第6話 無計画
盗賊と一戦交えた日の夜。独特な緊張感を漂わせながら皆で野営の準備を進める。他の護衛たちはどれくらい手柄をあげたとか何とかで盛り上がりを見せているが、彼はまだあの
(殺さなくては生きていけない……いったい何人を殺せば……)
そして同時に怒りも湧いてくる。自分の生まれに憎悪を向ける。
(貴族や騎士を高尚なものだと教えられてきたが、殺しで得た地位なのに何が誇り高いだ!)
食事を口に運ぶが、味がしない。美味しいパンとスープを食べてるはずだが、何もしないのだ。
人を殺しといて、自分だけ生の営みである食事をすることが、心では受け入れられない。
「クリス君ちょっといいか?」
声をかけてきたのはリーダーだった。
「君魔法使えるんでしょ、なら怪我した奴に治癒魔法かけてくれないか?」
「使えますけど……人にかけるにはあれ資格がいるんですよ」
「持ってないのか?」
「自分が持ってるのは『錬金』の資格だけです」
「……たぶん大丈夫だよ!自己責任の世界だからぱぱっとかけてくれないか?」
「はぁ……使ったこと、黙っといて下さいよ」
そう言って順番に
治癒魔法がかかった者は瞬く間に怪我が治り、元気になってわめき出す。
「ありがてぇ、町で治すのには金かかるからなー。あんちゃんありがとや!」
「あぁ魔法様々だぜ!」
「なぁ俺とパーティー組まないか!」
魔法の資格には反してるものの、悪い気はしなかった。
「少しは元気になったかい?」
後ろから肩を組まれて、声をかけられる。
「落ち込んでいたからな、役割を与えて感謝されれば少しはいいかなと思ったけど……成功して良かったよ!」
『別に言わなくていいだろそれ……』と思いつつも、その気遣いに心が浄化される。
「先は長いが危険地帯はもう過ぎた。気楽に行こう!」
リーダーの声が今日一番、体に響く。
◇
盗賊の戦闘から数日が経過した。この山を超えると、広大な海とドンドスの街が見えてくるはずだ。
クリスの悩みは吹っ切れており、今は次の街への楽しみに思いを寄せている。
そしてやっとの思いで山を超えると、一面広がる水平線と共に沢山の煙と、大きな帆船が港にいくつも並んでる街が見えてくる。
「やっとだぜ!美味い飯が食いてぇ〜」
ユーグが腹をさすりながら、街を眺める。
クリスも一人旅が順調に進んでることに喜ぶ。
「ドンドスは飯が美味いのか?」
「そりゃそうさ!交易の街だぜ。海産物に肉、パンやフルーツ……数えきれないほどの飯が待ってるぜ!」
山を下り、潮の匂いと風が気持ちいい草原を進んでいく。
道なりに進むと、大きな門と『軍港交易都市 ドンドス』 と書かれた看板が1団を迎え入れる。
長い行列と共に門をくぐると、コップスとは比較にならない程の人、そして様々な種族が往来している。
エルフにドワーフ、魚人に龍人もいる。潮風の香りと屋台の香ばしい匂いが食欲を刺激する。キャラバンはギルドに到着すれば解散となるが、クリスは別れよりも街が気になってしょうがなかった。
ギルドに到着した後、護衛達はぞろぞろと解散していく。
そんな中ユーグだけは熱心に声をかけてきた。
「クリス!良かったら一緒に行かないか?俺はトニグア大陸に向かうつもりなんだがよ……」
彼が期待の眼差しで見てくるが、クリスにはもう決めた事がある。
「悪い、俺はもう少しこの国を旅したいからそっちには行けないや」
「そうか~……しょうがないね、君とはここでお別れだね」
一転して寂しそうになるユーグ。
「あぁ、色々ありがとな!お前ならきっといい貴族になれるよ!」
「クリスもいい夢見つけろよー!」
そうして2人は名残惜しくも別々の
久しぶりに1人になったクリスは早速飲食店街に向かった。
(貴族の頃では海産物など食えないからな……楽しみだ!)
毒や寄生虫に当るのを恐れて、貴族の料理長達は基本的に海産物は出さない。その為、海の味を知らずに育つ貴族が大半だ。
(まずは……ここだ!)
そう言って入ったのは、エビとカニの料理屋だ。
中に入ると昼間でありながらも大勢の客が食事をして、楽しそうに会話をしている。
クリスはエビのピラフとカニのスープを注文した……
……30分後に満足した顔で店からクリスが出てくる。
「いやぁ、あんな美味いもんがこの世にあるとはなぁ!」
身も心も温まり次の
◇
「不味いぞ……これ……」
食事に夢中となっていたクリスは焦り出す……。理由は単純、今晩の寝床を取っていなかったのだ。
ドンドスは人が多い街だ、日が傾いてから宿を探すようでは、到底見つからない。そしてその日は既に半分は沈んでいた……。
(街中の野宿はさすがにまずい!)
貴族は捨てても世捨て人になる覚悟は無いので、ここ一番の焦りを見せ、街中を走り回る。
……やっと見つかった。
……が当然訳ありだ。
「1泊……75銀だと!」
そう高いのであった。
見た目からもわかる通り、至る所にガラスの窓と装飾が施されている。
宿の看板の前で立って悩んでいると、従業員から注意される。
「冷やかしなら、他所でやってください」
「いや……ちが……」
周りの視線が恥ずかしい……自分の意思とは関係なく、中に入る。
「宿泊ですね!どのお部屋にいたしま……」
さっきの対応とは打って変わって、丁寧に案内される。硬貨袋の中と真剣なやり取りをして、1番安い部屋に泊まる。
部屋に入り、無駄にでかいベットでうなだれる。
「……やってしまったぁぁぁ……」
本来であれば明日も食事を楽しむはずだったのだが、宿代で一文無しとなってしまった……。
「仕方ない……明日からギルドに行くかぁ……」
冷静さを取り戻し、強烈な睡魔に襲われる……。
◇
朝を迎えのびのびと背伸びをする。呼び鈴で従業員に朝のホットドリンクを用意してもらい、暖かいコーヒーを飲みながら窓の景色を眺める。
「なんて優雅な朝なんだ……」
……なんて言ってる場合ではない。さっさと着替え、ギルドに行く準備を進める。慌ただしく部屋を飛び出し、宿の受付に向かう。
「またのご来店心よりお待ちしております!」
『もう来ることなんてねぇよ!』なんて思いつつ、宿を後にする。
ドンドスはほぼすべての時間で人、物の往来がある。様々な種族がこの地で取引を行っているため、時間などあってないようなものだ。
クリスはギルドに入ると
「人が…多すぎる!」
少し早い朝なのにも関わらず、人で溢れかえっている。特に龍人の多さには目を引く。
「なんか良い依頼ないかなー」
掲示板をざっと見ると、クリスが受けられるものはこれくらいだった。
『漁業の補助人員』
『街中の配達員』
『サーモキャットの捜索届』
『地下水路の調査』
『おっかな杉の伐採』
パッと見では貴族の坊っちゃんが受けるような依頼は無いが、彼ににとって好都合なものが一つある……。
掲示板からその依頼用紙を剥がし、受付のドワーフに渡す。
「これですね〜。面倒臭いけどいいですか〜?」
「構わない。経験はある」
「分かりました〜。行ってらっしゃいませ〜」
早速依頼の場所へ向かう。向かうと言っても
着いたのは地下水路だ。何故彼がここを選んだかには明確な理由がある。
(騎士の訓練で、何度か地下水路に訪れたことがある。何処も似たり寄ったりだし、問題は無いだろう!)
そう意気込んで早速調査に乗りでる。
調査の内容は簡単だ。水路の破損、汚染、治安などを確認していく、単純な作業だ。
唯一気を付けなければ行けないのは、『治安』だ。違法な取引などをしている現場に遭遇するかもしれない。その時は確実に戦闘になるだろう……。
手持ちランタンの光を元に、カビ臭い水路を進んでいく。大きなネズミが我が物顔で闊歩して、蜘蛛の巣がそこら中に蔓延っている。不快である事が当たり前のような場所だ。
水と靴が砂利を踏みしめる音が地下に響く。
地図に該当の場所を記していき、順調に進める。……が唐突になにかの『音』が水路全体を反響をする。
「……それがよ……」
……声が聞こえる。恐らくだが、まともな人間では無いだろう。足音を潜め、剣を静かに抜き、奴らの会話を盗み聞く。
「約束しただろ!」
「魔法書は手に入らなかったが、魔法が使える奴の身分証明書は手に入れたぜ」
「早くよこせ!」
……闇取引だ。証明書と魔法書の売買らしい。身分証明書の売買は重罪だ。この時点で斬りかかっても問題は無いのだが、本当に犯罪者かどうかはまだ決め手にかける。恐る恐る頭を覗かせて、奴らの顔をを確認する。
「当たりだ……」
ギルドの手配書で見た連中だ。
剣を握りしめ、一呼吸したら後ろから静かに近づく。
片割れは品物に集中していたが、もう一人の敵がクリスの気配に気づき、叫ぶ。
「おい!ギルドのやつだ!」
敵がナイフを取り出しこちらに向けて構えるが、既にクリスは剣を振り下ろしていた。
「…がっ!……」
一人の頭をはねた剣をそのままの勢いを保ち、次の奴の心臓めがけて突き刺す。
「若造がっ……」
敵から剣を引き抜き、付いた血をまじまじと見つめ、自分のした行いに言い訳をつく。
(真面目に生きてるんだ、問題は無い。)
人を殺した事には気を停めず、淡々と作業を進めていく。夕暮れ時には、達成感と共に地上に戻ってきた。
ギルドで報告を済ませて、依頼の出来高報酬と殺した指名手配書の分を受け取る。
◇◇
盗賊の一団を殺したあとの道中、ユーグから助言を受けていた。
「殺した相手ばかりに気がいってるようだが、視点を変えてみれば良いんだよ」
「……視点?」
「そう視点さ。クリスや俺が生きてるということはよ、どっかで困ってる奴をもっと助けられるてことだろ!違うか?」
「……そうだね……」
あの時はその言葉を真摯に受け取ることが出来なかったが、今になって分かる。クリス自身が真面目に依頼を受け続けることで、何処かの誰かが助けられてると言うことを……。
そしてそれがつかの間の
「……良いね、俺はやれそうだ!」
心なしか、自信が湧いてくる。騎士や貴族としてではなく、ただの『クリス』として……。
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