6

 摩訶不思議な美和さんの手品を見終わり、わたしたちは満足してクルーザーを降りた。


 クルーザーを降りて桟橋に足を踏み込めば、そこはもう心霊島。心霊島ははっきりとした濃い霧で覆われていた。陽和港を出たときは晴れていた空も今は曇り模様。島に立つと波の音以外は何も聞こえず、それはまるでわたしたちの住む世界から別世界に迷い込んでしまったかのような奇妙な感覚だった。


 わたしたちが島に降りると、クルーザーは元来た陽和港へと帰って行った。次にあのクルーザーがここに来るのは二日後の朝だという。


「浮蓮館はここから歩いて五分ほどのところにあります。今ごろは呉須都様も着いているころでしょう」


 美和さんの案内に従い、桟橋から浮蓮館までの舗装された道を進む。


「私、こんなにも霧が出ているのはじめて見ますわ」

 わたしの腕にくっ付く菘は至極ご機嫌だ。

「ね、結衣お姉さま。舗装された道はこの一本だけのようですね」


 確かにそのようだけど、せっかくの舗装された道も菘のせいで歩きにくいったらありゃしない。


 坂道を歩き始めてものの数分、浮蓮館はあまりにあっけなくわたしたちの目の前に現れた。浮蓮館は西洋を意識したであろう、二階建ての赤煉瓦あかれんが造りの洋館だった。美和さんの話では浮蓮館は今から五十年前に建てられたって話だけど、驚くほどにその外観は綺麗。個人的にはせっかくの赤煉瓦造りなのだから壁につたの一本や二本這わせた方が雰囲気も出て良いと思ったがなんてことはない。浮蓮館という名前の由来は上空から見て島そのものをはすの花弁に、赤い浮蓮館を蓮の花托かたくに見立てて名付けたのだ。確かにそれじゃあ蔦を這わせては台無しよね。


「意外と綺麗なところね」とわたしが口にしようとしたとき、硫黄の臭いが鼻を突いた。

 すんすんと猫のように鼻を引くつかせる菘に、思い出したかのように美和さんが言う。


「ああ、そうでした。浮蓮館の中には皆様もお使いできる温泉がございます」


「ほう、温泉があるのか」


「ええ、そうですとも久良様。この近くには源泉が湧いておりまして、それを浮蓮館まで引いたのです」


 ふうん、温泉ね。いいじゃない、ゆっくりできそうで。


 そんなことを思っていると、

「うふ。ですって、結衣お姉さま!」

 と、横の菘がとても元気に言ってきたもんだから、これから数日きっとわたしはゆっくりなどできないのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る