第2話 蛇足
街を目指し始めてはや2時間ほどが経った。体力に自信のあるクリスだが普段とは違う雰囲気や昨日から一睡も寝れてないこともあり、疲れが見え始める。
「こんなんなら、寝とけばよかった……」
タカをくくって飛び出してきたせいで充分な量の水を持ってこなかったクリス、喉の渇きが強烈に襲い、疲れがさらに増していく。
「……こんな状況になったのもあの
貴族の子であるが故、常に付き人が居るのは彼にとって当たり前のことだった。しかし今、この険しい山を登ってるのはクリス、ただ一人である。急な環境の変化に、無性に腹が立ってくる……。イライラが止まらず、順調だった足取りを止める。
周囲を確認する様にキョロキョロと見渡し、貴族の風上にもおけない風貌で、木に八つ当たりをする。
「クソ!不満があるなら正直に俺に言ってこいよな!いきなり追放しやがって……」
蹴り続けていると、木がきしむ音を立て、実を落とした。
「おぉ!どうやら神様だけは味方なようだな」
無我無心に木の実にかぶりつく……
◇
さらに1時間が経った。川岸で苦しそうな顔をしたクリスが寝転んでいる。どうやら先程の木の実が腐っていたようで、食あたりになったようだ。
苦しそうに寝返り、流れる川を見つめる……
(近くに水があるなら、あんな不味い木の実なんて食わねぇよ!)
一か八かで薄れゆく意識の中『
うなされながらも重いまぶたをうっすらと開ける。どうやらもう夕方の様だ。空が一面オレンジに染まっているのを確認して、上半身を起こす。
「悪運が強いのかなんなのか……」
どうやら治癒魔法が項を成して、体調は万全となった。とは言え一難去った所で状況が良くなったとは言い難い。野宿の準備が出来てないにも関わらず、既に夜を迎えようとしていた。
(山の中で火の一つもないのは危険すぎる……)
クリスは手馴れた手つきでとある魔法と焚き火の準備をする。魔法を唱え、周囲にマークをつけて五角形を作る。最後に詠唱をして完成させる。
「こんなもんかな」
完成すると同時に周囲の音が消え去り、静寂に包まれる。彼は『
……食欲が湧かないのだ。しかし近くの街まであと半分はある。食わないとこの先の道のりに耐えられないと考え、麻袋から非常食である硬いパンを出してかじりつく。
(不味い……)
非常食であるから何も味付けがなくただただ無味な硬いなにかである。無心となりながら長い咀嚼を続け、力強く飲み込む。ため息を吐き、焚火の揺らぐ炎をまじまじと見つめ、過去の思い出となった
◇◇◇
『元気な男の子です!』
クリスは長男として、トーランドの世継ぎとして生まれてきた。周りからもあのオーハムの第一子として過剰なまでの期待と願望の眼差しが向けられていた。小さい頃から勉学と武道をこれでもかと身につけられ、社交界に出れば約束された英雄などと讃えられていた……だが彼にとってはそれが苦痛でしかなかった。窮屈な生活に勝手な周りの期待、おまけに弟、妹ができてからは長男として我慢しなければ行けないことも沢山できた。忙しなく過ごす毎日に嫌気がさした頃彼は決めたのだ。周りの目など気にせず、自分の好きなように生きていこうと……
それ以降クリスは毎日の鍛錬を怠り、舞踏会の場では愛想の悪い人間へと様変わりした。見栄ばかりを大事にしていた母からはめっぽう嫌われ、父からの心象も悪くなるばかりだった。唯一幼馴染の貴族 『マリス・ナスキアス』は彼を心配していた。クリスの急な変貌に、呪いでもかかったのではと考え親身になっていたが、15歳を超えた頃には彼すら呆れていた。
クリスにとってオーハムの息子と言う肩書きは重すぎ、そして貴族と言う決まりきった生活に彼は嫌気がさしたのだった。騎士の訓練が始まった13歳の頃では戦闘の才覚は見せたものの周囲の者にそれ以上の期待させる事はなかった……
◇
「……ん?寝落ちしてしまったのか……」
空が薄い青色に戻り初めて来ている。焚き火は既に燃え尽きており白い灰が動くたびに宙に舞う。結界の効果も弱くなり、耳を澄ますと川と小鳥がさえずる音が聞こえる。寝落ちの姿勢が悪かったせいで全身が痛みながらも、『人生最悪の誕生日』を終えていたのであった。
「さてと。移動しますか」
昨日の失敗を踏まえ、沸騰させた水をにこれでもかと汲む。人生初めての1人野宿の場を名残り惜しみ、再度歩き始める。背丈の低い木が見え始め、雲の切れ間からふと後ろを見ると領主の街とその館が小さく見えてくる。彼にとっては産まれの地であるが今になってはまるで牢獄の様に思えてくる。
「バカみてぇだな……」
頂上に着いた。彼の気持ちは一転して、追放されたにも関わらず人生最大の自由を感じている。
「良いね、世界は広い!何だってできそうだ!」
その時、空に大きな影が見えた……。
「……
空を巨大な竜が飛んでいる……生きる神話と呼ばれている『竜宮国』だ。
一領地程の大きさを誇り、その背中には
「これは……俺への祝賀だな!」
巨竜を指さし意気揚々とする。『……痛かったな……』と少しだけ我に返る。
咄嗟にクリスは『
「まずは……あの街だ!」
そう呟いた次の瞬間、クリスは下り坂を転ぶ様に下っていく。あの巨竜に追いつかんばかりに、足を前へ前へと出し続けあっという間に背丈以上の森林が見え始める。そのままの速度を維持したままやぶの中に突っ込み、もみくちゃになる。
「ハハハハ!最高だな!」
少年の頃に戻ったよう、無邪気に笑う。
こんなこと付き人がいた頃は危険過ぎて、周りに止められるが今は誰にも縛られない。
昨日までの怒りとは打って変わって自由感、幸福感に溢れる。クリスはこの先楽しい冒険が待っいるんだと考えると、うずうずして今にでも叫びたい気持ちだ。
「へっ、あんな家に帰るなんてこっちから願い下げだぜ!」
口調がどんどん崩れていき、今になっては貴族の気品さを微塵も感じさせない素振りとなった。
森の中を抜け、川を超えた頃に開けた平原にでる。遠くには目指していた街と城門の前に並ぶ人たちが見えてくる。
(少し大回りするか……)
本来はこっちの森から人が出てくることなんてない。領主館の街にある街道を使い、山を避けて来るのが一般的だからだ。ただでさえ身分を証明出来るものが無い今の彼が、森から来たとなれば盗賊か変人にしか思われないだろう。時間はかかるが、クリスは街道側の門に向かう。
城門前は街人や商人、旅人やギルドの冒険家、鉱夫、など様々な人で溢れかえっている。
人をかき分けて、ようやく農耕の街『コップス』に入る……
コップスの街は酪農と農業が盛んだ。広大な草原を使い農耕、酪農を行い、街を発展させてきた。周囲が山々に囲まれていて立地や交通便が良くないが、山の中には鉱床もちらほら散見されるようになり、大変賑わっている。
そのせいか、ガラの悪い連中も集まり始め街に入る為の列を割り込んだり、窃盗などの犯罪も増えている。
「相変わらず街全体が臭いな……」
家畜の匂い、土の匂い、鉄の匂い……様々な
「ギルドに行くしかなよなぁ」
……『ギルド』腕っぷしに自信のある奴らが集まる仕事斡旋所みたいな所だ。個人や商会、国からの依頼などが集まり、主に害獣の討伐、護衛、戦争のかさ増し要員など多岐にわたる。
ギルドの変わった内容としては、ランキングがある。
ある程度任務をこなすと、ランク対象となり任務の達成ポイントごとに細かく順位付けがされる。ランキングは領地毎に分けられていて、国の総合ランキングに載るには領地内上位20位以内に入らなければならない……
大通り沿いに大きな建物が並んでおり、その中でも、一際目立つ見た目と無駄にでかい建物ががギルドだ。
早速中に入ると閑散としている受付と掲示板が目に入った。
(まだ午前中だからがらがらだな)
基本的にギルドに来るような奴らは、夜遅くまで飲んでることが多い。こんな朝早くからしっかり活動できる者などそもそもギルドの仕事など受けないだろう……
「すまない。ギルドの登録をしたいのだが……」
「登録ね、身分を証明できるものは?」
「無い。金ならある」
「なら、15銀貨だよ」
15銀貨……だいたい平民の2ヶ月分の給料……普通の人なら工面しないと到底払えない金額だ。しかしクリスの財布は、それを軽々しく払う。
「金貨しかないがいいか?」
「まぁ……いいですけど、お釣りの銀が
「構わないさ」
クリスは知らない。貴族の感覚が抜けてないからだ。
硬貨の量が多くなれば必然的に音をたてることとなる……そうなると追い剥ぎや盗賊に『奪ってくれ』と言ってる様なものだ。
「名前はどうする?」
「クリスで」
「はいよ」
鉄製のプレートに魔法で刻印されている。今日からは貴族のクリスではなく、旅人として彼の冒険が始まるのだ。
「おすすめの依頼はこれだよ」
3枚の依頼書が手元に渡される。
『家畜の大移動』
『農作業の手伝い』
『レザーマウスの狩り』
「他に……ないのか?狩りが得意なのだが……」
「自分が出来ると勘違いしていても、出しゃばらないことだね!。新米がでかい狩りをした所でマージンで殆どの物は取られるよ!」
まだ横の繋がりがない新米は顔が効かない。ギルドの職員や解体業者など色々な人から舐められ、奪われる。そうならない為にはコツコツ仕事をこなすか、圧倒的な力を誇示しなくてはならない。
「わかった。レザーマウスの狩りにする」
あまり乗り気では無いクリス。けれども人生初の依頼に少し緊張を漂わせるのであった……。
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