3
雉間荘は学校から歩いてそれほど遠くないところにあった。
外観は写真で見た通りの綺麗なアパート。白を基調にしているのがまた何ともいいセンスで、気品漂うそのアパートは誰がどう見ても到底ここが家賃一万円の物件なんて思わない。
わたしは素直な感想を口にした。
「綺麗ですね」
「そりゃそうよ。だってまだ築三年だもん」
部屋は一階から三階まで十部屋ずつの計三十部屋。
アパート内部に取り付けられた螺旋階段を使って三階まで上がれば、外からはわからなかったけど廊下には暖色をあしらった柔い黄色のカーペットが敷かれていた。……このセンス、わたしは嫌いじゃない。
天音さんは慣れた足取りで三階まで上がって、一番近くの三〇一号室のチャイムを押した。
「ここがこの雉間荘の大家さんの、雉間くんの部屋よ」
その言われにちらりと見た玄関前の表札には『
「……」
必然的にわたしは無言になる。
だってこんなにも綺麗なアパートの一室にこんなにもアホのような表札があるなんて抜群にナンセンスなのだ。わたしは意識的にそれを見なかったものとした。
チャイムを押してしばらくすると、部屋の中からは男の人が野良ネコのようによたよたと出て来た。眠たそうな顔をして部屋から出て来たのは、ブラウンのズボンにブルーのワイシャツを羽織った、どこにでもいる普通の中肉中背の青年。軽くウェーブがかかった髪とくりくりとした大きな目が特徴的で、見た目は少し幼いけど確かに同い年って感じだ。
「わぁっ! 雉間くん元気?」
まさか本気で驚かそうなんて思ってはいないだろうけど、扉から顔を出して言った天音さんにその人は頭を掻きながら、
「あ、
笑顔で言った。
「もう、何言ってるのよ雉間くん。今はもうお昼の二時よ」
そう優しく返す天音さんはなんだかお姉さんみたい。
「あー、もうそんな時間なんだ……」
と、そこで初めてわたしたちの存在に気付く。
「あれ? 今日はどうしたの綾季さん、お友達連れて?」
「ああ、それがね、実は雉間くんのところでお部屋を借りたいって子がいたから連れて来たの」
わたしは菘に腕を抱きつかれながら笑顔でお辞儀をした。
すると雉間さんは困ったように、
「あー、だけど綾季さん、部屋は二つもないよ。今空いているのは一部屋だけなんだから」
わたしは、「一緒に住みますから部屋は一つで大丈夫です!」と答えようとする菘の口を手で覆って、
「住むのはわたしだけですから」
とこれ以上ないほどの満面の笑みで言った。
まったく、油断のならない子ね。
「まあ、そういうことよ雉間くん。それに雉間くんだって可愛い女子大生が住んでくれるなんて嬉しい限りでしょ?」
か、可愛いって……!
「えへへ、いやいや、そんな可愛いだなんて……。それも天音さんみたいに綺麗な人に言われたら。ふふ、も~う、なんだか照れちゃうじゃないですか~」
「どうしたのかしら雨城さん……」
「結衣お姉さまは今、あまり言われ慣れてない言葉に照れていますの……」
「そこっ! 声、聞こえてる!」
まったく、本当に油断のならない子ね。
「あー、それは綾季さん……」
すると、それまで神妙な顔をしていた雉間さんが口を開いた。
「最悪だよ」
なっ!
「あんたは可愛いって言えっ!」
「痛いっ!」
わたしは履いていた靴を脱いで、それで“雉間”の頭を叩いた。もうこいつにさん付けはなしよ! 同い年なんだし!
額に手を当てる雉間。目は涙目だ。
「ふふっ。まあ、そういうことね雉間くん」
「あー、痛いよ。それに綾季さんも、目の前で大事な後輩が見知らぬ人に頭を靴で叩かれたのに『そういうこと』はないよ。すごく痛いんだよ」
「雉間くん。だから見知らぬ人じゃなくて雨城結衣さんよ、これから三一二号室に住む。それに靴で叩かれたのは雉間くんが可愛いって言わないからダメなの」
天音さんのレディーに対する真っ当な訂正に、雉間は明後日の方を見た。
「あ、あー、そうだ綾季さん。ぼくは部屋が空いてないのをたった今思い出したよ」
はぁっ!?
こいつ明らかに嘘を吐いているな!
わたしがもう一発決め込もうかとすると、
「こら。いじわるはダメでしょ雉間くん。ちょうど一週間前に四年生の子が卒業して出て行ったばかりじゃない。それに、こんなガッツのある子他にはいないよ?」
「別にぼくはガッツのある子を入居させたいわけじゃないんだけど……あ、それに今、ぼく依頼で忙しくて……」
「ダメよ。依頼なんて探偵事務所を開いてから丸三年一度も来てないでしょ」
「……」
その言葉に雉間は諦めたように肩を落とし、「はぁ、綾季さんが言うなら仕方ないね」と部屋の中に案内してくれた。
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