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先ほどもお話ししましたが、学校の友達と二人でたまごのレストランに行きました。
たまごのレストランは昨年オープンしたばかりのカフェレストラン。コンセプトは「美味しい卵料理が食べられる可愛いお店」です。
もともと店長さんはデザイナーとして活躍していたらしく、店の壁紙には店長さん自らがデザインしたヒヨコや卵を模したキャラクターが描かれていて、それを見たさに来店する人も少なくないと聞いています。
料理に使う食材へのこだわりも強く、「卵はその日の朝に採れたもの」「お米は複数の産地を合わせたブレンド米」など、味の方にもかなり力を入れていると有名でした。
そんなたまごのレストランの二大看板メニューが「オムライス」と「ローストビーフ丼」です。
オムライスは、トマトケチャップとバターで炒めたご飯、それをふわふわとろとろの半熟卵で包んでデミグラスソースをかけた絶品。
一方のローストビーフ丼は、どんぶりにその日の朝に焼き上げたローストビーフを乗せ、その上に卵を落とし、ほのかに甘みのある柑橘系のソースで味付けした、一日二十食限定のお店唯一の丼ものです。
わたしたちが行ったその日は日曜日。
お昼を外して訪れたのが功を奏したか、午後二時頃、お店には待つことなく入れました。
ウエイターさんに案内されて店内に入ると四人掛けのテーブルが十席ほどあり、わたしと友達はその一つに座りました。
席に着いてそこで初めて知るのですが、どうやらたまごのレストランのキッチンは一面が客席から見える透明なガラスで覆われていて、わたしたちの席がその特等席だったんです。視線を向けるだけでキッチンの様子が見える、当たりの席でした。
コンロの上に乗った、底の深い鍋にはデミグラスソースが入っているのが見えましたし、キッチンの中央には業務用の大きな炊飯器が二台並べられているのも見えました。
わたしと友達が席に座ると、ほどなくして店員さんがお水とメニュー表、箸やスプーンなどの食器一式を持ってきました。店員さんの説明によれば、まだローストビーフ丼はあるとのことで、わたしはオムライスを、友達はローストビーフ丼を注文しました。両方あれば二人でシェアしようと、そう決めていたので。
注文を終えると店員さんはキッチンにオーダーを伝えに行きました。その時キッチンにいたのが先ほど見た新人さんと、後で知るのですが店長さんでした。店長さんは三十代前半くらいの女性の方です。
オーダーを聞いた店長さんは新人さんに何かを言いました。すると新人さんは棚からお皿を二枚取り出します。一枚が平たいお皿で、もう一枚がどんぶり。棚から二枚の違うお皿を出した新人さんはキッチン中央にある炊飯器を開け、それぞれのお皿にご飯を盛りました。
ご飯を盛り終えると、新人さんは平たい方のお皿を店長さんに渡します。お皿を受け取った店長さんは、お皿のご飯をフライパンに移し、用意していたバターとトマトケチャップ、その他の具材で炒め出しました。その時になってですが、平たいお皿で提供されるのがオムライスで、どんぶりで提供されるのがローストビーフ丼だとわかりました。
オムライスを店長さんに任せた新人さんは冷蔵庫を開け、中から保存容器をいくつか取り出します。見るとその中の一つには予め切り分けられたローストビーフが入っていて、どうやらローストビーフ丼作りを担当するのは新人さんの仕事みたいです。
新人さんはどんぶりに盛られたご飯に見えなくなるくらいローストビーフを乗せると、卵を割り、割った卵の殻を器用に使い、黄身だけをローストビーフの上に落としました。そしてミキサーで卵白を泡立て、お椀に「の」の字に回し入れ、最後に白ごまと特製のタレを振りかけたのです。
一方で店長さんはご飯を炒めながら、別のフライパンでオムライスの衣を作っていました。手際よく卵を小判型に焼き上げると、それを平たい皿に盛りつけたケチャップライスの上に乗せ、卵にナイフを入れました。
ナイフを入れると卵は横一文字に開き、半熟卵の膜がご飯を覆います。そこに仕上げのデミグラスソースをかければ出来上がり。
わたしも友達もその二種類の料理が完成するのを見ていました。
料理はウエイターさんがトレーに乗せ、わたしたちの席に持ってきます。そしてわたしの前にはオムライスが、友達の前にはローストビーフ丼が置かれました。目の前に出されたオムライスとローストビーフ丼は噂以上に華やかで、月並みですが芸術品のようでした。綺麗な黄色をしたふわふわとろとろな半熟卵のオムライス。お肉が扇状に盛られた、上から見ればシンメトリーなローストビーフ丼。
わたしと友達はそれぞれスプーンで食べました。たまごのレストランのオムライスは今まで食べたことがないくらいの美味しさで、あまりの美味しさにわたしは思わず友達の方を見たのです。見ると友達もひと口目を食べ終えたところ。
そして、こう言ったのです。
「美味しくない」と。
わたしにはその言葉がにわかには信じられませんでした。
もちろん、誰にでも好き嫌いがあるのはわかります。ですが目の前の美味しいオムライスと肩を並べて人気のローストビーフ丼が「美味しくない」なんて信じられませんでした。だからわたしは聞き間違えたのかと思い友達に訊き返したんです。
すると友達は困ったように「パサパサしているから」と。
確かにローストビーフは必要以上に焼き過ぎると肉汁が外に出てしまい、「しっとり」とは言えないほどにパサついてしまうことはあります。けれどそれはあくまで初心者に限っての失敗。お店で出される料理にそんなミスがあるのか。気になったわたしは断りを入れて、友達のローストビーフをいただきました。
……ちょうど、そのくらいからでしょうか。気付くと友達はじっとキッチンの方を見ていました。
その時になって初めて知るのですが、何やらキッチンではローストビーフ丼を作った新人さんが慌てた素振りで店長さんに謝罪をしていたのです。
そんな様子を視界に入れながら口にしたローストビーフは、ほどよくしっとりしていてとても美味しいものでした。きっと先ほどの発言はわたしの聞き間違い、あるいは友達の言い間違いだったのかと納得しかけたそこに、店長さんがやって来たのです。
店長さんは自分がたまごのレストランの店長であることを名乗ると、友達にこう言いました。
「申し訳ございません。こちらのローストビーフ丼は下げさせていただきます。すぐに新しいのを持ってきます」って。
わたしにはなんのことだかわからなかったのですが、友達はまるでそうなることがわかっていたみたいに笑って了承しました。
了承をもらった店長さんは友達のローストビーフ丼を持ってキッチンへ。キッチンに入ると店長さんは手際よくローストビーフ丼を作り上げ、新しいものを持ってきました。
「申し訳ございませんでした。先ほどのは最近入った新人が作ったものでしてご迷惑をお掛けしました」と言って。
そこでその新人さんが高校一年生であることなどを聞いたのですが、私は出されたローストビーフ丼に密かに驚いていました。
だって作り直されたローストビーフ丼は新人さんが作ったものと何も変わりなかったから。それもそのはずです。何せ店長さんがローストビーフ丼を作る様子を見ていたのですが、同じだったんです。新人さんの時と、工程が。
それに、その後で友達からいただいたローストビーフも最初に食べたものと何も変わりなく。なのに友達は新しく出てきたのを一口食べて、まるで初めて食べたかのように「美味しい」と。
いったい新人さんが作ったローストビーフ丼と、店長さんが作ったローストビーフ丼では何が違ったのでしょうか?
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