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 ◇ ◇ ◇


 月和大学を出て、穏やかなに当たりながらしばらく桜道を歩く。風に揺れる満開の桜はわたしたちに微笑みをくれる。朝に見たニュースでは今年の桜は例年よりも開花が早いらしく、思えば先月である二月の気温は確かに高かった。どうやらこれが『桜開花四〇〇℃の法則』のようね。


 歩くときもわたしにべったりの菘に天音さんが話しかける。


「そういえば羽海はみさんも雨城うじょうさんと一緒に住むの?」


 わたしは迷いなく「はい!」と答えようとする菘をさえぎって、

「いえ、菘は別です。あ、そうです天音さん、菘が住むのにどこかいいところってありませんか?」


「う~ん、いいところ……。どこかあったかしらねぇ……」


 悩む天音さんの傍ら、横を見ると菘は「ぶー」とでも言いたげな顔をしていた。お嬢様がそんな顔をするんじゃない!


 腑に落ちないのか抗議してくる。


「どうしてですの結衣お姉さま! 私と一緒にお部屋を借りましょうよ。そうすれば結衣お姉さまの家賃はおろか生活費も、すべて私が出しますのに」


 くらっと眩暈めまいがしそうなほどに甘い誘惑……。(もちろん、後半の部分よ)


「なんだったら結衣お姉さまの面倒は一生私がみてもいいのに……」


「……」


 ときどき、この子は本気で言っているのかわからないときがあるから怖い。

 静かに菘から離れて、わたしは天音さんの横に並ぶ。


「ところで天音さん、どうして雉間しいま荘ってあんなにも家賃が安いんですか?」


「ああ、それはね。部屋を貸しているのは大家さんの副業なの」


「副業? では本業は?」


 その言葉に天音さんは少し呆れるみたいにして言った。


「本業は探偵なの」


 探偵……。

 わたしの頭の中をインバネスコート姿の老人がうろつく。


「なんだかすごいですわ、探偵なんて。かっこいいもの」


 興奮気味ではしゃぐ菘に、天音さんは照れたように笑った。


「そんな期待しても全然かっこよくないわよ。雉間くんは」


 雉間くん……?

 ふと疑問に思い、わたしが訊く。


「天音さんって大家さんと知り合いなんですか?」


「ふふっ。実は雉間くんはね、私のなの」


 へえ、そうなのね。大家である雉間さんは天音さんの後輩……って、え? 後輩……?

 違和感を覚えたわたしは多少物怖じしながら訊いた。


「あの、失礼ですけど天音さんっておいくつですか? 随分若く見えますけど」


「え、私は二十二歳よ。今年で二十三歳ね」


 二十三歳。どうやら違和感の正体はそこではないよう。

 なら……。


「その大家さんって、今おいくつなんですか?」


「そうねぇ……」


 天音さんは少し考え、


「確かわたしの四つ下だから、十八……うん。十八歳ね」


 十八歳ってわたしたちと同い年じゃない!?

 なんでそんな人が大家なんかやってんの?


 わたしの特大のクエスチョンをよそに天音さんは、

「あ、そういえば雨城さんたちも十八歳だったわね。それじゃあ雉間くんとは同級生だ。気軽に雉間って呼んでいいから仲良くしてね」

 と、子どものような笑みで微笑んだ。

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