第3話 パンの味


 依頼に向かう道中、ふと路地裏の光景に目を奪われた。


 (カツアゲだ……)


 少年1人と盗賊2人。少年は買い物途中の格好で、盗賊はいかにもな格好をしている。


 (面倒事は勘弁だな……)


 そう思い、見て見ぬふりをするクリス。しかし脳裏に言葉が浮かび上がる。


 (『貴族の務め、騎士の誇り』か……)


 しがらみから解放されても、そのまでは否定出来ないクリス……路地裏にそそくさ入り、少年を手元に引き寄せる。 


「大人2人がこぞって子供にカツアゲとは……ネズミでもまだましな狩りはするぜ!」


 盗賊達は睨んで、ドスの聞いた声で話す。


「あ?何様だよお前。英雄ごっこなら他所でやれよ!」

「そのガキは俺たちのもんだぜ!寄越しな!」


 (汚い声と身なり、なるべくして犯罪者になった様な奴等だな)

 

 クリスはそっと鞘に左手を置いて、親指で少し剣を押し出し、銀色の刃をチラつかせる。


「おいおいやる気か?」

「……おい待てあの剣……騎士の剣だ!」

「へっ馬鹿がよォ、よく見てみろ。家紋が取られてるんだ、追放された騎士だから殺しても問題ねぇぜ!」


 そう言って盗賊達がナイフを取り出し、斬りかかる。


 次の瞬間クリスは剣から手を離し、魔法を唱える。

 瞬く間に周囲が明るくなり盗賊達の視界を奪う。


「クソ、何も見えねぇ!」

「とりあえず振り回せ!」

「バカ!それは俺だ!」

 

 間抜けな盗賊二人……騎士の訓練を受けてきたクリスには容易な相手だ。振り回されたナイフを避け、それぞれの腹に魔法で強化した拳をめり込ませる。

 腹を押さえ身動きが取れなくなった盗賊に痺れる魔法パラノラをかけ拘束する。

 

 内心上手くいったことに喜んではいるが、表情には出さないよう冷静を装い、怯えてる少年に声をかける。


「少年、衛兵を呼んできな」


 助けた少年は頷き、走り去っていく。兵が来るまで一連の動きをクリスは思い出し、顔をしかめる。


 (癖だな……)


 騎士らしくない戦い方を指摘されてきたクリス。特に指南役に言われていたのは『左手の所作』だ。

 無意識の内にその行動をとってしまった事に内心焦りはあるものの、今は自分を縛るものがないのだと安堵して、心を落ち着かせる。


「ここか?」


 少年が衛兵を連れて戻ってきた。3人の兵がクリスと盗賊を囲み警戒する。


「そこに汚いのが寝てる。さっさと牢にでもぶち込んでくれ」

 

 そう言って盗賊の方に指をさす。


「……お前の剣……盗っ人か?お前も怪しいから一緒に連行させてもらうぞ!」

「……分かった、ついて行く」


『どう見ても助けた側だろ!』と不満を持ちつつも、大人しく連行されていく……。

 


「だから!俺が助けたんですよ!」

「いやねぇ……君、ギルドに登録したばっかでしょ。それなのに盗賊2人も捕まえられるのかねぇ?その剣だって盗んだものじゃないの?」

「確かに登録したばっかだけど剣には自信があるだけだ!それにこの剣は家で貰った物だ!」

「騎士の剣を?てことは君は騎士様なのか?」

「それは……」


 詰所の尋問室で衛兵長らしき者から懐疑の目を向けられる。クリスは正直身分を明かして、こいつを黙らせてやりたいなんて考えているが、それこそあいつ父親の威厳にすがることになるので、喉の手前で言葉がつっかえてしまう……。しかし他に言い訳もなく、苦渋の思いで身分を名乗ろとしたところ、1人の男が部屋に入ってきた。


「衛兵長、もう大丈夫だ。この者の身柄は私が持つ」

「しかし町長、この様な身元が不透明な者を野放しにするのは……」

「私はこの人を知っている。下がってくれ」


 そう言って町長と2人きりとなる。


「お久しぶりです。お披露目の式典以来ですねトーランド様。最後に会ったのは小さい時ですが、雰囲気とその剣で分かりましたよ」


 以前親族や近隣の町長を呼んでお披露目式をした際に来た1人だ。この状況では誤解を招くため、クリスは事の経由を一から説明する。


「なるほど家を追い出された為、名乗るのに躊躇してたと……」

「疑わないのか?」

「ふふ。この地ではそう簡単に騎士を偽ったりしませんよ。ましてやオーハム・トーランドの息子となれば尚更です」

「俺の父をそんなに評価するのか?」

「えぇ、オーハム様の治世ではだいぶ豊かになりましたから……」


 オーハムの前、クリスの祖父にあたる領主ベイナムは良い意味でも悪い意味でも戦上手な人物だった。

 永遠と戦場に赴きは、当たり前の様に勝って勝ちまくっていた。その為か領地の民も出兵や食糧の献上には文句を言わなかった。

 結果として痩せこけた領地となってしまって資源はあるものの豊かとは言えない状況になってしまった……。


「そこからオーハム様が戦争だけではなく内政にも力を入れて下さり、今の豊かなトーランド領が育まれたので昔からこの領地にいる者は皆オーハム様に心酔してます。」


 以外にも周りの評価が高いことでクリスは驚く。何せ家では笑みも浮かべない堅物であったから、息子としてはそんな良い心象がなかったのだ。


「そろそろ解放してくれないか?ギルドの依頼に行かないと」

「そうですね。あとの処理はこちらに任せてください。報奨もギルドに頼んで依頼報酬と一緒にさせていただきます」


 詰所から解放されて一息つく。結局助けた少年からは何も言われず別れてしまったので、少しモヤモヤする。


 (助けたのに礼のひとつもなしか……)


 別に礼が欲しいから助けた訳では無い。しかし頭ではやるせない感情が引っかかる。

 


 依頼場所は森林伐採所だ。門を出て少し歩けば山の麓に見えてくるはず。内容は『レザーマウスの駆除』だ。


  (レザーマウス……前に魔獣図鑑で見たことがあるな)


 レザーマウスはその名の通り皮が硬いネズミだ。武器に心得が無いものはその小ささと皮の硬さで、駆除するのは一苦労だ。逆に弱点も多くあり、首元が柔らかいためそこを突けば簡単に倒せる。おまけに皮のせいで動きも鈍い。ある程度武器を扱えるなら簡単に倒せる魔獣の一種だ。


 のどかな道を歩き、少し起伏した丘を超えると、大木が積まれたログハウスが見えてくる。

 ちょうど作業をしている大柄な男性が薪を作っているようなので、依頼の確認をする。


「おぉ、その依頼受けてくれたんだなありがとよ!」

「見てもらった方が早いから来てくれ」


 倉庫に案内されると、そこには大量のかじられた丸太が積まれていた。


「こんだけの量がかじられてよ、商売上がったりだぜ。この倉庫の中に大量にいるからよ、どうにかしてくれ」

「……この丸太は使うのか?」

「本当は建材にするつもりだったが……仕方ねぇから暖炉用の薪にするつもりだ。多少汚れても問題ねぇぜ」

「分かった。日が暮れる前には終わらせるよ」

「お、頼んだよー」


 倉庫全体を俯瞰してより効率的な駆除方法を探す。

 2分ほど考え、案が浮かぶ。許可なく実行するには少し抵抗があるものなので依頼主の元に行き相談をする。


「倉庫の丸太、少し煙っぽくなるけど良いか?」

「良いけど……まさか燃やしたりしないだろうな?」

「まぁ見てればわかるよ」


 そう言うとクリスは倉庫の穴を全て塞ぎ、ドアを開けて中に入る。倉庫の中で煙幕魔法モクトスを唱えると、火事のように煙が室内に充満する。


「これでネズミどもをあぶりだす!離れな!」


 咳き込みながら倉庫から飛び出し、唯一の煙の出口であるドアの前で剣を抜きながら待機する。

 5分もしない内におぞましい数のレザーマウスがこれでもかと溢れ出てくる。すかさずクリスはマウス達を華麗な手さばきで殺していく。1時間もした頃には動くネズミは一匹もいなくなった。


「へぇ、中々やるなあんちゃん!」

「これくらい普通だよ」

「依頼はしっかりこなしてくれたんだ、そんな謙遜はするなよー」


 何事にも思考を巡らせる。クリスや戦場で一線を張る者には当たり前の行動であるが、一般人からすれば有能な人に見えるのだろう。

 無事依頼もこなせたので完了印を貰い足早に街に戻ろうとすると、男性から声をかけられる。


「ちょいと待ちなあんちゃん!俺にはわかるぜ、あんたは良い人だ。良い人だから燻っち待ってんだよ。謙遜なんかせずに胸張って生きな、その方が自由になれるぜ『騎士』様!」


 バレていた、騎士であることでは無い。心の奥底の燻りだ……。家では悪態をついていても、人は助けたいと思うし、それが貴族であり騎士であることなんだと考える。それでも『自分らしい人生を送りたい』『今の環境貴族への当てつけだ!』と邪な考えが出てくるのもまた事実だ。


「ありがとう。心に刻むよ」


 濁った返し方をしてこの場を去る。


 ◇


 城門を過ぎた頃には、夕日で空が染まっていた。大通りを行き来する人達はみな満足そうな顔をして帰路に着いている。クリス自身はさっきの言葉が頭の中に残っており、暗い表情で悩んでいた。


「あっ、お兄さんー!」


 しけた顔をしてるクリスに誰かが声をかけてくる。


「さっき助けてくれてありがとう!」


 盗賊から助けた少年だ。後ろには不安な顔つきで、少年の母親らしき人が立っていた。


「昼間は私の息子を助けて頂き有難うございます。ほんの少しのお礼で申し訳ないのですが……」


 そう言って母親が持っている手さげのバケットからパンを渡される。


「家族でパン屋を営んでおりますので宜しければ是非、お越しください。その時はサービスさせて頂きます。」


 渡されたパンに目線を落とし、つぶやくように話す。

  

「ただ助けただけですよ……」

「ただですか……その『ただ』が私にとって1番大切なものを救ってくれたのですよ。そう邪険になさらず胸を張ってはいかがですか?私は心から感謝していますからね!」


 そう言って仲良く少年と手を繋ぎ、背を向け、夕日の陽に溶けていく。

 少し考え込んだあと、日が暮れる前までには報告を終わらせたいと思い、小走りでギルドに向かう。建物に入ると朝の風景からは一変しており、人の往来が激しく受付に行くのにも一苦労だ。


「依頼完了しました」

「あら、早いですね。もう少し時間がかかるかと思いました」

「上手いこといったので……」

「凄いですね!最初はみんな、緊張とかで時間がかかったり失敗したりするので。貴方見どころありますよ」

「そうですか……」


 一通りの作業を終えて、ギルド直営の宿に向かう。この宿なら依頼報酬などで割引で泊まれる。駆け出しの者にはおあつらえ向きだ。

 部屋に入り、落ち着きを取り戻した所でクリスは強烈な睡魔に襲われる。

 しかし腹は正直だ。しっかりと動き、働いた体は栄養を欲していた。まぶたが重い中、クリスは袋の中にある貰ったパンを取り出し、少し見つめながらさっきの親子を思い出す。


 (父は俺に対しての愛情なんて持ってないのかもな……)


  目頭が熱くなりながらも、パンを食べ始める。


 (甘いな……)


 とにかく美味しかった。あんなもの非常食とは比べ物にならないほど、柔らかく、優しいほのかな甘みが体全体に染み渡る。

 あっという間に平らげたら再度、包み込むような眠気に襲われ、ベットに横たわる。

 そして悩み続けるのだった……浅い意識の中で……。

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