これより先は植物の時代、遥かな王よ道を開けよ

ノーメン

第1話 まるで夢みたいだ

 「暗い夢」と呼ばれる植物が存在する。この植物は暗い液体を秘め、取り出して火を加えるとまるで石油のように燃え、生成すれば何と血液の代わりにもなるというまさに夢のような植物であった。

 人々は挙ってこの植物を栽培し、生活の糧に、熱に、そして命に焚べた。さらに驚くことに、この植物から生成した血液もどきを輸血された人々は次々に奇跡的な回復を遂げた。不治と言われた病の罹患者も癒し、生まれつき内臓や腕の無い者にまでそれを与えた。ここまで来ればもうわけがわからない。人々は狂気的に、そして病的なまでに益々暗い夢を求めた。まさに夢のようだった。

 

 しかし、夢はいつか覚めるものだ。或いは悪魔に続いていたのかもしれない。

 暗い夢とあらゆる生物が根を張るようにぎっしりと絡み合った時、夢は悪夢に変わったのだ。暗い夢の輸血によって癒しを得た人々は突如として植物に変わった。多くの街は元人間だった植物に埋め尽くされ、程なくしていくつかの街跡に大きな木がまるで人間を嘲笑うように鎮座した。残った人々も辛うじて植物に夢に侵されなかった街で細々と生きていくしかなかった。

だが、それでも悪魔となっても尚、人々を癒やし続ける夢から人々は覚めるのを拒んだ。醜き人間の愛しき本能によって。またいつか、それが素晴らしい夢に戻ることを願って。


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「可哀想な奴だ、過去も内臓も無く、おまけにもうすぐ命すら無くなりそうだ。だがお前の望み通り、命を継ぎ足してやろう。何、少し不快だろうが今すぐ死んじまうよりは少しでも長く生きて悲惨な最後を迎える方がマシってモンだろうよ。じゃ、しばしお休み……」


そう言って寝台に横たわるものに不審な男は液体を黒い点滴した。


 目を覚ました。現実から悪夢へ。寝台に寝転ぶそいつはフラフラと起き上がった。過去の思い出も何も無く、ただここへ来れば生きながらえることができるという信仰にも似た思いで、這いずってきた先でそいつは望みのものを手に入れた。またここには用はない。次へ進もう。


 そいつはお世辞にも病院とは呼ばないような廃墟を歩いて探索した。自分以外には人の影など無く、ただ、過去にあった悲惨な実験か事故の跡を残すばかりだ。ふと、足元を見ると酷く錆びた鉄パイプを見つけた。辛うじてその品質を保証しているそれは、持つだけで幾ばくかの安心感を与えてくれる。

 そいつが錆びた鉄パイプを握りしめ、一息ついた顔をした時、廊下に衝突音が響いた。

 見れば、狼男の化け物のような肉か何かが爛れた顔のそれがこちらを見ていた。少なくとも腹を撫でて欲しそうではない。


 それはそいつに歪な爪を生やした手足で襲いかかる。そいつは先ほどの鉄パイプで応戦する。辛うじて攻撃を躱わすもとても長くは持たない。だが、そいつは冷静だった。そうでなければまた現実に戻されるだけだったからだ。獣の攻撃をスレスレで躱し、そいつは鉄パイプを思い切り、獣の背後から突き刺し、引き抜いた。獣の耳障りな呼吸音が響き渡る。


 ありきたりな英雄譚ならここで獣が死に、街に平和が戻るだろうが、ここは現実よりも現実的な夢、しかも悪魔ときている。獣はしぶとく、そいつはただの罹患者に過ぎない。そいつは逃げた。とても勝てる相手では無く、勝てたとしても五体満足ではいられないだろう。

 

 そいつは導かれるように廃墟をかけた。獣は追うも、まるで諮られたように瓦礫や地形に阻まれた。それでも獣はそいつを追い詰めた。


 「危ないぞ貴公!屈め!」


 そう声と同時に肉の塊が、獣を殴り飛ばした。


 「貴公無事か?よくぞ耐えた。後はこの私、バック・ドロップとその愛しい恋人ドローシーに任せよ!」


 ドロップは鋼のような体で獣を殴りつけ、ドローシーと呼ばれた人形?はドロップと目を凝らしてやっと見える糸で繋がれている。ドローシーが両手を掲げるとそこに火の玉ができ、獣に向けて投げつけられた。獣は油まみれのようによく燃え、灰となった。


 ドロップはそいつに手を差し伸べ、助け起こした。


「無事でよかった。貴公、名前は?」


 そいつは困った顔で見つめ返した。


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