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そして笑いを含んだ声で言う。
「確かに結衣ちゃんの言う通り、浮蓮館の鍵は五十年前に取り付けられたピッキングできない鍵ってのはぼくも知ってるよ。だけどさ、それは五十年経った今の技術でも開けることはできないのかな?」
「!?」
わたしは思わず息を呑んだ。
『五十年前にピッキングができなかった扉の鍵は今でもピッキングできないのか?』
その答えは明白。今はインターネットが登場して車が電気で走る時代。ピッキングの技術だって当然進歩しているはず……。
「それが答えだよ。つまり五十年前に取り付けられた最新鋭のピッキングできない鍵は、五十年前こそピッキングできなかったけど今の時代のピッキングの技術なら開けられるんだ。
まあ、食堂にいた千花さんが呉須都さんに気付かなかったのは偶然だろうけど、それだけ真面目に掃除をしていたんだね」
雉間の言葉に研司さんは「確かに千花さんは働き者、気付かなくても無理はない……」と頷いた。
「あれ? でも」
それまで黙っていたカリンさんが言う。
「昨日の夕食後、あたしたちが屋敷の中を調べたときは呉須都さんなんてどこにもいなかったけど、それはどうして?」
「あー、そのときは外にいたんだよ。だっていくら隠れる部屋があってもずっと屋敷の中にいたんじゃ見つかっちゃう。だから深夜とか台風が強いとき以外は外にいたんだ。屋敷の中にはいつでもピッキングで入れるしね」
言い聞かせるように言った雉間に、カリンさんは「そっか」と小さく頷いた。
その頷きを見て、明るく先を言う。
「それじゃあ次に、どうやって二つの家宝を盗んだかを話すよ」
得意気とも取れる感じで人差し指を立てる。
「まずそうだね、一〇一号室の『絵』。確かにあの『絵』は大きくて部屋から出すのが難しいけど、扉を通れないのは『絵』じゃなくて絵の額のせいなんだ。額が大きすぎるから扉を通れないだけで、金槌か何かで額を壊して中の『絵』を取り出しさえすれば、『絵』自体は折り畳めるし簡単に持ち出せるんだ。そうして壊した額の破片は袋にでも入れればそれでいいよね。呉須都さんが欲しかったのは『絵』の方なんだから」
「いやちょっと待て」
久良さんが止めに入る。
「金槌なんてどこから出てきた」
「どこって、呉須都さんが持って来たボストンバッグの中だよ。元はあの中には金槌が入っていたんだ。まあ、バッグの中にはそれ以外もあったけど」
「それ以外? ですか?」
「あー、それは後で」
首を傾げた千花さんに雉間は笑って誤魔化し、人差し指に続いて中指を立てた。
「次に『象の黄金像』を盗む方法だけど、あれの一番のポイントは重さが二〇〇キロあるってところだね。だから一度に運び出すなんてまず不可能。つまり呉須都さんはあの『象の黄金像』を分けて運んだんだ」
そのとき、久良さんが明らかに物言いたげな顔をした。
が、それをおそらくは知らずに千花さんが胸の前で手を合わせた。
「そうです! 広瀬様の『英雄刀』の鉛と同じよう、あの『象の黄金像』も熔かしたんですね!」
雉間が首を振る。
「ううん、違うよ。鉛の融点が約三〇〇℃なのに対して金の融点は約一〇〇〇℃。鉛と違って金はそう簡単に熔けないんだ。だからね――」
一拍置く。
「――砕いたんだ」
言うや否や、すかさずといった具合に久良さんが口を挟んだ。
「だがそれも待て。そんなことをしたら像としての価値なんて一円も」
「像としての価値なんかいらないよ。金としての価値があるんだから」
久良さんは、ぐっ、と声を詰まらせた。
「『象の黄金像』は金槌で数十キロずつの塊にして運び出せばそれで済むんだ。だから何も二〇〇キロの像として盗む必要はないんだよ。金としてだけでも約十五億円の価値なんだから」
そう言って雉間は
「そして、ぼくたちに招待状を送ったのも大よそ呉須都さんの
あー、ちなみに久良くんの封筒なら昨日クルーザーに乗るとき美和さんに見せていのを見たし、広瀬くんのはこの浮蓮館に着いたときに研司さんに見せているのを見た。あとカリンさんの封筒も初日に白石さんに見せてもらったね」
久良さんは当然だと言うように「ふん」と鼻を鳴らした。
「まあ、呉須都さんが関係のないぼくたちを招待したのはきっと目くらましのためだろうね。呉須都さん一人だけがここに招待されたと言っても信じてもらえないだろうし、そのためにぼくたちも招待したんだ。木を隠すなら森の中って感じでさ」
言って一瞬、雉間は窓の外を見た。
つられてわたしたちも視線の先を追う。
小ぶりな雨粒が緩い風に吹かれている。窓の外に台風の面影はほとんどない。
「そして『絵』と『象の黄金像』を盗んだ呉須都さんは台風が去ったのを確認してこの心霊島を出て行った……ボストンバッグに入っていたゴムボートを使ってね」
「ゴムボート……」
確かに、あの大きさのバッグにならゴムボートくらい入る。
それじゃあ……。
雉間は顔色を窺うように研司さんを見ていた。研司さんもじっと雉間を見ていた。雉間の表情は微かに笑いかけているようだったけど、そのときの研司さんは少し驚い顔だった。
時間にして一瞬、視線を交わし合った後で雉間は息を吐いた。
そして結論付けるように、
「逃げちゃったんだ、呉須都さん」
推理に幕を閉じた。
もう何も言うことはないと言うみたいに。
雉間の推理が終わると、研司さんは笑いながら拍手をした。
「おお、素晴らしい推理です。本当に見事としか言いようがありません! 家宝は盗られてしまいましたが私はそんなこと、はなから気にしていません。いえ、むしろ今こうして雉間様の素晴らしい推理が聞けて家宝が盗られたことに感謝しているくらいです」
研司さんは何でも無いことのように言っているけど、約十五億円の金塊を失っても笑っていられるなんて……。その感覚がやっぱりわたしにはわからない。
そして思い付いたかのように、
「あ、久良様。久良様に相談なのですがまた邪魔な家宝が戻って来ては困ります。ですので今回の件はぜひとも内密にお願いしたいです」
ふざけるでもなく真面目に言う研司さんに、「持ち主がそれでいいなら俺はいいが」と久良さんは不承不承に
千花さんの華やぐ声。
「すごいです! やっぱり雉間様ってすごい方なんですね!」
それに菘は迷いなく頷きを返し、わたしも同じように頷いた。
だって今の推理を聞いちゃったら認めるしかないもの。雉間が名探偵ってことは。
「やるじゃん雉間!」
雉間は不満そうに笑った。
「あー、うん。結衣ちゃんよかったかな、今の推理」
「もちろんじゃない!」
そうわたしが言うと、
「そっか。ありがとね」
何かに自信付けられたように雉間は言った。
それから研司さんが送る目配せに美和さんは千花さんを見て、
「そうですね。邪魔な家宝もなくなって研蔵様もさぞ喜ぶことでしょう。さあ千花さん、明日お帰りになる皆様のために今夜の夕食は腕によりをかけて作りますよ!」
「はい、美和さん!」
千花さんは嬉しそうに笑った。
こうして二日間に及ぶ呉須都さんの泥棒騒動は無事幕を閉じた。
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