8話 時には


 航海は順調に進んでいた。時折突風や雨などで海が荒れていたが、既に航路の半分は超えていた。

 ……だがクリスは察知していた。船員や甲板長、果てには船長も全員緊張感が漂っているのだ。

 その緊張感にあてられてクリスも何かを感じ取り、警戒を増す。

 船の中で唯一マーナだけが、ただ楽しんでいた。


「ん〜のどかだねぇ〜」

「何を呑気な……」


 海風に当たりながら、船首で会話をする。ふと思い出した要件を、マーナに伝える。


「皇都に着いたらお前は用済みだからな!」

「こっちだって、アンタとなんかごめんよ!」


 痴話喧嘩見たいな事を繰り広げてると、船員が慌ただしく動き始める。


「おーい、護衛さんよ!少し手伝ってくんねーか?」


 声をかけられた方に向かうと、船員から双眼鏡を渡される。


「帆柱の上に乗って、あの黒い奴を見てくれないか?」


 そう言って水平線の彼方にある黒い点に指をさす。


「いや、無理だ。上まで行けない」


 ……そう、彼は平衡感覚が壊滅的であるのだ。幼い頃から丸太渡りや乗馬の練習をするも成果は見えず、自身の能力に愛想をついていた。

 この経験から、クリスは馬に乗るのを諦めていたのであった。


「護衛なんだからよ、これくらいやってくれないと」

「……わかったよ……」


 仕事であるのなら仕方がないと決心をつけると、双眼鏡を首に掛け、縄でできたはしごを登り始める。上に行くに連れて、風が強くなり揺れが増してくる。


「クソ、こんな事ぐらい船員でやっとけよ!」


 悪態をつきながら、下に聞こえない程の声で叫ぶ。

 小さい足場と、縄を頼りにバランスを取りつつ双眼鏡で黒い物体を覗き込む。


「……やはりあれは……海賊だ!」


 まともな船であれば信号旗が掲げられるが、それが無い。

 おまけにちぐはぐの格好をした船員と明らかに怪しい船長が舵を切っていた。


「信号機が見えない!海賊だ!」


 クリスが叫ぶど、呼応して甲板長が合図を送る。


「やっぱ狙われていたか!戦闘態勢だ〜!」


 一目散に船員が持ち場に着いて、右舷側から大砲が突き出てくる。クリスもマーナの元に向かい、作戦を考える。


「マーナ!何の魔法が使えるんだ!」

「火の召喚魔法なら少しくらいは……後は通常魔法ばっかだよ〜」 

「何も出来ねぇじゃねぇか!」

「でも火が使える!」

「アホか!こっちの船も火だるまになるわ!」


 (不味いぞ……このままじゃ俺一人で戦う事になるぞ!)


「白兵戦は?」

「ない!」


 完全に使えない事が分かったので、手を引っ張り船長の元に向かう。


「船長、こいつ使えないから船長室に隠しといて良いか?」

「なんだぁ!戦えないのか?」

「火しか使えん!」

「なら入れときな!俺の私物盗むんじゃねえぞ!」


 マーナが甲高い声で文句を言う。


「小人はそんな卑しくないぞ!」


 マーナを押し込んだ後。クリスは敵船の方向を見る。


「だいぶ近づいたな!」

「いや!近づいてんだよ!」


 船長が必死に叫ぶ。それもそうだ。完全に敵意を向けてきてるのだ、経験がある船長なら先の光景は火を見るより明らかな展開だ。


「右舷28門、砲撃準備〜。護衛さんは甲板長の所に行け!」


 クリスは、真ん中で指揮をとる甲板長と合流する。

 

「おぉ、来たかこれ付けな!」


 そう言って投げてきたのは、手だけの鎧だった。


「なんだこれ?」


「願掛けだよ。海を足で走ることは無いが、手を使い船で|進むだろ。だから昔から船乗りは手を守るのさ!」


 手入れがされてないようで少し臭いが、手馴れた手つきで鎧を着ける。


「へぇ!上手いねぇ〜。手こずってる所をちゃかそうと思ったんだがな」

「色々あるんさ」

「まぁ早いに越したことはねぇ、いくぞ!」


 甲板長と共に右舷側に集まり、敵を注視する……。船のサイズはこっちより一回り程大きく、砲門の数も多い。まともに正面からやり合えば、確実に負ける状況だ。

 段々と敵船が近づき、汚い雄叫びまでもが聞こえる距離になってきた。


「一斉砲撃〜」


 船長の合図で砲撃が始まる。轟音と共に砲弾が飛んでいき、敵に当たる……が致命傷にはならなかった。間髪入れずに敵も撃ち返してきて、こちらの船員が何人かやられる。

 目の前の光景をただ見てるだけには行かない、と必死に案を探る……。


 (……一か八かだ!)


 船長の元に駆け寄り、相談する。


「敵に光の召喚魔法を使うが良いか?」

「あんちゃん召喚魔法使えるのか!」

「成功率70パーセントくらいだけどな!」

「ハハ!生きるか死ぬかなんて50パーだ!70もあれば上出来だ!」

「ありがとう!なら少し船を近づけてくれ!」


 返事は返ってこなかったが、船長は巧みな操舵術で敵の攻撃を避けながら距離を詰める。クリスは敵をしっかりと捉え、心の中で魔法の手順を確認する。



(トリガー発射魔法を付与して、距離を計測。焦点を合わせて……)


 ……今まで周りの評価のために見せてきた魔法を、自分のため、仲間のために使う……。

 心なしかいつもも以上にすんなりと魔法が紡がれ、成功を確信する。


「良し!行けるぞ!」

「ぶちかましてやりな!」


 船長の合図と共に猛烈な光が周囲を飲み込んだ。


第2光神魔法ミラーゼッションⅡ

 

 クリスがそう唱えた瞬間、敵船の甲板とマストが粉微塵になる。敵が瓦礫の山と一緒に吹き飛び、雨のように海に落ちていく。

 その凄まじい威力に敵も味方も唖然とするしかない。

 そして、操作を失った敵船はそのままこちらに激突する。


「来るぞ!構えろ!」


 クリスのかけ声で、皆正気に戻る。


「白兵戦!剣を抜け〜」


 船長の合図で船員達が剣を抜く。

 クリスも剣を『構える』


 ……剣を両手でしっかり持ち、胸の前まで柄を持っていき、刃に顔を写す。……の作法を手際よく行い、剣先を敵に向け、どっしりと構える。バランスの悪い足場では、これが最適解だ。


 敵がなだれ込んで来るのを目視して容赦なく斬りかかる。 

 付与魔法をかけた剣はいとも容易く敵を切り裂き、瞬く間に死体が積まれていく。


「なんだぁこいつ!こんなの聞いてねぇぞ!」

「騎士だ!騎士が乗ってやがる!」

「騙したなぁ!」


 なんて有象無象共が喋っているが、彼はいちいち聞く耳など立てずに、黙々と敵を斬り続ける。


 20人ほど切り捨てた所で敵が降伏をする。彼の圧倒的な力の前に恐怖を抱き、斬りかかる勇気さえもなくなっていたのだ。


「すげぇな!本物の騎士みたいだったぜ」


 甲板長が嬉しそうな顔をして寄ってくる。


「あんたのおかけで被害が少なくすんだよ、ありがとう!

「あぁ、また何かあったら言ってくれよ」

   

 いつもの彼なら謙遜をしていたが、今は違う。自分の力でやりきった達成感と成功体験が彼を前向きにさせる。


「あ、忘れてた」


 軽快なステップを踏みながら船長室に向かい、あいつマーナの様子を伺う。


「どうだい〜小人ちゃ〜ん?俺の勇姿は見たか〜い?」


 これでもかと言わんばかりのニンマリ顔を見せつけながら部屋に入る。部屋の隅で丸まっているマーナに顔を近づけ、反応を見る。


「怖かったのかい〜?」


 クリスが顔を近づけると……

 

「かかったな!」


 マーナが飛び起き、頭突きをしてくる。


「いっってえ!」

「へへん、そう来ると思ったぜ!」


 怪我をした。しかも戦闘ではなくこいつのせいでだ。上機嫌だったのが一変して、また喧嘩になる。


「もう限界だ!海に放り投げてやる!」

「そんなことしてみろ!この船ごとお前も火だるまだ!」


 『こいつ……新手の悪党だろ……』なんて思いながら、幼稚な口喧嘩を続けるのであった。


 ◇◇



 戦闘で傷を負った船を直しつつ、心地よい風に乗りながら目的地へ近づいて行く。波の流れが速くなり、内海が近い事を肌身で感じる。


「船長ー、砲塔の終わりましたよ」


「おう、クリスありがとな!これで出航前の姿に元通りだぜ!」


 海賊との戦闘が終わって以来、自信がついたクリスは積極的に色んな事を試して見た。この治癒魔法もそうだ。失敗を恐れてあまり手をつけて来なかったが、この機会に練習をする。


「なーなークリスー」


 暇そうにしているマーナが声をかけてくる。海賊との戦闘があった以降少しは静かになったようだ。


「なんであのでかい魔法を使う時叫んだりするんだー?」

「あぁ、あれか……」

「魔法を使うには体内の魔力を体外に形として放出しなくてはならない。その時の変換量に応じて力んだり、気合いを入れたりするため自然的に声が出ている。まぁわかりやすく言うなら筋トレみたいなものだ」

「ふーん詳しいね」

「教えてくれた人が良かったからな…」


 魔法の師匠に当たる人は皇都にいる。召喚魔法の資格を取るに当たってアドバイスを貰うつもりだ。


「じゃあじゃあ!皇都ってどんなものがあるの!」


 皇都は基本的に政治的、教育的な機関しかない。他には大聖堂があるが、本拠地が違うため皇城程の人気はない。


「まぁなんと言っても目玉は皇城だな!一般開放もされてるから気軽に入れるぞ」

「へぇ!そこ行ってみよー」


 話を続けていると遠方に大きな船が見えてくる。船長が双眼鏡で確認して、甲板長と頷く。


「あれはぁ、内海の入江を警備してるグリモール家の軍艦だな!」


 グリモール家……元は海運の豪商だったが、数多くの海賊討伐の実績が称えられ、貴族になった名家だ。


 (確か11歳の頃にあそこの娘からお見合いが来ていたな……)


 何分か並走していると相手の船から信号魔法が飛んだ。

 どうやら通過しても良い合図だと甲板長は言う。


「てことは、今ので内海に入ったのか?」

「あぁ!これでもう安全だ!」


 やっと肩の荷が降りて、出港の頃の落ち着きを取り戻す。


「疲れたわぁ〜、釣りでもするか!」

「あんちゃん悪ぃな、内海での釣りは禁止だぜ!」


 クリスは自分を愛でたいのであった……。

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