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 ◇ ◇ ◇




「それで、あれから京ちゃんはどうなったのでしょうか?」


 休み明けの探偵局。

 窓辺の席に座る久良さんが思い出したかのように訊いていた。


 同じく窓辺の席に着く姫乃さんが答える。


『さあ、わからないの。確かに雉間は京と同じクラスだけど、だってほら、今日って空の誕生日の二日後で、京の伯父さんが見つかった日でしょ? だから京はお墓参りで学校に来てないの』


「そうですか……」


『んー……』


 沈黙する二人。

 俺はその光景を何をするでもなく遠くの席から眺めていた。


 両者の間の机にはティーカップが二つ。夏服姿で涼しげな久良さんと、ブレザーを羽織っているのに涼しげな姫乃さん。季節感に統一性のない辺りがなんともコミカルだ。


 と、俺がそんなどうでもいいことを思っていると、


『ほんと、ごめんねあかり。雉間が京の連絡先でも知っていれば、あかりに近況報告もできたんだけど……。は~ああ』


 なんだよ、そのこれ見よがしな溜め息は。


「いえいえ、姫ちゃんが謝ることじゃないですよ。だって……」


 ちらりと目が向けられた。

「雉間さんですもの。はあ……」


 久良さんまでなんだ、その溜め息は。


 ――と、その時、探偵局のドアを開き、




「こんにちは。雉間くん、あかりちゃん」




『あ、京!』

「京ちゃん!」


 なんと。そこには京がいた。


 京は薄黄色のワンピースに麦わら帽子という、品のいいお嬢様ファッションで現れた。色焼けのない白い腕がワンピースの袖口から見て取れる。まだ梅雨も来ていないのにその夏っぽさときたら……ああ、眩しい。キャッチコピーは【わたしの夏。先取りの夏】で決まりだ。


 突然の私服での登場に久良さんは驚いていた。

「京ちゃん、一体どうしたんですか?」


 すると京はにこにこと、

「はい。私の家って学校のすぐ近くで、それで今日はどうしても二人に会ってお礼が言いたかったんです」


 お礼、とな?


「雉間くん。私、雉間くんの推理を聞いた後、家に帰って母に話したんです。雉間くんの推理と、父に会いたいってことを。そしたらやっぱりすべて雉間くんの言う通りで……。私、父に会いに行ったんです。それであの、実はもう家族四人で住んでいるんです。それに親戚付き合いもまた戻りました。だから」


 そこまで言うと、京はワンピースのポケットの中から何かを取り出した。


「これはお礼です!」


「わあーっ! スマイル君のストラップですね! どうしたんですか?」


『ホントだ! スマイル君だよ、雉間。スマイル君!』


 それは親指サイズ程のスマイル君のストラップだった。数えると三つ、いや、色が違うな。三種類か。そして頭部にはストラップの金具が付いている。


 スマイル君のストラップを爛々とした目で見入る二人に、京は嬉しそうに、


「父の以前までの勤務態度もあり、またスマイル君の会社で働けるようになったんです。だから、これはお礼です!」

 微笑み見られた。


『いいよねー、雉間ばっかり』

 羨ましそうに見られた。


 うう、大丈夫だからそんな目で見ないでください。


「ふふっ、そうですか京ちゃん。お父さんが戻って来てわたしもよかったです。では、わたしはこれをいただきますね」


 颯爽と、京の手からスマイル君を一つ頂戴する久良さん。


『あーっ! 雉間が早く取らないからあかりに赤色のスマイル君取られちゃったよぉっ! あと二つだよ、あと二つ! でも大丈夫なの、私が欲しいのは残っているから……』


 ああもう、うるさいな。


「それじゃあ、俺もありがたくいただくよ」


 俺は姫乃さんの視線を追って……京の手から黒いのをつまみ上げた。これで文句なかろう。


『あー……。しいまー……』


 え、うそ? 二分の一で違うの?

 えっとー、だからそんな目で見ないでください!


 だが不思議なことに京は俺が取った後もその手を戻さず、

「もう一つどうぞ」

 と。


『えっ! いいの!? それじゃあ』

「ありがとうございます」


 久良さんは姫乃さんが触れるより先に、ひょいとラスト一つ白のスマイル君を取った。


『わーい! やったー! スマイルくーん!』


 久良さんの手から白のスマイル君を密かに受け取り、たちまち機嫌を戻す姫乃さん。


 一時はどうなるものかと思ったが……でも、どうして三つ?


 俺の訝しそうにする表情を読んでか京は笑って言った。




「それは、ここのに渡してください」




『え……』

「え……」




 一瞬、時間が流れる。


「あ、いえ、すみません。ここの探偵局、前も雉間くんとあかりちゃんだけだったのに今日も机にカップが三つ出ていましたから、もしかしたら他にも誰かいるのかなって……。でも違うみたいですね」


 意外にも目端が利く京に俺は笑って誤魔化すしかなかった。


 京は俺の苦笑いに愛想笑いをくれると今一度頭を下げた。


「雉間くん、あかりちゃん。今回は本当にありがとうございました!」


「もういいんですよー、京ちゃんー。わたしはスマイル君がもらえただけでもういいんですからー」


『うんー。そうなのー』


 ほとんどうわ言のようにうっとりしながら手の中のスマイル君を見つめて言う二人。

 最早二人をここまでさせるスマイル君って、一体……。


「ふふ、そうですか。それじゃあ私は帰りますね。いくらつばの大きい帽子で顔を隠しているとはいえ、私服で学校にいるのが見つかっては怒られちゃいます。それに、今日は父の好物のカレーを作ると約束しているんです。だから早く帰らないといけません。だって……」


 ん? 

 俺を見る。


「家族ですもんね!」


 京は明るく笑った。


「あ、それと雉間くんたちには本当に感謝していますから、私にできることがあればいつでも言ってくださいね」


『ええっ! 嘘! ホントにいいのっ!』


 突然、それまでうっとりとしていた姫乃さんが反応を示した。


『じゃあねえ京、早速一つ頼みがあるんだけど……』


 まずい。

 これは完全にスマイル君をせびる気では……。




『雉間に京の連絡先を教えてほしいの!』




 え?




「それなら京ちゃん、雉間さんに連絡先を教えてくれないでしょうか?」


「な。ちょっと久良さんまで何を」


「はい、もちろん! 連絡先ですね!」


 京は渋ることなく自身のスマホを操作し始めた。


『ふふうん』


 む。俺の隣では憑依霊が一仕事終えたような顔をしているぞ。


 まったく、なぜに俺にこんなことをさせるのか。だが、ここで変に肩の力を入れるのもおかしな話。俺はスマホを取り出し待ち受けを開く。


『わー、雉間ったら照れてるのー』

「ふふふ」


 姫乃さんの言葉に笑いを噛み殺す久良さん。


 別に俺は照れてなどいない。慣れないスマホの操作に覚束おぼつかないだけ……うわあっ! スマホのホーム画面がスマイル君に変わっているぞ、誰の仕業だ!


『しいまぁ―、登録の仕方わかるー?』


 ああ、もう。一々茶々を入れないでくれ。だいたいわかるから……。



 

 その日、俺のスマホに初めてクラスメートの名前が登録された。

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