8

 ◇ ◇ ◇


 呉須都さんの部屋に鍵は掛かっていなかった。

 部屋の様子は昨日と変わった感じはなく、窓にはしっかりと鍵が掛かっていた。どうやらわたしたちが気付かない間に戻って来たという線はないみたい。ふと窓の外を見て、雨の勢いが弱まっているのに気付く。知らずと台風のピークは過ぎたようで、心なしか雨音も小さい。わたしは、明日は晴れればいいなと窓の外をながめていた。


 雉間はしばし部屋の中を見て回ったがすぐに諦めたかのように椅子に腰をかけた。その様子を見ていた菘が、まさか本気で言っているわけではないだろうけど笑顔で訊く。


「雉間さん、何か見つかりましたか?」


 菘の笑みに応えるよう、にこりと笑う。


「ううん、何もないね」


「ま、それも当然よ。この部屋は昨日、雉間と久良さんで調べ切ったはずなんだから」


 そう言ってわたしが、「さ、部屋に戻るわよ」と提案しかけた……そのとき。


「いいや、これでいいんだよ。ぼくの推理が正しければここにはこれ以上呉須都さんの痕跡こんせきはないはずだからね」


「えっ……」


 わたしの口からは、はからずとも声が漏れていた。

 そして思わず横の菘を見ると、菘の顔は面白いほどにきょとんとしていた。が、おそらくわたしの顔もそう変わりない。


「えっと、雉間それってどういう……」



「け、研司様、美和さん大変です!」



 突然、廊下から千花さんの声がかっ飛んできた。


 その声にわたしたちが部屋の外に出ると、ちょうど食堂には研司さんと美和さんが、そしてその反対の廊下からは千花さんが走って来ていた。


「どうされましたか、千花さん」


 わけを問う研司さんに千花さんは息も絶え絶えに言う。


「刀が、『英雄刀』がなくなっています!」


 えっ!?


 狼狽ろうばいとも取れる様子でその場に立ちつくす研司さんと美和さん。


「そ、そんなはず……」


 その場に雉間が入っていく。


「あー、それって本当?」


 呉須都さんの部屋から出てきた雉間に千花さんは一瞬こそ驚いていたが、

「はい。たった今、掃除のため廊下を通ったのですがなくなっていたんです!」


 そう聞くや否や、雉間は走り出した。

 わたしもすぐに雉間の後を追いかけようとするも、ずいと浴衣の袖が突っ張る。菘だ。「一体何なの」と菘を見ると、菘はじっと研司さんを見ていた。それにつられてわたしも見ると研司さんは俯き、肩を震わせていた。


 そしておもむろに拳を握った。

 次の瞬間、


「はっはっは! そうでしたか。三つめの家宝『英雄刀』まで盗まれましたか。いやぁ、呉須都様にやられました」


 なんと笑い出したのだ。


 やけにあっさりと言う研司さんに菘が進言する。笑い事ではないと言うように、

「そんな。研司さん良いんですか、家宝が盗られたんですよ」


「ええ、別に良いじゃないですか。盗んででも家宝が欲しかった呉須都様なら、きっと家宝を大事にするでしょう」


 それに菘は「でも……」と一度は言い淀んだものの、結局は「そうですね」といつも通りの微笑みを見せた。


 でも、どうして研司さんは盗まれたことに動じないの?


「いやぁ、まさか三つめの家宝までも盗られるなんて。面白いこともあるものです」


 研司さんは絶賛とばかりに拍手して、

「で、どうでしょう? 千花さんもそう思いませんか?」

 それまで気遣わしげにかしこまっていた千花さんに問いかけた。


 千花さんは初めこそ困り顔だったけど、研司さんが心から笑う様子を見て笑みを浮かべた。


「はい。実は私もそう思っていたんです」


 研司さんは嬉しそうに頷いた。


「あー」


 するとそこにのんびりと歩きながら雉間が戻って来た。


「やっぱり千花さんの言う通り『英雄刀』はなくなっていたね。その代わりこの紙が部屋のすみにあったよ」


 そう言って、雉間は一枚の紙きれを見せた。


 そこには――。




 セキネンノウラミ。


 ノトケノカホウ、エイユウトウハイタダイタ。


 スベテノカホウハイタダイタ。


 サラバダ。


 ゴースト




 紙はやっぱり印刷されたものだった。


「あー、どうやら呉須都さんは帰っちゃったみたいだね」


「ふふっ、そうみたいですね」


 雉間と菘は当たり前かのように帰ったことにしているけど一体どうやって帰るのよ。船もないのに。

 研司さんはじっと紙を見て、感慨に浸るかのように呟いた。


「ふうむ。そうでしたか、呉須都様は帰られましたのか……。それにしても呉須都様はいかにして家宝を盗んだのか。不思議です」


「ええ、そうですね研司様」


 研司さんと千花さんが話していると、

「あー、その点なら大丈夫だよ」


 えっ?


 わたしは思わず声の主である雉間を見た。


 雉間はいつもと変わりない口調で、何でもないかのように言った。


「もう謎は全部解けたからね」


「……」


 思いがけない台詞にわたしの頭の中はまっ白になった。

 まったくもって、雉間が何を言っているのかわからなかったのだ。


 茫然ぼうぜんあわを喰っていると、


「そ。それは本当ですか雉間様っ!?」


 先に反応したのは千花さんだった。爛々らんらんとした目で雉間を見て、「ぜひ、雉間様の推理を聞かせてください!」と手を握る。


 研司さんも千花さん同様、推理することには大賛成といった様子。


「どうですか雉間様、私たちにその推理を聞かせてくれませんか?」


「あー、そうだね。それじゃあ結衣ちゃんに菘ちゃん、これから推理をするからみんなを食堂に集めてよ」


「はい、わかりました! さ、行きますよ結衣お姉さま!」


 すぐさま頷き、菘はわたしの手を引くが……。

 内心、わたしは未だに信じられなかった。

 これから雉間が推理するということも、謎が解けたということも。


 何もかもが腑に落ちないまま、わたしはその場を後にした。


 台風はもう、だいぶ弱くなっていた。

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