11
◇ ◇ ◇
目が覚めると俺はベッドの上にいた。
どこかで見たような天井に視線を動かせば脇の椅子には久良さんが座っていた。
「雉間さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
ベッドから身体を起こして辺りを見渡し、俺は二番目に訊きたいことを言った。
「ここは?」
「病院です。昨日、雉間さんはここに運ばれてきたんです」
昨日……。
壁掛けの時計に目を見やると、短針は三と四のちょうど間くらい。カーテンから覗く日差しからして今は昼時。確か今日は平日……。
平日の昼間にどうして久良さんが病院にいるのかも知りたいが、俺は一番目に訊きたかったことを口にした。
「姫乃さんは?」
「……」
久良さんは目を伏せた。
「そうか……」
それだけですべてを悟った。
姫乃さんはもういないのだと……。
そう思った途端、今更になって喉の奥から何かが込み上がって来た。
――雉間がいてくれて本当に良かったの!
どうしてあの時、俺は何も言えなかったのか。
――雉間には私のせいでいっぱい迷惑をかけてきたから……。
なんで俺は何も言わなかったのか。
――だからね、今までありがとう。
せめて「さよなら」くらい言ってもよかったのに……。
「……」
言えなかったことでの後悔。そのことを俺は今一度呑み込んだ。
そして意を決し、心にしていたことを口にした。
「あのさ、久良さん。実は俺、さっき夢の中で姫乃さんと話したんです。で、そこで言ったんです。“姫乃さんの遺志を継ぐ”って。だから俺は姫乃さんがいなくなっても今ある探偵局を続けたいと思ってる。姫乃さんみたいな推理はできないけど、探偵局は姫乃さんの夢だったから……。だから久良さんにも変わらず探偵局にいてほしいんだ」
「…………」
探偵の姫乃さんがいなくなった今、助手を希望する久良さんが探偵局に留まる理由は何もない。
ましてや俺に、それを止める権利も一切ない。
それはわかっている。
わかっているけど……言わずにはいられなかった。
姫乃さんが死して尚やりたかったものが、この探偵局だと知っているから。
久良さんは俯いた状態でいたが、やがて静かに口を動かした。
「ごめんなさい」
え。
「もう……。続けられませんよ……」
そうか。やっぱり姫乃さんがいないと……。
「も、もう限界です……できませんって…………ふふふ」
その時、気付いた。
俯いて言っている久良さん、もしかして笑ってる?
「ふふっ、もう耐えられないですよ…………姫ちゃん」
その途端、ベッドは揺れ下からは、
『ばあっ!』
「うひゃあっ!」
予想外の出来事に思わず
ベッドの下から姫乃さんが出てきたのだ。
「えっ! なんで! どうして姫乃さんがいるんですかっ!?」
「ごめんなさい雉間さん」
え、ごめんなさいって……。
声が裏返る。
「しってたあ?」
「はい!」
あー、これはやられた。そういえばいつぞやもこんなのに引っ掛かった憶えが。
『ふふうん。まったく雉間ったら、なんで私がいるのかって私は雉間の憑依霊なんだからいて当然でしょ?』
「で、でも姫乃さんはさっき成仏したんじゃ……」
『はあ。あのね雉間、あんなんで成仏できたら、この世にお坊さんはいらないの。それにまだ探偵局だって無名だし雉間には任せられないよ。そんなんじゃ私、死んでも死にきれないんだから』
「で、ですけど姫乃さんは『今までありがとう』って」
俺の言葉に姫乃さんは笑った。
そして、
『あれはね、雉間に“これからもよろしく”ってことなの』
「……」
俺は観念するしかなかった。
正直に言って俺は嬉しかった。
姫乃さんがまだ俺に憑いていてくれることが嬉しくて、ついには笑ってしまった。
「まったく何やってんですか姫乃さん。成仏しなきゃダメじゃないですか」
『もおー、それは探偵局を有名にしないとできないんだってばー』
俺と姫乃さんが室内に笑い声を飛ばしていると、軽いノックがされドアが開いた。見ればそこには紗がいた。
紗はベッドの俺を見るなり早々に頭を下げた。
「ごめんなさいっ! あの、あたし……」
『いいんだよ紗、謝らなくて。雉間はこれしきのことでは死なないから大丈夫なの』
む。なぜ姫乃さんがそれを言うんだ。
だが、いくらなんでも六階の屋上から落ちて無傷というのは……。
俺は横目で姫乃さんを見た。いや、考え過ぎだ。
紗の言葉に俺が「気にしてない」という意味で手を振ると、久良さんは待っていたかのように切り出した。
「実はわたしたち亡くなった姫乃ちゃんによくお世話になっていたんです。探偵局も姫乃ちゃんが立ち上げるつもりだったのですが、『姫乃ちゃんを忘れたくない』という雉間さんの想いで探偵局を作ったんです」
「そうだったんですか……」
「はい。それと実はわたし、亡くなる前の姫乃ちゃんからお手紙を預かっていたんです」
そう言って久良さんは紗に一通の封筒を手渡した。
あれは何かと見る俺に姫乃さんが『さっき雉間が寝ている間に書いたの』と耳打ちしてきた。
紗はその封筒を手に取ると、宛名を見て小さく驚いた。
「これ、お姉ちゃんの字!」
「そうですよ、紗ちゃん。ほら中も開けて読んでください」
そう久良さんに促された紗が封筒を開けると、中からは
紗がその便箋を広げ読み進めると、やがてそこには一つの表情が生まれた。
「ごめんなさいおねえちゃんっ……。あたし、お姉ちゃんの分も、生きるからっ……」
俺の視界の片隅では誰かが微笑んだ気がした。
そして、俺は理解する。
終わったのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます