【問2~5 解】そんなまさかだよ

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【問2~5 解】そんなまさかだよ


 心霊島の中心にただ一つそびえ立つ洋館、浮蓮館ふれんかん

 今から五十年も前に建てられたとされる浮蓮館の二階、研司の仕事部屋では研司と客人である雉間がテーブルを挟んで座っていた。


 部屋の窓からは柔らかな日の光が差し込む。部屋が広いせいか部屋全体を見渡すには日差しだけでは少々薄暗い。が、それなのに電気を付けないのは節電を意識してなのか……。もっとも屋敷の電気をすべて自家発電で賄っている浮蓮館において『節電』という言葉ほど似つかわしくないものはないのだが。


 現に机に置かれた研司のパソコンのデスクトップの電源は使用されていないにも関わらず付いているらしく、先ほどからチカチカとモニターが瞬いているのを雉間は自分の席からは見えぬも壁に映る光から気付いていた。


「どうぞ、紅茶でございます」


 執事の美和が研司と雉間の前に紅茶の入ったティーカップを置くと、美和は当然のように研司の後ろに立った。

 紅茶を啜り、落ち着いた口調で研司が言う。


「それにしても雉間様どうなされたのですか? 私に話があるなんて」


 雉間は目の前の紅茶を一口だけ飲み、やがて紅茶の味に満足したかのように笑みを浮かべた。


「あー、呉須都さんについて話したくてね」


「呉須都? 呉須都様ならゴムボートで帰られたと聞きましたが」


 研司のその言葉に雉間は笑った。


 そして呆れるように、

「そんなまさかだよ」

 言った。


「仮にあのボストンバッグにゴムボートが入っていたとしても、あの大きさのバッグに入るゴムボートに二〇〇キロの金なんて積めないよ。例え積めたとしてもすぐに転覆するだろうしね。それに五十年前に付けられたピッキング不可能な鍵が今の時代のピッキングの技術で開く保証だってどこにもないんだ。

 第一さ、一昨日の一〇一号室の密室。千花さんはあの部屋の隣である食堂の前を掃除していたんだ。どれだけ呉須都さんのピッキングが早かったとしても、千花さんがまったく見ていないなんておかしいでしょ?」


「ははは。そうは言っても雉間様、一〇一号室に入った者など誰も見なかったと千花さん自身が言っていたではないですか」


「あー、違うよ研司さん。千花さんが見ていないのはだよ」


 そのとき、研司の眉がピクリと動いた。

 無論、雉間はそれを見逃さなかった。


「だからね、千花さんは見ていたんだ。研司さんはね」


「……」


 一瞬間が空き、研司が言う。


「その話、詳しく聞かせてくれませんか」


「うん、いいよ」


 雉間が笑う。


「千花さんから聞いたよ。研司さんって、朝食は美和さんに運ばせて、いつも自室で食べているって。それで午前中は仕事部屋に缶詰なんだよね」


「ええ」


「あー、それは言い代えるとさ。んだ。だから一昨日の朝、例え研司さんが屋敷内に居なかったとしても千花さんは気付かない。そう、んだ。ね」


「……」


「研司さんみたいなふくよかな体型なら、底の厚い靴を履いて身長を伸ばせば体格がちょうどよく大男になるね。そうしてクルーザーの中では最低限の立ち回りだけをして、クルーザーが心霊島に着くと一人先に浮蓮館へと帰った。もちろん、浮蓮館に入る時にはボストンバッグに入れていたいつもの研司さんの服装に着替えてさ。で、その後は手紙と呉須都さんの装いをボストンバッグに入れて、一〇一号室の中に置き、部屋はいつも持ち歩いてる鍵束の鍵で掛けた。あとはぼくたちが来るまで自室にいればいいよね」


 正面の研司に向かって淡々と推理を述べる雉間。

 するとそれまで黙っていた美和が異論を唱え出した。待っていた言葉があったかのように。


「ですが雉間様、呉須都様が一人先にわたくしたちよりもクルーザーを出たのは偶然でございます。あのとき、わたくしの手品を見ていた久良様が偶然続きを要求しただけで、もし久良様が何も言わなかったら皆様も呉須都様と一緒にクルーザーから降りていたはずです」


「あー、ぼくたちがクルーザーに残ったのは偶然じゃないよ。必然だよ」


 雉間はしれっと言いのける。


「美和さんの手品の腕前は目を見張るものだったよ。聞けばニューヨークで修業をしたとのことで、通りですごいわけだね。で、確かにあのときは偶然久良くんが手品の続きを要求したけど、もしあそこで久良くんが何も言わなかったら他の誰かが……いや、もしかしたらぼくが手品の続きを要求したかもしれないんだ。つまり、あれほどの素晴らしい手品を連続で見せられて途中で止められたら誰しもが同じことを言うんだ。『先を続けて』ってね。要は初めから偶然の中に必然が隠れていたんだよ。マジシャンが観客に決められたカードを引かせる手法、マジシャンズセレクトみたいにね」


「ふふ、そうですか」


 美和は否定せずに笑った。

 一方で研司は当然とばかりに唸る。


「美和さんの手品は私でも見入るほどですからね」


「うん、ぼくも釘付けだったよ」


 ティーカップを軽く回す。


「で、『絵』と『象の黄金像』を盗んだ犯人は美和さんだね」


 その途端、冗談でしょうと今度は研司が笑った。


「ははは、何を言うのですか雉間様。『絵』と『象の黄金像』が盗まれたのに気付いたのは一昨日の夕食時。それまで美和さんは昼食から一人で夕食の準備をしていたのですよ。それも、あれほどまでのたくさんの美味しい料理を作って。そんな美和さんに盗みを働く時間なんてありませんよ」


 笑いを含んで言った研司の言葉に、雉間はいさぎよいとも取れる風に頷いた。


「うん、確かに美和さんの料理は美味しかったね。だけど、


「……」


「ああいうのをビュッフェって言うんだって結衣ちゃんから聞いたよ。だけど一昨日のビュッフェで並んでいた料理はどれも冷たいものばかり。サンドウィッチとか、冷製パスタとか、お寿司とか、まるで初めから冷めてもいいものを集めたかのようにね。つまりあのときの料理は全部前もって作ってあったんだ。それなら料理はテーブルに並べるだけで済むし、盗むだけの時間もたっぷりあるよ」


 そう言って雉間は悪戯に、手にしていたカップをテーブルに置いた。カップが下の受け皿に当たりチンと鳴る。


 充分な間を持たせ、

「呉須都さんの正体、それは研司さんと美和さんだったんだ」


「…………」


 事もなげに言った雉間に対して、研司と美和は何も答えなかった。

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