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 全員の視線が一斉に研司さんへと移る。


 驚く千花さん。

「どうしたのですか、研司様」


 千花さんを見て、再び研司さんは頭を下げた。


「千花さんにも、本当に申し訳ないことをしました。実は……今まで千花さんに黙っていましたが、あの刀『英雄刀』はすべて雉間様の言った通り、戦国時代の刀でも能都研之介が使った刀でもなく、。試すような真似をして申し訳ございませんでした」


「そんな、どうして……」


 驚きを隠せずにいる千花さんの反応に、今度は美和さんが「千花さん、わたくしからも」と頭を下げた。


 立て続く突然の出来事に千花さんは、「いえ、そんな。研司様も美和さんもどうか頭を上げてください」と困ったように手を振った。


「それより『試す』とは一体どういうことですか?」


「はい……。正直にお話しします。能都家にあった三つの家宝、『絵』、『象の黄金像』、『英雄刀』は、どれも私にとってはいらない邪魔な物だったのです。私は昔から『価値のある物はその価値のわかる人が持つべき』と教えられてきました。しかしこれらの家宝からはどれも価値を見出せず所持に困っていたのです。そして、実を言うと父もまたこれらの家宝をどうすることもできず、別荘であるこの浮蓮館に放置していたたのでした。

 理由を述べるなら、まず『象の黄金像』ですがあれは価値こそあっても部屋一つを占領するほどの大きな像。とても邪魔で仕方ありませんでした。『絵』に関しては言うまでもなく、無駄に大きく何を描いたのかもわからないあれの芸術性を理解できる人など誰もいません。そして『英雄刀』ですが、あれはいつか刀の本当の価値に気付く人がいれば譲ろうと父も、私も、美和さんもそう考えていたのです」


 刀の本当の価値――それは刃に金が入っていることに気付くこと。


 そもそも研司さんにとって三つの家宝はどれも目の上のたんこぶだった。

 だから家宝が盗まれても笑っていられたのね。


 研司さんは久良さんから英雄刀の中の金の棒を受け取る。


「『英雄刀』の金のことを知っているのは父と、私と、父の頃からここに仕えている美和さんだけ。美和さんには千花さんに言わぬよう私が口止めをしていました。いつか千花さんが金に気付くと思っていたから……。千花さん、本当にすみませんでした」


 謝る研司さんに千花さんは謝罪など必要ないと小さくかぶりを振った。

 それを見て研司さんは、今度はゆっくりとわたしたちを見る。


「そして昨日、広瀬様は私に報告しに来たのです。刀の刃の中に金が入っていると。私は刀の中の金を一番に見抜いた広瀬様こそ、物の価値を十分にわかっていると思います。だからきっと広瀬様ならこの金を有意義なものに使ってくれるはず」


 研司さんは金の棒を広瀬さんに握らせた。


「この金は広瀬様、あなたが持つべきです」


 金を受け取った広瀬さんは「すみません、家宝を勝手に」と言ったが研司さんは気にしていないと首を横に振った。


「いえ、むしろ私の方こそすみせんでした。『呉須都様より先に盗めたら譲る』なんて面白半分で言ったばかりにこんな大事にしてしまい」


 反省するかのように言う研司さんはつくづく謙虚けんきょで気持ちのいい人だ。


 ふと、そんな一連の流れを見ていた久良さんが不満そうにたずねた。


「だが雉間よ、広瀬さんはどうして金を持ち歩いていたんだ? 部屋に置いとけばいいだろ?」


「あー、それは簡単なことだよ。だって部屋になんて置いていたらよ」


「ちょっと待って!」


 わたしは咄嗟に待ったをかけた。


「呉須都さんは広瀬さんじゃないの?」


「ええっ! 結衣ちゃんそんなの違うに決まってんじゃん!」


 雉間は驚いた顔でわたしを見てきた。なんだか呆れているようにも見える。


 雉間の発言に広瀬さんは重ねるように頷き、

「確かに僕は『英雄刀』を盗みましたが他の二つに関しては無関係です」


「雉間さん、これは一体どういうことでしょう?」


 眉を寄せる菘を見て雉間は言う。


「あー、呉須都さんは身長二メートルくらいの大男。広瀬くんの背も高いけど、呉須都さんには到底及ばないよ。それにさ、クルーザーの中で呉須都さんを見たとき、そこには一緒に広瀬くんもいたでしょ?」


 確かに、思い返せば広瀬さんと呉須都さんは同時に存在していた。

 じゃあ、もしかして呉須都さんは……。


 わたしの考えるところを察してか雉間はつまらなそうに言った。


「あー、だから。だって『英雄刀』は先に広瀬くんが盗っちゃったんだし、それに中の金も肌身離さず持っているんじゃ盗みようがないからね。だからこの島にいるだけ無駄だよ無駄。多分本来は昨日の夜にでも『英雄刀』を盗むつもりだったんだろうけど、久良くんが寝ずの番をしてくれたおかげで盗み出すタイミングもなかったんだ。それにこの場には警察の久良くんと探偵のぼくがいる。捕まる前に逃げるのは最善の手だよね」


「何を寝ぼけたことを言っている。帰るってどうやって帰るんだ」


 納得がいかないとばかりに久良さんが訊く。


「ここは孤島だぞ。それに船もない。帰れる訳がないだろ。それに他の家宝はどうやって部屋から出したんだ。第一、『絵』があった一一二号室には鍵が掛けられていたんだぞ。初日に見た呉須都の部屋だって部屋の中に鍵があった以上、ドアに鍵を掛けることはできな……」


「あー、呉須都さんは鍵を掛けられるし開けられるんだよ……でね」


「ぴっ、ピッキングだと!?」


「そんなはずないわよ」


 わたしはすぐさま否定した。だって、それはありえないのだ。美和さんも「そんなわけ」と小さく言い淀んでいる。


「ここ浮蓮館の鍵はすべてピッキングでは開かないものになっているって、雉間も知っているでしょ。浮蓮館を建てた五十年前に最高の腕を持つ鍵師が取り付けた、絶対にピッキングができない鍵だって。だからピッキングをしたなんて答え自体変よ」


 わたしの発言に美和さんは間違いないと言うように頷いた。

 それを見た雉間は歯痒そうに肩をすくめた。


「いやぁ、そんなまさかだよ」

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