9

「結衣お姉さま……」


 菘が「どうして?」と訊くように言ってきたが、わたしにだってわからない。


「あー、呉須都さんいますかー?」


 言いながら何でもないかのように部屋に入っていく雉間。と、ただならぬ事態を察してか、その後ろを警察官の久良さんが付いて入っていく。

 部屋の中はベッドや机が置いてある十二畳ほどの洋間とは別に、トイレとバスが備え付けてあるだけ。到底、人が隠れられるところはどこにもない。


 バス、トイレを無神経に開け、ベッドの下を見る雉間。が、呉須都さんはいないみたい。一方の久良さんは部屋の窓を念入りに揺すっているけど、窓にはしっかりと鍵が掛かっていてびくともしない。

 そして雉間と久良さん以外のわたしたちはその様子を部屋の外で見ていた。


 雉間と久良さんが部屋に入ってしばらくすると、

「あっ」

 机の上を見ていた雉間が声を漏らした。

 見ると机の上には一本の鍵がある。鍵には一〇一と書かれたプレートも一緒だ。


「結衣ちゃん」


「へ?」


 部屋の奥から突然ぽいと鍵を投げられた。咄嗟とっさに捕捉する。


「ドア、開くか使ってよ」


 わたしはドアを開いた状態にして言われた通りに鍵を鍵穴に差し込み、捻った。するとドアの側面からは金属が出てきた。


 それじゃあ、これって……。


「あー、鍵は本物みたいだね」

 言いながらやって来る雉間。


「それにドアはオートロックでもないんだ」


「はい。雉間様の言う通り、ドアはオートロックではございません。それにこの鍵は確かにわたくしが呉須都様に渡した鍵でございます」


「うーん。でも部屋に呉須都さんはいなかったよ。それにこの部屋には隠し扉もないし窓には鍵が掛かっていた。唯一ある鍵も部屋の中……。どうやらこれは密室みたいだね」


 そう笑顔で結論付ける雉間の横を通って、今度は呉須都さんのボストンバッグを持った久良さんがやって来た。


「これがクローゼットの中にありました」


 低い声でそれだけを言い、バッグを開ける。中に入っていたのはマスクに帽子にサングラス、黒のコートと手袋……。


「ど、どれも呉須都様が身に付けていたものではありませんかっ!」


 美和さんが驚きの声を上げた。


 わたしにはもう何が何だかわからなかった。


 呉須都さんの荷物が部屋にあったということは、呉須都さんは確かにここに来た。でも、食堂を掃除していた千花さんは一〇一号室に入る人など見ていない。いや、それ以前に、仮に千花さんに気付かれずに呉須都さんがこの部屋を出入りできたとしても、鍵が部屋の中にある以上一〇一号室を密室にはできないのだ。


 呉須都さんのバッグ、その中から久良さんは手紙を二通取り出した。

 一通は雉間ももらったような心霊島浮蓮館への招待状で、偽の研司さんが呉須都さんに能都家の家宝を譲りたいという文面で招待している。そしてもう一通の手紙にはこう書いてあった。



 

 ワレハゴースト。


 セキネンノウラミ、ノトケヘノフクシュウシンデヨミガエッタ。


 ノトケノカホウハ、スベテイタダク。


 ジュウニンノイケニエヘ。


 ゴースト




 手紙の字体はプリンターで印刷された物らしく、筆跡からは何もわからない。


「あー、そっか。呉須都さんの正体はゴーストだったんだね」


 ポンと手を打った雉間に、

「あ、呉須都でゴーストなのですね」

 と、菘が微笑む。


 まったくあなたたちは……。

 ふと横を見ると、雉間と菘のやりとりに千花さんが笑っていた。

 わたしは間抜けな二人を無視して、研司さんを見る。


「この部屋に呉須都さんが来たことは確かです。それに呉須都さんは予告状まで出して家宝を盗もうとしています。幽霊だか何だか知りませんけど早く警察を呼ぶべきです!」


「ははは。まさか大袈裟ですよ」


 研司さんはまるでわたしが冗談を言っているかのように豪快に笑った。


「この島は無人島。警察なんていませんよ。それに家宝だってそう簡単には盗めないように手は打ってありますし何も心配はいりません。第一、警察なら既にいるではないですか。探偵も」


 それはそうだけど……。

 ああ、そうか。研司さん、雉間が名ばかり探偵ということを知らないのね。お気の毒に。


「……結衣お姉さま」


 研司さんが宛にならないのを察してくれたのか、菘がわたしにスマホの画面を見せてきた。見ると画面には『圏外』の文字。一応、わたしのも見てみるけど菘と同様使い物にならない。他の人たちもスマホを見ているけど特に反応は無い。つまり、みんなのも圏外なのね。恐るべし無人島……。ってか、携帯会社は仕事しろ!


「あの、雉間さんのはどうでした?」


 菘はただ一人、ポケットに手を突っ込んだままの雉間に訊いた。


「あー、残念だけど結衣ちゃんのが繋がらないのならぼくもだね」


「あら、結衣お姉さまと同じ機種なんですね」


 菘、相手にするんじゃない。


「違うよ。ぼくはスマホを持ってないからね」


「ふふ、そうだったんですね」


 バカを相手にするんじゃない!


 動揺するわたしたちを見てもなお、研司さんはお気楽に笑っている。


「ははは。まあまあ、皆様、そう心配なさらず。呉須都様だってきっと、お腹が空いたらひょっこり出て来ますよ。それまでは待とうでじゃないですか」


 そう言うだけのことを言って、研司さんは二階へと戻って行った。


 研司さんが去って美和さんは落ち着いた口調で言う。


「ま、そういうことですし、研司様の言うよう何も心配はいりません。それでは皆様、昼食の準備が整い次第お呼びしますので、どうぞお部屋でごくつろぎください」


 そう言って美和さんが、久良さん、広瀬さん、カリンさん、雉間に部屋の鍵を渡す。鍵を受け取った者から順々に部屋に入って行く中、雉間だけは部屋に入らず呉須都さんの部屋の鍵穴を真剣に見ていた。


「あー、美和さん。例えばだけどこのドアをピッキングで開けるってのは無理かな?」


「とんでもございません。それだけは本当に不可能です。この浮蓮館内にある鍵穴はすべて、本物の鍵でないと開かないようになっているのです。それは浮蓮館を建てた五十年前、当時最高の腕を持った鍵師が付けたもので、見た目からではわからないですがようになっているのです」


「んー、そっか……。じゃあ、ここの鍵って本当に美和さんと研司さんが持った鍵束の一本ずつと、その一〇一のプレートが付いた鍵の三本だけ?」


「はい。もちろんでございます。それに浮蓮館内の鍵は複製、つまり合い鍵を作ることもできない特別なものです。研司様もわたくしも鍵束は常に身に付けておりますので、知らぬ間に奪われるということもありません。その点もご安心を」


「ふーん。そっか、ありがとう」


 納得のいったような、いってないような顔をして、雉間はもらった鍵で自分の部屋に入っていった。そして、その後をちょこちょこと菘もついていく……え?


 いつの間にか美和さんはいなくなっていたので、

「千花さん、あの」

 わたしはその場を離れようとしていた千花さんを呼び止めた。


 そして、震える声を抑えながら言う。


「え、えっと、わたしたちの部屋って……」


「申し訳ございません雨城様。ただ今空いているお部屋はこれしかないもので……」


 本当に申し訳なさそうに、しゅんとする千花さん。何だかわたしがいじめているみたいだから困る。


「いやでも、これだけ広い屋敷なのにどうして五部屋しか空いてないのよ」


「はい。それは他のお部屋は物で溢れ返っていまして、とてもお客様を泊められる状態ではないのです。お客様なんてここ数年来ていませんから……」


 どこか罰の悪そうな顔の千花さん。無い袖は振れないのだ。


「はあ、仕方ないか……」


 諦めついたわたしがそう言うと、

「あっ!」

 急に思い出したかのように千花さんが叫んだ。


「そうでした! 今ならちょうど呉須都様のお部屋が空いています。どうぞ呉須都様がお見えになるまでの間はこちらのお部屋をお使いに……」


 これぞ名案とばかりに千花さんは手を叩いて言ったけど、そんな気持ちの悪いところ嫌に決まっているわたしは苦笑いを浮かべて大人しく雉間の部屋に入った。

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