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 そういえばいつもであればここで姫乃さんが毎度お馴染みの決め台詞らしきものを言うのだが、どうやらそれがないあたり、今回の件は本当に推理に値しないらしい。……それか、もう飽きたか。


『ほら、あかりの友達の発言。あれがローストビーフに対して言ったんじゃないとしたらすぐにわかるの』


「えっと……、友達の言った『美味しくない』と『パサパサしてる』がですか?」


 慎重に答えるようにした久良さんに姫乃さんが再び頷く。


『そうそう。ね? 考えてみて? パサパサしてるがローストビーフじゃないとしたら。ローストビーフ丼にはローストビーフ以外に何が入っていたの?』


「ローストビーフ以外でしたら卵の黄身と白身、それから白ごまと特製のタレでしょうか?」




『うん。それと、ね』




「あ」


 久良さんが声を漏らした。


『うん。あかりの友達が言った、「美味しくない」と「パサパサしている」はローストビーフの下のお米。ご飯についてだったの』


 なるほど、その手があったと膝を叩きかけて俺は異議を唱えた。


「いや、ご飯が美味しくないなら、それには久良さんも気付くはずです。友達から一口もらったって話でしたよね?」


『ううん、違うの。あかりはご飯を食べてない。もらったのはご飯の上のだから』


「いや、そんなはず……」

「はい。姫ちゃんの言う通りです」


 え?


 俺の反応を前に、姫乃さんが言う。


『だってあかり仕草でやってたの。


 チーズケーキの最後の一欠けを口に放る。

『それに友達から一口もらう前に、オムライスを注文したあかりが手にしていたのはスプーン。それも使。了承を得たと言っても、ソースが付いたスプーンで一口もらうのは気が引ける。

 そんな考えからあかりはスプーンではなく、卓上に置かれた使ってない箸で一口もらったの。ご飯の上のローストビーフだけをね。だから下のお米がパサパサしているなんて気付かなかった』


「ええ。確かにあの時のわたしが食べたのはご飯の上のローストビーフだけ。だから下のお米が美味しくなくてもわからなかった……あれ? いえ、一旦待ってもらえますか」


 一瞬こそ得心したかのように見えた久良さんだったが、その後で思い出したように待ったをかけた。


「わたしが断りを入れて食べたのはローストビーフだけ。これはその通りです。

 ですがローストビーフ丼のご飯もオムライスのご飯も、どちらも同じ炊飯器から取り分けられたものでした。それは新人さんが二つのお皿に分けるところ確実に見ていました。

 だからローストビーフ丼のご飯がパサパサなら、わたしが食べたオムライスもパサパサなはず。でもオムライスはパサパサなんてしませんでしたよ。

 それに、そんなパサパサなご飯、お店にあること自体ちょっと考えにくくないですか? 炊き上がりから時間が経って水分が飛んだお米なら、お店はすぐに捨ててしまうと思いますが」


 俺も久良さんの見解に一票だ。けど、


『ふふふ。違うの、あかり』


 向かいでは姫乃さんが意味深に笑っている。


『だってね、あかりが食べたのはだったんでしょ?』


 どこか試すようにして言った姫乃さんに、久良さんが不思議そうに頷いた。


「え、ええ。そうですけど」


『ね? 美味しかったんでしょ? オムライスは。それはそう、お家で作るのとは違って、べちゃっとしてなくて……』


 なんの意味があってか情報を小出しにして言う姫乃さんに、


「ああっ!」


 ついと言った感じで、久良さんが短く叫んだ。

 幸いにもその叫びは店内で出すには小さな部類で、俺らの席を気に掛ける人は誰もいない。


「そうですよ姫ちゃん! わたしが食べたのはオムライス! オムライスだったんです!」


 はて?

 まるで世紀の大発見とばかりに豪語されたが、それは俺でも知っている。


 しかし久良さんに限りこの場でボケたとも考えにくい。


 つまりは、


「だから何だと言うのでしょう?」

 俺の理解が追い付いていないのだ。


 俺の問いに、

「まだわからないのですか、雉間さん?」

 久良さんは興奮冷めやらぬ感じで俺を見た。


「わたしが食べたのはオムライス。オムライスのご飯はケチャップライス。炒めたんです。トマトケチャップとバターで」


 あ。

 思わず息を呑む。


 そんな俺の表情を盗み見てか、

「わたしが食べたオムライスのご飯も、元は友達のローストビーフ丼のご飯と同じ、パサパサなものだったんです。

 それがオムライスの場合は作る工程でトマトケチャップやバターと混ざり、その結果としてパサパサ感はなくなった」


『うんうん』

 頷き、先を取る。


『あかりの話ではんだよね? だからそのうちの一台には予め““が入っていたの。言うなればオムライスとか、一手間加える専用のパサパサのご飯がね。

 その炊飯器と、普通の水量で炊いたご飯が入った炊飯器。使の。

 要するに新人と店長さんが作ったローストビーフ丼ではご飯が違ったってこと』


 最後にそうまとめを入れて、姫乃さんは紙ナプキンで口元を拭いた。


 オムライスとローストビーフ丼で使うご飯は言わば別物。ローストビーフ丼がシンプルなお米なのに対して、オムライスの方は後の工程を考えて水分量を少なくして炊いたもの。同じご飯を盛るという工程でも、今の話では使う炊飯器次第で全然違うものが出来上がる。


 ピークタイムを抜けて気が緩んでしまったのだろうか。新人はうっかりローストビーフ丼のどんぶりにオムライス用のご飯を盛ってしまった……。


 俺はコーヒーを飲み干した。カップが受け皿に当たりカチンと鳴る。


 久良さんは、

「なるほど。そうだったんですね……」

 姫乃さんの推理を噛み締めているようだった。


 そうしてコーヒーを置いた俺を見てか、久しぶりにウインナーコーヒーに口を付けた。

 反芻はんすうするような間を空けて、


「ふふふ、おっちょこちょいですね」

 と、一人は愛でるような笑みを浮かべた。


 それに対しての姫乃さんの返答は、

『あ。決め台詞言ってない』

 だった。

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