第4話 始まり
翌朝。見慣れない天井をまだ半開きの目で視界に入れる。
「宿か……」
久しぶりに激しく動いたのもあり、筋肉痛で全身が痛む。
おぼつかない手足で替えの服に着替えて共用水場で顔を洗い、
重い足取りで宿を後にする。向かうはギルドだ。
(まずは報酬を受け取らなければ)
盗賊の件もあり、報酬の受け取りを翌日にしていた。
人生初の報酬に少しワクワクする反面、クリスはこの生活が続けられるかの不安も抱えていた……毎日依頼の繰り返しでその日を凌いでいく……そんな先の見えない生活に不安と動揺が襲いかかる。
昼を過ぎてる事もあり、ギルドの中は沢山の人で溢れていた。
「あら、クリスさん今日は遅かったですね」
「昨日は疲れてたからね」
「確かに。昨日報告しに来た貴方は相当疲れた顔をしてたもんね」
カウンターの上に妙に小さい報酬袋が置かれる。
「中に盗賊確保の報酬も含めた50大銀貨、と町長さんからの手紙も入っていたよ」
手紙もそうだが、クリスはその銀貨の多さに困惑した。
「50銀?多すぎじゃないか?」
「私もそう思ったけど、町長さんに考えがあるらしいよ。早いとこ手紙の確認をしなね」
(クソ、出自がバレた瞬間にこれだ……)
貴族と言う名の鎖がまた自分に繋がる。たかが紙切れ1枚がクリスを不快にさせるのだ。
『トーランド家のクリス』として扱われる……それが今の彼にとって一番の地雷だ。
不快、動揺、怒り……負の感情が彼の足を運ばせる。人目を気にせず走り出し、宿で手紙を確認する……。
◇
クリスは今、町長館の前にいる。手紙の内容が、怒りと共に彼をここに運んだ。
『この手紙を読んでいる時、暇であるのなら町長館まで来てください』
町長には策略がある。この手紙の文面がそうクリスに告げているのだ。最悪、オーハムから何か言われてるかもしれない……そう考えると、ここに来ない訳には行かない。
町長の館は、トーランドの屋敷と比べれば小さくはあるものの、立派な作りにはなっている。恐る恐る門兵に声をかけて中に入る。
館の中を進み、大広間に出る。そこにはソファに座った町長が、来ることを知ってたかの様に待っていた。
「来てくれてありがとうクリス君」
「何ですか急に……貴族に尻尾でも振りたいのですか?」
「……ふふ、私の想像した通りのお人ですね貴方は」
「何が?」
「貴族として扱われる……それが嫌なのでしょう。いや正確にはオーハムの子としてかな?」
「それがどうしたと!」
よそよそしい会話に痺れを切らすクリス。
そこからは町長の真剣な眼差しが矢の様に突き刺さる。
「私から貴方に2つの提案があります。ひとつはトーランド家に戻ることです。私が掛け合って戻れるようにしますので
反省さえしていれば家に
悩ましい顔ですかさず問いかける。
「……もうひとつは?」
「もうひとつは世界を回るのです」
「……世界?」
「貴方には『出会い』が必要です。トーランドとしては無い『クリス』として、君自身として」
その言葉にクリスの心は歪む。彼の人生の中にはトーランドとしての友はいるが、『クリス』としての仲間はいない……。
苦しい表情をしているクリスに、続けて町長は話す。
「貴方の葛藤はこんな
「……それで?」
「馬車を用意します。正確にはキャラバンの護衛としてついて行ってもらいます。目的地はブレニカ領『ドンドス』です。」
ブレニカ領……広大な面積を誇り海岸沿いに領土があるところだ。山と海に恵まれており陸運海運共に優れて、トーランド領とは比較にならない程の豊かで大きな領だ。
「ドンドスに行けば様々な人、物との巡り合わせもある。それに交通の便も良いから海を使いこの大陸から離れるのも良し、内海に向かい皇都に向かうのも良い。何でもできる場所です。今の貴方にぴったりな場所だと考えたのですが、どうでしょうか?」
「何故そこまで肩入れを……」
「ただ答えを見てみたいのですよ……貴方の『答え』を……」
「そんなものに価値があるとでも思っているか?」
「ふふ、価値の重みを知るのは当人だけですが、価値の『評価』をするのは貴方ではないですよ」
「遠回しな会話ばっかしやがって……」
「その方が答えに辿り着いた時に、面白味がますでしょう?それに……」
ここで会話を止めるように、この館の執事長が入ってくる。
『会議が近いです。準備を』
話は途中で終わってしまったが、町長が何をしたいのかだけは把握出来た。
帰路の中ふと悩んでいたところに、一際目に入るものがあった。
『グリフの居酒屋(営業中!)』
……特段に酒が好きでも無い彼が何故か居酒屋に立ち寄る。食欲にそそわれた、訳ではなく中から聞こえる陽気な
中に入るとそれはそれは下品な会話と、仕事終わりの汚い連中が騒いでいた。
クリスは奥のカウンターに座り、しんみりと考える。
「お客さんここは酒場だよ!何か飲まなきゃ!」
そう言ってエールが出される。普段口につけないものだか今は無心に飲みたい気がした……
「身なりは良いんだし、金あるんだろ?ならもっと派手に行こうよ!」
店主の言葉に押され、エールを喉に通す。しかし、あまりの酒精に咳き込んでしまう。
「いいねいいね、どんどん飲んでいこ!」
「こんなっ……何がいいんですか!」
むせながら、あまりの押しに少しイラつく。
「悩んでる時こそグイグイいくんだよ!例え不慣れでも、時間と慣れがお前を救ってくれるのさ!」
『慣れの問題か?』と思いつつも、素直に飲み続ける……。
程よく酒が周り始めた頃、去り際に言われた町長の言葉が脳裏をよぎる……。
『明日の朝、馬車乗り場に来てください。もし貴方が本気で変わりたいのなら馬車に乗るのです。それが嫌でただ家督をつぐのであるのなら、町長館に来てください。私は前者を期待してますよ……』
(勝手な期待だ。そんな出来た人間じゃ無いのに何故みんな分かったように……)
むしゃくしゃした勢いで酒を飲み意識と記憶が曖昧になっていく……。
◇
次の日。荷支度を済ませたクリスは朝早くから宿を出て目的地へと向かう。
場所は町長館。門の前で立ち尽くし、葛藤を天秤にかける。
(ここで中に入れば全てが終わる……)
昨日の酒場で辺りを見渡し、日雇いの生活など到底向かないと肌身を持って実感したのだ。汚い労働者、先の見えない日々、何も残らない人生……そんな生活を彼は拒みたいのだ。
冒険者プレートを取り出して、まじまじと眺める。『クリス』の3文字を眺め、一昨日の出来事を思い出す……。
(……あのパンが忘れられない……)
パンの優しい味を思い出すクリス。急に思い立った彼はプレートを握りしめ走り出す。
向かった先はあの親子がいるパン屋であった。
営業中の看板は見えないが、煙は立っている。失礼の無いように、ノックをして店に入る。
「すみません。今やってますか?」
「あら、こないだの方じゃないですか!どうぞお入りください」
店内中がパンの焼けたいい匂いで充満している。クリスは商品棚を見て回り、とあるパンを探す。
「ここって、保存の効くパンはありますか?」
「ありますよ。この塩堅パンですね。どこか依頼に行かれるのですか?」
「……実は長い旅に出ようと思ってて、ここに帰ってこられるのも相当先なるかなと思って来たんですよ」
「ならこのパンが、貴方の旅の味になってくれたらうれしです!」
会話を終えるとクリスは金を払おうとするが、店主に止められる。
「代金はいりません。代わりといったら変ですが、もし困った方を見つけたら貴方の優しさを分けては下さらないでしょうか?そしたらきっとあなたも幸せなはずです!」
クリスはその言葉を受け、頷く。その顔は心なしか笑みを浮かべていた。
店を出ようとしたその時、奥から声が聞こえてくる。
「お兄さん旅に行くの?気をつけてね!いっぱい悪いやつを倒して、領主様みたいな英雄になって戻ってきてね!」
「はは、英雄は厳しいな〜。でも悪いやつはいっぱい倒してくるからな!戻ってくるまで元気にいろよ!少年!」
名残惜しくも彼は店を後にして
「少し……来るのが遅かったですね。悩みましたか?」
「寄り道をしてただけですよ」
馬車乗り場に付き町長と会話を進める。
「決心は着きましたか。貴方にとっては人生初めての一人旅です」
「着いてなければ、今頃はベットの中だよ」
「ふふ、そうですね。では私からひとつ餞別品を……」
「おいおい、特別扱いが嫌なの分かってたんじゃないのか」
餞別品として町長が取り出したのはボロボロの布切れだった。
少しは期待をしていたこともあり、肩透かしを食らい困惑する。
「なに……これ?」
「布です」
「いやそれは見ればわかるけど!」
「貴方の剣と鞘は今後の旅では悪目立ちするでしょう。なのでこの布切れを巻いて、隠しておくのが懸命です」
納得した素振りを見せ、左腰に装備してる鞘に布を巻き付ける。
「全く、騎士には見えないですね(笑)」
「それ……侮辱だぞ……」
なんて他愛もない会話をして出発の準備を進める。
このキャラバンには14人の護衛と、21人の商人、6人の衛兵がいる。そこにクリスが加わる。
ドンドスまでは約2週間、安全な街道を通るとはいえ大量の商品を抱えたキャラバンだ、何があるかは分からない。
寄せ集めの護衛とコップスの街の衛兵6人、それときな臭い商人達だ、旅の話が尽きることはないだろう。
クリスは護衛の1人と一緒に、最後尾の荷車に乗車した。
最後に町長がキャラバンに声をかける。
「どうかお気を付けて!旅は長いですが、良い巡り合わせがある事を心から願っております!」
これはキャラバン全体に言った言葉なのか、それともクリスへかけた言葉なのか分からない。
聞く暇もなく馬車は走り出し、目的地への旅を始めた。
◇
門をくぐり、登る朝日に向かって走る。
荷台から見る光景が目まぐるしく動く。最初に来た山森、農耕地帯、丸太の小屋……そしてついに目的地に繋がる大きな街道に出た。
後ろを振り返ると、朝日に照らされるコップスの街と人の営みを知らせる、煙突の煙がぞくぞくと立ってゆくのが見える。
この景色がまた見れる日が来るのか、何時になるのかは誰にも分からない。
しかし始まりはするのであった。彼の『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます