクリス。もし依頼書を戻して人を探したところで、他の連中に取られてるかもしれない。それに都合よく、クリスだけを入れてくれるパーティーなどあるはずも無く……。


 (何時もそうだ!いい時に限って!)


 目の前の幸運を見逃すことに腹を立てる。しかしこんな状況になったのは彼の計画性の無さと変なプライドが招いたものだ。それを理解はしていたので、一旦ギルドを出ようとする。あの依頼書が取られてないかどうか気になり、何回も振り返りながらギルドの出口に向かう。

 3回ほど振り返った次の瞬間、何かが足元に当たった感覚がした。


「もーなんなのさ!」


 ……小人族だ。しかもとても珍しい旗持ち小人だった。

 子供向けの絵本で書かれている『はたふりトートのきけんなぼうけん』にしか出てこない、滅多に見ることは無い種族だ。

 しかしクリスはそれどこれではない。ただでさえ急いでいるのに幼稚な甲高い声で文句を言われ、イラッとくる。


「お前が前見てないからだろ!」

「へっ、あんたチラチラ後ろ見てたじゃん。私の方が正しいね」

 

 話にならないと思い、そいつの襟を掴んで一緒に外に向かう。


「急いんでいるだ!離せよ〜」


 傍から見たら誘拐にしか見えないが……外に出して小人の顔をまじまじと見ながら、文句を垂れる。


「あのなぁ、あそこは依頼を受ける場所なの!君が来ていいような場所じゃない!」

「私だって依頼受けに来てたんだよ!これ見ろよ…冒険者のプレートだ!」


 クリスよりもランクが高い……少し言葉は詰まったが反論の手は緩めない。


「そんな小さな体格で何ができるって言うんだ!」

「これでも魔法使えるんだよ!だから皇都行きの船に乗ろうと思ったのに……」

「待て……お前……皇都に行くのか?」

「そうさ!お前と違って出来るからね!もっと大変な依頼がある所に行くのさ!」

「ちょっと来い……」


 その小人を連れて、さっきの依頼の元に戻る。まだ取られてはなかったので、再度引き剥がし受付に向かう。


「これ2人以上だか、こいつも1人に含まれるか?」


 そう言いながら、足元の奴に指をさす。


「こいつって言ったなコラ!けちょんけちょんにしてやるわー!」


 下の奴がうるさいが、受付は淡々と答えてくれた。


「ギルドに登録されてれば問題はありません」

「良し!ギルドのプレート見せてくれ!」


 そうするとニンマリ笑って小人が煽ってくる。


「なんか急ぎのようですなぁ〜あんさん。私は金も時間もあるから、別にこんなの受けなくても良いけどなぁ〜」


 驚きを隠せないクリス……彼の人生で初めてこんなに明確な殺意が湧いたのは初めてだったのだ。

 しかしここは譲歩できない。ゆっくりと諭すように、小人に話しかける。


「さっきは悪かったから、この任務受けてくれないか?報酬も良いし、お互いのためだ…な?」

「しゃざい〜」

「へ?」


 情けない声が漏れ出る。


「人に謝る時は『悪かった』じゃないでしょ〜」

「……すみませんでした……」

「そこはごめんなさいでしょ?」

「………………ごめんな……さい……」


 赤っ恥だ。こんな大衆の前で、こんなガキの身なりをしたやつに『ごめんなさい』なんて……正直家名とか貴族とかどうでもいいくらいの恥辱だ。


「良し!私に感謝するといい!」


 そう言って懐からプレートを渡してくる。クリスは震えた手で自分のものと一緒に差し出し、依頼の受領を確認する。


「確認しました。依頼の受理を船に伝えるので、明日の出発となります」


 そうして一段落して、ギルドの外に出る。


「さぁてさて、仕事だ仕事。楽しみだなぁ〜」


 呑気にこの場を去ろうとしてる小人を後ろからクリスが掴み、止める。


「自己紹介がまだだったな!俺は!クリスだ!」


 言葉の節々に怒りが込められ、怒鳴るような自己紹介をする。


「私は『マーナ』そう呼びな!」


 ……甲高い声が彼のイライラを焚きつける。依頼がなければ一生関わることのない奴だ。相容れない性格に、最悪の初対面……どこをとってもいい要素がない。

 かくして最悪のパーティーが結成されたのであった。


 ◇


 翌朝。早めに起きて忘れ物や準備の怠りがないかどうかを念入りに確認して、宿を出る。

 余裕を持って港に着いて、あいつマーナの到着を待つ。


「おっ。案外早いね〜。真面目くんだ!」


 相変わずイラつく口振りのマーナ。やいのやいのと口喧嘩をしていたら、船長と甲板長が降りてきてクリス達に挨拶を交わす。


「おう、お前さんたちが護衛だな!俺は船長『ドゥーマ』こいつは甲板長の『ヘクサ』だよろしくな!」


 海賊見たいな髭をはやした船長と握手を交わし船に乗り込む。


「皇都に向かう船だ!安全な航路を行くから、ゆっくりしてきな!」

「良いね!船旅楽しみ〜」


 船長の言葉を真に受けてマーナは喜んでいるが、実際は護衛を必要としているので、一悶着はあるだろう。


「帆〜開けぇ〜、錨を上げろ〜」


 船長の合図と共に巨大な船体が動き出し、波の音と共に軋む音が聞こえてくる。出港の合図として鐘を6回鳴らし、港を出る。護衛は『仕事』があるまでは自由待機する事が出来るので、久しぶりに釣りを楽しむ。


「へぇ〜、だいぶ高尚な趣味してんじゃん」


 マーナが近づいてきて、垂れた釣り糸を覗き込む。


「まぁな。色々あるんだよ」


 ……貴族の交流の一環で釣りがある。優雅に川辺で釣りをしてその長い時間と、生き物で遊んでいるという、貴族の余裕さと権力を表す為だ。そのせいもあり、釣りが高尚なものだと勘違いをされている。


「何が釣れるの?」

「ここの海域だと……恐らくだが『ガレオンフィッシュ』か『愛で鯛』がよく釣れるだろうな。海釣りはしたことないからよく分からん」


 クリスが喋り終わると、マーナは真剣な目をしてメモ帳に書き記してる。


「おいおい、そんな大したこと言った訳じゃないのになんでそんな必死にメモすんだ?」

「故郷に思い出を持ち帰るんだ!みんなにみせて楽しませるんだよ!」


 (故郷……か…)


 彼が漏らした言葉には、哀愁が漂っていた……。


「……なぁ、マーナの故郷は何処なんだ?」


「私はアルデリア皇国の出身ではないんだ。もっと西にあるフンバー大森林にあるんだ」

「だいぶ遠いな」

「ここまで来るのに苦労したよ……」


 以外にもこの二人の間に暗い雰囲気が立ち込める。

 と同時にその空気感を壊すように、釣竿が引っ張られる。


「うぉ!かかったぞ!」

「クリス!引けー!」


 そして釣り上げた魚は『愛で鯛』だった。


「なにこれ?かわいー!」


 その名の通り、愛で鯛は可愛いのだ。余りの可愛さに、食べるのをやめてペットとして港で飼ったり、海に返したりしてしまう程に。


「クリス……これ食べちゃうの?」

「あぁ、味は最高らしいぞ」

「えぇ〜逃がしてあげようよ〜」

「釣ったのに?」

「クリスが釣らなければ良かっただけじゃん!」

「それじゃあ釣りの意味がない……」


 釣った鯛に目線を向けるとつぶらな瞳でこちらを見てくる。


 (……なんで魚如きが情に訴えて来るんだよ!)


 少し考えた後釣り針を外し、海に返す。


「バイバイ〜愛で鯛ちゃん〜」

「俺の飯が……」


 一連のやり取りで疲れたのか、昼寝でも決め込むことにしたクリス。船室のハンモックに横たわり、今の自分を客観的に評価しようとする。


 (まだ俺はあの父の様な厳粛さを持ち合わせていない。そしてあの厳粛を一生続けられる度量など持ち合わせていない……。)


 重い悩みの中、そっとまぶたを閉じる。


 一方でマーナも悩んでいたのであった。今故郷に帰った所で、自慢できる『人物』では無いからだ。として何も達成してない自分に嫌悪感を抱くのであった。

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