7

 ◇ ◇ ◇


 昼食は美和さんお手製の蕎麦を食べた。

 美和さんはその昔蕎麦作りの修業をしていたらしく、朝のうちに蕎麦粉からって作ったという蕎麦はもう絶品! よくテレビでレポーターが「蕎麦は香りが~」なんて言うけど、美和さんが作った蕎麦が正しくそれね。要は結構なお手前ってことよ。


 昼食の席には久良さんだけがおらず、代わって朝にはいなかった研司さんが悠長に蕎麦をすすっていた。聞くところによると研司さんは午前の仕事を終えると午後はほとんどすることがないらしい。そういう時間を持て余しているところはやっぱり社長だなって思う。


 昼食を食べ終え部屋に戻ったわたしは持って来た文庫本をベッドで読む作業に勤しんだ。隣で文面をのぞくご機嫌な菘の鼻歌をBGMにページを捲る。


 しばらく文庫本を読み耽っていると、そのうち雉間がぼやき出した。


「……呉須都さんは今どこにいるのかな?」


 こちらには一切目もくれず視線は窓の外だけど、口調は明らかにわたしたちに語りかけていた。


 一瞥いちべつだけして片手間に答える。


「どこかで野宿してるのよ」


「この雨の中?」


「そうよ。浮蓮館にはいないんだし」


「あー、でもさ」


 わたしたちのベッドに気兼ねなく座る雉間。


「本当にそうなのかな?」


「どういうことです?」


「あー、だって呉須都さんはまだ『英雄刀』を盗んでないんだよ。だからもう浮蓮館の中にいるんじゃないかなって。雨風も防げるしさ」


 一瞬だけ「なるほど」と思って、わたしは雉間の考えが間違いであることに気付いた。


「いや、それはないわ。だって昨日の夕食後、わたしたちが浮蓮館内を捜し回ったとき呉須都さんなんてどこにもいなかったじゃない。それに屋敷のドアや窓には鍵が掛かっていたのよ。入ってなんて来れないわ」


「あー、確かにそうだよね」


 素直に頷く。


「だけど呉須都さんはどうにかして浮蓮館の鍵を開けたはずなんだよ。一一二号室から『絵』を盗んだわけだし」


 やけに自信ありげに言い切る。


「それともう一つわからないことなんだけど、美和さんに届いた陽和港までぼくたちを迎えに行くよう書かれた手紙。あれが美和さんの部屋にあった以上、呉須都さんは既に一度この浮蓮館に来ていたはず。なのに……」


 あえて、というようにそこで言葉を止める雉間。

 わたしは文庫本を置いて雉間の言葉を引き継いだ。


「『それならどうして呉須都さんはそのときに家宝を盗まなかったのか』って言いたいのね?」


「うん」


 頷く雉間を見て、わたしは言う。


「この浮蓮館に今ある空き部屋はわたしたちが使っている四部屋と呉須都さんが消えた一部屋だけ。美和さんが言うには手紙には部屋を五つ片付けるよう書いてあって、そして昨日わたしは千花さんに『ここ数年、来客は来ていない』と聞いたわ。これが意味するのはつまり、数日前にここに来た呉須都さんは呼ばれておらず、加えて存在も気付かれていないだった。そんな居たことすら気付かれていない呉須都さんがそのときに家宝を盗まなかった。それが変なのね」


「うん。流石結衣ちゃんだ」


 首肯し、拍手された。

 しかしその雉間の反応とは対称的に菘の表情は苦くなる。


「ですが雉間さん。呉須都さんがその日に盗みをしなかったのはそれがただの下見だったからではないでしょうか?」


 即座にわたしが否定する。


「それはないわ。だってそれなら何もわたしたちを招待して監視の目を増やす必要はないもの。また一人で来ればいいんだから」


「ああ、なるほどです。確かにそれを言われたらそうですわね、結衣お姉さま!」


 自身の考えが一蹴されたのにも関わらず、嫌な顔せず抱き付いてくる菘。


「……」


 それにしてもこの子……いくら何でもわたしになつき過ぎじゃないかしら? 従順過ぎて何だか犬に見えて来たわ。


 ためしにわたしが「お手」と言うと、菘は何の躊躇とまどいいもなく「わん」とお手をした。


 ふむ。どうやら犬のようね。


 そうしてわたしに頭を寄せてくる菘はどうやら撫でて欲しいみたい。まあ、言うことを聞いたんだから撫でるけど。


「……うん。それじゃあ行こうかな」


 何か考えがまとまったのかおもむろに雉間が言った。一瞬こそ独り言だと思ったけど、目線がばっちりわたしに向かれては返答せざるを得ない。

 わたしはせいぜい不機嫌っぽく言う。


「行くってどこによ」


「あー、呉須都さんの部屋にだよ。ちょっと気になることがあって……ん?」


 話の途中、急に雉間は何かに気付いたかのように黙った。


 そしてふらりとわたしの枕の前に立つと、そのまま……倒れたのだ。


「え、何、どうしたの? 大丈夫!?」


 心配するわたしに雉間は枕からゆっくりと顔を上げた。

 そして、


「わあ、やっぱりそうだ! 結衣ちゃんの枕って良い匂いがするねっ!」


「ふふふ、そうなんですよー」


「……」


 まあ、あれよ。

 近いうち雉間が殺されたならその犯人は間違いなくわたしよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る