8
雉間の提案でわたしたちは浮蓮館の一〇一号室に行くこととなった。玄関ロビーから見て右手の廊下を歩く。館内はとても綺麗で細部にまで掃除が行き届いている。それにしても、こんなにも大きな屋敷の掃除なんてかなり大変だろう。
わたしはどこか楽しそうな顔をする千花さんになんとなくで話しかけた。
「すみません突然お邪魔しちゃって。迷惑じゃなかったですか?」
「いえいえ、とんでもございません。研司様も言っておりましたがここに来た以上は皆様お客様です。ええっと……」
千花さんは一瞬考えるような顔をして、それから顔をぱあっと明るくさせた。
「探偵の雉間様の助手の雨城様!」
探偵の助手……ね。決して悪い響きじゃないけど、わたしが雉間に仕えていると思われるのは最悪ね。
細やかな抵抗にわたしは曖昧に微笑んだ。
すると、わたしの腕にあたかも当然のように顔を擦り付けていた菘が言う。
「そういえば千花さん、この浮蓮館って電気はどうなっているんですか?」
「はい。それはこの心霊島内の各所にある、風車やソーラーパネル、地熱や波力発電などによってまかなわれております。水や食料などは一週間に一度、契約している船が持って来るんです。食料などは常に十名のお客様が一週間泊まることを想定して、余分に蓄えておりますので気にしないでください」
「へえ、そうなんですね」
そう言って菘は、またわたしの腕に顔を擦り付ける作業に勤しんだ。千花さんはそれを微笑ましく見ているけど……。ああ、きっと変な勘違いされているわね。
途中廊下を左に折れると、真っ直ぐ行った先には食堂が見え、その少し前には一〇一号室があった。食堂の入り口のドアは開かれていて、食堂の中には掃除を途中でやめたのか箒が壁に立て掛けられてあった。そして確かに千花さんの言う通り食堂からは一〇一号室がよく見え、人が出入りすればまず気付きそうだ。
雉間が迷いなく一〇一号室のドアノブに手をかければ、途端に扉はガチンという音と共に阻まれた。鍵がかかっているのね。
研司さんがノックする。
「すみません呉須都様。ここを開けてくれませんか」
「……」
返事がない。
「いないんじゃない?」
そう髪をいじりながら言ったのはカリンさん。
だが、
「いえ、そんなはずはございません」
美和さんが否定した。
「基本、わたくしどもはいつも空き部屋には鍵を掛けていないのです。何せこの浮蓮館のある心霊島は、わたくしたち以外誰もいない無人島。用心する必要がありませんから」
そう言った美和さんが隣の一〇二号室のドアに手をかけると、扉は鍵を使うことなくすんなりと開いた。
「ですので鍵がかかっているということは中に人がいるということです」
「なるほど……」
そう言っている最中も、研司さんは中の呉須都さんに呼びかけている。
「ここを開けてもらえませんか、呉須都様」
だが呉須都さんは一向に出て来る気配がない。
ドアを叩く研司さんを横目に、
「あー。もしかしたら呉須都さん、中で倒れているのかもしれないね」
雉間がとんでもないことを言い出した。
「ねえ美和さん、ここの鍵は?」
「あ、はい。この部屋の鍵は先ほど呉須都様に渡した一本と、わたくしと研司様が持っている、この合い鍵付きの鍵束だけです」
そう言って美和さんは腰のあたりから金属の輪を取り出す。輪にはいくつもの鍵がぶら下がっていて、よく見ると研司さんの腰にも同じ鍵束があった。
「一〇一号室の鍵はどれ?」
「それは……」
美和さんは鍵束の中から、一〇一と書かかれた鍵を取り出す。
「これです」
「もらうね」
口早にそう言うと雉間は美和さんから盗むように鍵を取った。
「あっ、雉間様」
後ろ手にかかる声にもお構いなく、雉間は一〇一号室の鍵を使いドアを開けた。
カチャリという開錠の音。
そして、ドアが開くと……。
「え……」
わたしたちは絶句した。
一〇一号室には誰もいなかったのだ。
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