第5話 苦難
道なりに進んでいると、一緒に乗っている護衛との間に会話が生まれる。
「君……僕と同い年そうだね!名前は何?」
「聞いた方から名乗るのが礼儀なんじゃないのか」
「それもそうだね。俺はユーグよろしくな!」
「クリスだよろしく頼む」
「君は……貴族かな?」
(は?何故バレた?おかしいだろ!今の会話にどこに貴族の要素があるんだよ!)
内心焦った状態でも、冷静を装いつつ質問を返す。
「なんでだ?」
「はは!真に受けるな冗談だよ、冗談。」
普通の人の会話がこんなにも難しいものなのかと、困惑する。
「まぁでも俺の夢なんだよね……」
ユーグが自分の剣を見つめて淡々と語る。
「夢を初対面の見ず知らずの奴に話すものか?」
「夢は語るだけ語った方がいいさ。その方が実現に近づける」
「それで?その夢の内容とは?」
食い気味に質問をする。
「お、乗り気になってきたなー。なら話させて貰うぜ!」
◇◇
ユーグの生まれは平凡なものだった。鉱夫の父と縫い物屋の母の間に次男として生まれた。彼は15歳の成人になるまで自分の生まれた村から1歩も出たことが無かった。そのせいか、外の世界への憧れと夢を強く抱いていたのであった。そして15歳の時、家族に何も言わず家を飛び出し自分の腕っ節のみで様々な土地をへて、依頼をこなしながらここまで来た。
そしてユーグの憧れは世界から名誉へと変わっていった。広い世の中を見て回るうちに、騎士や貴族等と会う機会がいくつかあった。綺麗な服を纏い、絢爛優美な剣を握り、鏡の様な鎧を装備して敵を鮮やかに屠る。そんな豪華でありながらも強くたくましい、
「俺にはいい出自もなければ、金もない。あるのは腕っ節だけで、それ以外は何も残らない。それが嫌だから貴族になりたいのさ」
すかさずクリスは反論する。
「そんな貴族はいいモノじゃないと聞くぞ。例に皇都近くの貴族は腐敗してると聞くし……」
皇都近くの領地は、皇族の血筋に近いものから割り当てられてる。その為、揺るがない地位にあぐらをかいて贅沢三昧、傲慢な生活や態度をしている貴族で蔓延っている。
「確かに皇都近くは変な貴族ばっかだったが、前にあったナスキアスの騎士はとても親切だったぞ。年齢も近そうだったし」
(ナスキアスの騎士……おそらく『マリス』のことだろうな)
「まぁ、目指す分には問題ないだろうし頑張ってな」
「投げやりだなー。じゃあ今度はこっちから質問だ!君の夢は!」
(……夢なんて無い……俺にはただ一日が無機質に過ぎていくだけだった)
ユーグの腰にある剣を見つめ、考える。
「……見つけることかな」
「何をだい?」
「夢だ。夢がないからこそ皆が持ってるような何か夢を見つけたい」
「良いねぇ、それ!なんだか君の事が分かってきた気がするよ!」
その後もユーグとの長い会話は続き、いつの間にか日が落ち始めていた。
順調な足取りであった為、予定よりも早い地点で野営をする事となった。
「野営の基本は開けた場所ですんのが基本よ」
ユーグとは違う護衛達が先輩ずらをしてやってくる。
年齢は確実に上であるが、その風貌と態度からして、年相応の賢さがあるとは言い難い連中だ。
「新米共!お前らは人殺したことあるかぁ?」
「キャラバン護衛では魔獣よりも『人』が怖いからなぁ!」
ユーグがその言葉に呼応する。
「あたりめぇだ!俺だって修羅場くぐってるんだぜ、人っ子1人くらいぶっ潰したことあるわ!」
ユーグの反応にクリスは困惑する。あんな物腰柔らかい彼が、殺しをしたことがあるという事実にだ。温室育ちのクリスにこの事実が動揺と困惑、そして恐怖をもたらす。
「その反応……もしかして経験無い感じ?クリス君」
ユーグがいち早くクリスの違和感に気付く。
「あ、あぁ……前に街中で盗賊を捕らえたことがあるが、その時は魔法で……」
「魔法!魔法使えるのか!そりゃ助かる!……しかし魔法が使えるのか〜、そしたらいちいち
魔法は高度な技術と知識を必要とする為、使えるものは限定されている。特に戦闘面では手数を増やせる事もあり、
「魔法使うと簡単に敵を捕縛できるからな。わざわざ手を汚す必要無いもんな」
「しかし街の
「それに相手だって殺しにくるんだ、容赦はいらないぜ!」
『殺し』……戦に出た者であればそれは当たり前なのかもしれない……殺す相手も状況も戦場ならそのためにあるようなものだ。
しかし今回話してるのは盗賊だ。普段の生活の中、急に襲いかかってくる相手を咄嗟に殺せるかどうか、クリスは悩んでいるのであった。
◇
翌日、晴々とした空の下を馬の蹄と、手網が擦れる音と共に悠々と歩いていた。先頭の商人によると、今日中にトーランド領を抜けてブレニカ領に入るとのことだ。検問を超えるため、身なりを整え身分証であるギルドのプレートを用意する。
検問所に着いたところ、ひとつ問題が起こる。検問所が長蛇の列で溢れているのだ。
周囲の人達の会話から察するに、盗賊団に襲われたキャラバンが検問に突っ込んだようだ。
何も無い時間がただ流れる。暇を持て余した護衛達と軍人で集まり、先日の『竜』の話になる。
「なあ!こないだの『竜宮国』見たか!」
「あんなでかいヤツを見てないやつは、モグラかドワーフくらいだろうな!」
「縁起が良いもん見れて良かったぜ!」
「あれと誰か戦ったやつはいるのかねぇ?」
ここで物知りな護衛が饒舌に話を始める。
「人はいねぇが国はあるらしいぜ」
「どこだ?」
「今は滅亡した、オルシアだよ」
「あの不滅大陸のか?」
不滅大陸……アルデリア皇国がある大陸の北西に位置する大陸だ。今は人ひとり住めない不毛の大地と化しており、上陸した者は皆瘴気にやられ、死んでしまう。人が入れないとか何とかで、不滅大陸なんて呼ばれ始めたらしい……。
「その昔、まだ不毛でなかった頃のあの大陸には大きな国家、オルシア王国があったんだ。しかし一夜にして城も建物も人も全て消え去り、滅亡した……その原因があの
「怒らせたと?」
「そう。『神殺し』をしようととしたらその神に逆に殺されたってな」
「馬鹿な話だぜ」
「にしてもヒックス、詳しいなぁ」
「本が好きだからな。お前も読めよ、そうすればその馬鹿頭も少しはマシになるんじゃないか?」
「言ってくれるじゃぁねぇか!」
会話を楽しんでいるところに不機嫌な商人がやってくる。
「おいお前ら!喋ってないで手伝え!」
検問のため商人達は、荷物を一から確認してる。
「嫌だね。俺たちの仕事は護衛だぜ、それ以外はねぇぞ!」
護衛の一人が悪態をつくと、さらに機嫌を悪くして去っていく。
検問につくと一人一人丁寧に確認をされ、ようやくの思いで通過した。馬車の馬たちは焦らされていたようで、検問を抜けるや否やとんでもない速度で走っていく。
「ふぅ〜、最高だぜ!」
荷車の前から後ろに流れる風に当たり、ユーグは楽しむ。
一方でクリスは荷車に捕まるので必死だった……。
◇
次の日、少し曇り気味な空の元で目的地に目指すクリス達。しかし昨日と違うところは皆緊張感が高く、帯刀してる剣に意識を向けている。
昨晩の打ち合わせで、皆が口を揃えて言っていたことがある。
『明日の道中、盗賊の襲撃地点で有名な場所を通る。襲われるとしたら明日の可能性が高い。気をつけよう……』
護衛の間では有名な場所を通る。窪地になっており周囲の視界が晴れないため、盗賊にとって絶好の襲撃地点だと言う。
そして例の窪地にキャラバンの1団が突入するとリーダーが合図を送る。
「走るぞ!」
その叫び声とともに、無我夢中で前に走り出す。
大量の砂煙を立て、1団は窪地の出口を目指す。
運は敵に味方をしたようで、想定通りに接敵をしてしまう。馬車を狙い上から弓をこれでもかと撃ってくる。遂には3番馬車の馬がやられてしまう。
「停止!停止!迎撃態勢に移れ!」
その掛け声と共に一斉に広がる。ユーグとクリスもその掛け声と共に馬車を守る。
……盗賊達が顔を出してきた。30人近いだろうか、街で見た盗賊よりも汚らしく、強そうに見える。
クリスの内心は動揺に動揺を重ねていた。護衛の数よりも多い敵、想像よりも大柄な盗賊、そしてそれらを今から『殺す』ということに……。
開戦の火蓋は敵の手によって切られた。
敵の木っ端共が一斉に襲いかかってくる。それを護衛たちは一撃で首を跳ね、息の根を止める。ユーグも敵の心臓を突き刺した後相手の利き腕を切り落とし、仕留めた。
しかしユーグとは反対に、クリスは動揺のあまり防戦一方となっていた。
それを見かねた彼が大声で叫ぶ。
「クリス!ぼさっとすんな!さっさと殺せ!」
ユーグの声と共に、クリスの剣が盗賊を襲う。血しぶきと共に敵が苦しみ、悶えながら地面に這いつくばっている。
クリスは剣に付いた血を見つめて呆然としてる。
「まだ死んでねぇ、トドメを刺せ!」
ユーグの声がクリスを
「剣に力が入りすぎだぜ」
「わかってる……」
普段のクリスならあのくらいの物体は難なく切れたはずであったが、目の前の死と動揺のせいで力んでしまい結果として相手を苦しめた。
「まだ来るぞ!」
剣の血を払い、再度襲って来る敵達を不慣れた手つきで斬り伏せていく。
◇
戦闘が終わった頃には、返り血で服が真っ赤に染まっていた……。
怪我は無くとも、一目見れば分かるほど憔悴しきった顔をしているクリス。
そこにユーグが優しく声をかける。
「殺しただけだぜ。そんなに抱え込むと後が辛くなるだけだぞ。それに奴らは『犯罪者』なんだ。殺しても気に止めるな……」
分かってる……そうわかっているのだクリスは。悪人は死すべき定めであることなど
しかしそれが唐突として目の前にやってきて、しかも自分の手で下すとなると話は変わってくる……。
周囲の状況を確認すると、そこにはクリス自身が斬った敵の死体が転がっている。死体の顔を見ると、この世の終わりを見た様な苦しみと、憎悪を抱いた表情で死んでいた……。
立ち上がり剣を鞘に納めようとするが、手が震え上手く入らない。震えた手は力が入らなくなり、剣を落としてしまった。
「……優しいのか、世間知らずなのかはどうでもいいが、恐怖できる心があるならいずれ強くなれるよ!」
そう言ってユーグは剣を拾い上げてくれた。
クリスは力を入れ、震えを抑えながら、納刀をする。
しかしその手の震えは納まら無かった……。
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