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◇ ◇ ◇
結局、夕食後にみんなで浮蓮館内を捜したけど、呉須都さんはおろかなくなった二つの家宝も見つからなかった。
浮蓮館内を歩き回ったわたしたちが部屋に戻ると、雉間が思い出したかのように笑い出した。
ベッドに転がりながら、
「あははは。ゆ、結衣ちゃん見たあ? 研司さんの家宝二つも盗られちゃったねー」
「うっさいっ! 雉間があんなこと言ったせいでわたしが恥をかいたじゃない! このアホンダラ!」
わたしは馬乗りになって雉間の頬をつねった。
「いいからっ! あんたはっ! さっさとわたしに謝りなさいよぉっ!」
「うううっ、ういひゃんほへんはからはなひてよぉ……」
「まあまあ、結衣お姉さま乱暴はダメですよ」
激昂するわたしに気付いて菘が止めに入る。
「雉間さん泣いちゃいますから。ね、もう止めてください」
わたしを雉間から離し、ベッドに座らせる菘。
ふん。菘がいなければ今頃あんたのほっぺは口元に付いてないと思いなさい!
「もう、ダメですよ雉間さんも」
くりくりとした目を潤ませる雉間に、菘は子どもに言い聞かせるよう諭す。
「研司さんだって明るく振る舞ってはいましたけど、本当は悲しんでいるかもしれないんですから。ね、次はしちゃダメですよ」
「はい。ごめんなさい菘ちゃん、今度からは気を付けるよ」
なんであんたはわたしと菘のときとで態度が違うのよ!
菘がわたしの隣に来る。
「それで、雉間さんはどうやって呉須都さんがあの大きな『象の黄金像』と『絵』を部屋から持ち出したと思いますか?」
「う~ん。まず像だけど、流石に呉須都さんが身長二メートルの大男でも二〇〇キロの塊は持てないはず。だから問題は、どうやってあの二〇〇キロの像を部屋の外に出したかだよ。それにあれは本当に二〇〇キロあったみたいだし」
真面目に答える雉間に、わたしはつい口を出した。
「何か重機のようなものを使って引きずり出したのよ」
「まさかだよ結衣ちゃん。タイル張りになった床には引きずった跡がなかったよ」
冷静に却下する。
「それにぼくは、一番の謎はあの『絵』の方にあると思うんだ」
『絵』の方?
その発言を聞いて、わたしの指に楽しげに指を絡ませていた菘が言った。
「あら、そうでしょうか? 確かにあの『絵』は大きくてドア枠から出せないかもしれませんが、『絵』自体を斜めにしならせれば多少は可能性もありそうですけど」
あくまで希望的観測だけどあっさりと解法を導き出す菘。わたしは、「ふふっ、なんだかこうやって結衣お姉さまと手を繋いでいると恋人同士みたいですね」と微笑んでいる菘を横目に、やはりこの子は
「あー、違うよ菘ちゃん。謎はそこじゃなくてね、鍵の掛かった一一二号室のことだよ」
ベッドで仰向けになったまま話す。
「確かに部屋のドア枠よりも大きい『絵』を出すことも難題だけど、それ以前に、いつ、どうやってあの鍵の掛かった部屋を呉須都さんが出入りしたかが問題なんだ。
そもそもあの一一二号室のドアに貼ってあった呉須都さんからの紙。あの紙はぼくらが大浴場に行ったときも、そして大浴場から食堂に行ったときも、一一二号室には貼ってなかった。それなのに食堂から盗まれた二階の家宝を見に行って、その後で一階の一一二号室に戻ったわずか数分の間に、ドアには紙が貼られていた。これが不思議なんだ。『ドアに紙が貼ってない。だから絵はまだ一一二号室の中にある』なんて確信はしないけど、そもそもあの部屋は長い間ぼくと久良くんの監視下にあったんだ。だってぼくと久良くんはお風呂上りにあの一一二号室のドアが見える卓球台で卓球をしていたんだから。それなのにあの部屋を出入りする人は一人もいなかった。例えぼくだけが見逃すことはあっても、久良くんと二人揃って見逃すなんてこと絶対にないよ。ましてや『絵』を
それに結衣ちゃんと菘ちゃんが来てからは、あの部屋は四人の監視下だったしさ」
そう。確かに雉間の言う通り、一一二号室はわたしたちの監視下にあった。
そして、わたしもあの部屋を出入りする人なんて誰も見なかった。
それに第一大浴場は研蔵さんの好意の名残で、いつ入浴してもいいようにと常に開かれている状態だ。それは言い代えれば夕食までの間、誰がどのタイミングで行き来してもおかしくなく、あの部屋は常に監視下であったとも言える。そんな中で盗みを行うなんて真似……。
「あー、つまりあんな状態で『絵』を盗むなんて、心理的に考えて出来ないんだよ」
わたしが内心で思っていたことは雉間があっさり言った。
「それに一一二号室には鍵が掛かっていたんだ。それも開けられる鍵は研司さんと美和さんが持つ鍵束の二本だけ。加えて部屋には隠し扉の類いもなくてドアはピッキングもできない。
……ね、いったい呉須都さんはどうやって部屋に入ったのかな?」
そう言って笑いかけてきた雉間に菘は微笑みを返した。
「ホント、不思議ですね雉間さん」
「うん。だよね、菘ちゃん」
まったく、あんたたちは……。
「物事を軽くとらえ過ぎよ。呉須都さんは能都家を恨んでいる人間なのよ。能都家に関わったってだけで寝ている間に襲われでもしたら一巻の終わりじゃない。鍵なんていらないんだから」
多少なりともシリアスに言ったつもりだったが雉間は、
「あー、それは結衣ちゃんがどうにかしてくれるから大丈夫だよ。だって結衣ちゃん強いもん」
と。
そして菘は、
「私は結衣お姉さまと一緒ならどうなっても構いませんわ」
と。
「……」
わたしは言うだけ無駄だということを理解した。
ベッドに寝転がり、独り言のように呟く。
「あー、だけどさ。恨まれるって、正直ぼくには研司さんも美和さんも千花さんも、それに話を聞く限りじゃ研蔵さんだってきっと良い人だったと思うんだ。そんな人が誰かに恨まれるなんて、本当にあるのかな?」
『あるのかな』じゃない。実際に今、恨まれているのよ!
「それにさ。ずっと気になっていたんだけど、そもそも呉須都さんのバッグには何が入っていたんだろう?」
バッグ?
菘が不思議な顔をする。
「コートや帽子などが入っていましたけど」
「うん。そうだけど、コートや帽子を入れる前は何が入っていたのかなって。呉須都さんのバッグ、クルーザーで見たときから既に膨らんでいたんだ。だからそのときから中に何かを入れてたはずなんだよ……」
妙に意味深に言う雉間にわたしは訊いてみた。
「雉間はそれがなんだと思うの?」
「んー……」
数秒間を空け、
「わからないや。何だろね、結衣ちゃん」
と、いつもの口調で言ってきた。
が、無論わたしにだってわかるわけがない。肩をすくめる。
それを見た雉間は、「ま、考えても仕方ないよね」と小さく笑った。
「あー、それにしても美和さんが作った夕食美味しかったなあ……。あ、でも結衣ちゃんが作ってくれたトマトのスープも美味しかったよ」
トマトのスープ?
ああ、初めて雉間に会った日に作った、あのほとんど天音さんが作ったやつね。本当はわたしが作ったんじゃないけど……。
わたしは珍しくお世辞を言う雉間に悪戯心からつい言ってしまう。
「え~? 今なんて言ったのよ雉間。よく聞こえなかったわ」
復唱を求めるわたしに菘は「もうダメですよ結衣お姉さま、意地悪しちゃ」と言ってきた。が、わたしは素早く「黙りなさい菘」という視線を送った。
すると雉間は満面の笑みで、
「あー、うん。だからね」
わたしを見る。
「結衣ちゃんが作った料理も美味しかったなって。ね、だからまた作ってよ」
「…………」
思いもしなかった雉間の反応。
きっとそのせいだ。
わたしはしどろもどろになってしまった。
「バ、バカっ……! そ、そんな真っ直ぐな目で言われたら……照れるじゃな」
「あ、待って。でもあれはほとんど綾季さんが作ったんだ。だから別に結衣ちゃんの手柄でもないね。前言撤回するよ」
ま、まあ……、確かにそうよね。
でも、そんなこと……、
「そんなこと、知ってるわよっ!」
わたしは菘の枕を雉間にぶつけてふて寝した。
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