10
食堂から二一二号室は離れてはいるも走ればものの数分。足の速い久良さんを先頭に、その後をわたしたちが追走する。二階に上がり、行くところを行くと二一二号室が見えてきた。
が、二一二号室のドアは昼に見たときとは違い完全に開かれた状態。それは明らかに誰かが部屋に入ったことを物語っていた。
そして部屋の中を見ると、昼間確かにあったはずの『象の黄金像』が綺麗さっぱり消えていた。
「うそ、どうして。信じられません」
両手で口元を隠す千花さん。
千花さんは本当に信じられなさそうに驚いていた。
「あー、どうやら盗られちゃったみたいだね」
冷静に部屋の中を見渡す雉間。
「ねえ美和さん、この部屋に抜け道や隠し扉は?」
「そんなものないですよ!」
「あー、だよね。鍵が掛かってないんだし、隠し扉なんて必要ないよね」
笑って肩をすくめた雉間のもとに、ただ一人、二一二号室の中に入っていた久良さんがやって来た。
「見てわかることだが像はない。ただ、部屋の隅にこんなものが……」
そして久良さんは鼻白む顔で、わたしたちに一枚の紙を見せてきた。
その紙には――。
セキネンノウラミ。
ノトケノカホウ、ゾウノオウゴンゾウハイタダイタ。
ゴースト
「うっわ、呉須都さんじゃん! 呉須都さんの正体って幽霊じゃなくて怪盗だったのかな?」
「ふふっ、みたいですねぇ~」
呑気に話してるアホ探偵と菘に、
「バカ、その前に犯罪者よ!」
わたしは喝を入れた。
久良さんは終始
正直が売りの久良さんに言わせれば、盗みを働く輩は許せないのだ。手に持った紙を照明に透かし、
「これも印刷だ。これでは筆跡鑑定もできんな」
つまらなそうに言った。
「それにして二〇〇キロの像を呉須都はどうやって部屋から出したんだ」
「わたくしが調理服から燕尾服に着替えを済ませて自室を出ると、自室に入るときは閉まっていたここのドアが開いていて、それで中を覗くと『象の黄金像』が消えていたのです」
美和さんは口早で研司さんに事のあらましを説明した。しかしそんな美和さんを見ず、研司さんは空っぽになった二一二号室を見つめている。
「ふうむ。それじゃあ美和さんが着替えていたその間に、呉須都さんは『象の黄金の像』を?」
しゅんとし、申し訳なさそうに言う美和さん。
「はい……」
その返答を聞いた研司さんがおもむろに口を開きかけた……そのとき。
思い出したかのように広瀬さんが叫んだ。
「研司さん! 他の家宝は!」
「!?」
そうよ、他の家宝よ!
その言葉を合図にわたしたちはここから一番近い、英雄刀がある二〇一号室に走った。
二〇一号室の日本間には昼に見たときと変わらず英雄刀が置いてあった。念のため刀を鞘から抜いて研司さんと美和さん、それから広瀬さんが確認をするもどうやら刀は本物のよう。
本物とわかるや、すぐさまわたしたちは階段を下りて今度は『絵』がある一階の一一二号室へと走る。
一一二号室のドアには一枚、紙が貼ってあった。
紙には――。
セキネンノウラミ。
ノトケノカホウ、エハイタダイタ。
ゴースト
扉の紙を見るなり久良さんが叫ぶ。
「ちくしょうが!」
そしてドアノブを掴みドアを開けようと試みるが、ガチンという音がするだけで開
きはしない。
吹き出す雉間。
「あははは、もうバカだな久良くんは。この部屋には鍵が掛かっているんだよ。ドアに紙が貼ってあるからって家宝の『絵』がないとは限らないよ」
そう。確かに雉間の言う通り、現状部屋の中に家宝がないとは限らない。ドアは鍵がないと開かないのだし、第一あの大きな『絵』は部屋から出せないのだから。
だけど二〇〇キロもの像が消えた後でこの紙が扉にあるとなれば話は別……。
わたしは内心でまさかを繰り返しながら言った。
「美和さん、ここの鍵を貸してください」
「は、はい」
わたしはいそいそと鍵束を取り出した美和さんから鍵を受け取り、鍵穴に差し込んだ。
そしてゆっくりとドアを開けると……、
「嘘でしょ……」
その言葉は意図せずわたしの口から漏れていた。
一一二号室にあった壁一面の大きな『絵』。
それが額も含めて跡形もなく消えていたのだ。
「『絵』が、なくなっています……」
信じられないとばかりの反応をする千花さん。
茫然とする研司さん。
事態を呑み込めずにいる美和さん。
一体何が起きているんだかわからない、招待客のわたしたち。
そして、そんなわたしたちをよそに雉間は、
「あははは、すごいね。またやられたね、呉須都さんに」
無神経に笑いながら言いやがった。
わたしは研司さんが嫌な顔をするよりも早く、雉間に代わって謝る。
「ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こいつには後で言っておきますので許してくださいぃぃぃ!」
雉間の失礼をわたしが必死になって謝る中、しかし研司さんは意外な反応を示す。
どういうわけか何もない壁を見て……我慢の限界とばかりに笑い出したのだ。
「はははははっ! これはこれは見事にやられました! 確かに盗めるものなら盗めと言いましたが、まさかこうもあっさり盗られるなんて!」
痛快とばかりに笑って、「やめやめ」と謝るわたしを制する。
「すべては絶対に盗めないとたかをくくっていた私が悪いんです。まあ、これじゃあ仕方ありませんね」
少しの後悔の色も見せずに笑って言う研司さん。
家宝が盗られたというのに笑っていられるなんて……お金持ちの考えには理解に苦しむ。
そんな研司さんを見て隣では菘が、「お金持ちって不思議ですわね」と言ってきたけど、それはいったいどの口が言うのか。
と、そこに唯一部屋にある毛足の長い絨毯を踏みながら、久良さんが一一二号室から出て来た。何もないとばかりに首を振り、
「しかしながら研司さん、家宝が盗まれては笑い事ではありません」
真面目な顔で腕を組む。
「呉須都はまだこの浮蓮館内にいる可能性があります。それにこのままではいつ最後の家宝が盗られるかもわかりません。注意すべきです」
「ふむ。確かにそうですね。それに家宝なら未だしも、皆様にもしものことがあっては大変です」
研司さんが全員を見る。
「それではこうしましょう。皆様の手を煩わせるのも何ですが夕食後、屋敷内の戸締まりも兼ねて手分けして呉須都様を捜してみるのはどうでしょうか? それでいなければ皆様も安心して眠れることでしょうしどうでしょう?」
研司さんの提案にわたしたちは誰にともなく頷いた。
「……ま、心霊島に来た以上、呉須都様を見つけても私は歓迎しますけどね」
冗談めいて言った研司さんの隣、千花さんはどこか楽しげに見えた。
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