第14節


 この世界へ召喚された時は、ただただ帰りたいと心底思っていた。


 それが八津原やつはら流唯るいの、偽らざる本音だったのだ。


 訳の分からない状況に陥り、いきなり世界を救えだの、その為の絶対的な力を授けるだの、理解を拒む事態の連続だった。友達に異世界転移ものの漫画やアニメに詳しい人がいて、無難な会話ができる程度にはそういった作品に触れた事はあった。それでも、実際に体感したいと思える訳もなく、その他大勢と同じように、狼狽しっぱなしだった。

 それでも受け入れてきた。力を継承して、使いこなす為に魔物と戦い、魔族との闘争を経て、世界を本当の意味で平和にしたい少女の願いを聞いて、力になりたいとここまで来たのだ。

 今は違う。故郷へと帰る前に、やりたい事とやるべき事が見つかったのだから。


「ねえ、これ私手伝った方が絶対いいよね?」

「必要ない。そも貴様は魂の回収に直接関与してはならぬと厳命されているだろう。手を出すなよ」

「だったら手伝わせないようにうまくやりなさいよ、全く」


 命を奪う算段をしている。

 金髪の令嬢を襲う騎士団、兄、ありとあらゆる人間から守る為に奔走していたというのに、よりもよって自分達を元の世界へ帰すとのたまう得体の知れない存在が、彼女を殺す算段をしている。

 腹の奥底から煮られ、焼かれるような感情に支配されていた。


「本当に冗談じゃねぇよ」

「……、」

「そもそも俺は、お前がミシェラ達と一緒にいるなんて知らなかったし、何をして、何を話してたかも全然、これっぽっちも知らねぇ……」

「そうか」

「だからさぁ……、いきなり生まれ変わりだからとか、俺らと同じ世界から来た魂だから返せとか言っても、理解も納得もできる訳ねぇだろ……!!!!」

「問題ない。元より貴様らの理解や納得など必要ないからな」


 逆撫でする言動だと理解した上で言っているのが丸分かりだった。柄を一層握り込み、いつでも攻撃できるように臨戦態勢を維持して、赤肌の異形へ鋭い眼光を向ける。

 灰銀髪の悪魔もそうだった。勝手に物を言って、勝手についてきて、勝手に物事を進めようとする言動ばかりだった。

 最初から、八津原達の事情など汲むつもりなどなかったと、黒髪の少年はようやく理解する。


「ガイラ殿……。貴殿が話した事情を聞いて、報いを受けると言ったことに嘘偽りはない……。我が身一つで許されるとは思えぬが、どのような罰であろうと、できることならば我が主が背負おうとしてるものも。肩代わりする覚悟だった!!」

「……、」

「だが、これは、あまりにも……。断じて、許すわけにはいかない……!!!!」

「何故だ? その主が望んでいる事だろう」


 眉間に皺を寄せているだけの無感情の目で見据えてくる蓋羅に、真っ向から、全力でその言葉を否定する。


「ミシェラ様に、異世界転移転生の責を負わせるつもりはないと、そう言ったな?」

「そうだ」

「それはミシェラ様に、この一件に関しての罪はないと、お認めになるのだな?」

「元よりそのつもりだ」


 ならば、と反りのある細身の刀剣を握り直し、自らの主人を守るべく闘志と忠義を滾らせる。


「殺させはしない。主の盾たる我が身を以って、貴殿を討つ……!!!!」

「やめなさいメイ!! 私は」


 そもそも、と感情を剥き出しにして、不敬と理解しても尚、己の揺るがない信念を叫んだ。


が罰せられる理由などありはしないっ!!!! 勝手に勇者召喚の要として祭り上げられ、勝手にその使命を背負わせられただけだ!!!!」

「っ!!」

「その上、三代目……イクミ様の転生者だから殺すだと……? 、殺すだと……? 看過できるわけがないだろう……!!!!」


 激情を込め、義憤を燃やし、射抜くような眼光で自身の敵を睨みつける。誰よりも、何よりも守るべき大切な人を、守り抜く為に。


「あーあ、面倒くさいことになったなあ。どーするのかなあ、ガイラくん?」

「どうもこうもない。貴様は下がっていろ。間違っても手を出すな」

「何余裕ぶってんだよ。こっちは三人だぞ。ローレンティア抜きで、たった二人で俺らに勝てると思ってんのかよ」


 手にした剣の他に、いつでも空間を開いて別の剣を飛ばす事ができる。神坂も。メイも、いつ攻勢に出ても反撃できるよう目を光らせていた。

 その三人相手に、赤鬼はただ冷静に、冷徹に言い放つ。


「何を言っている。貴様らを相手取るのに、二人な訳がなかろう」


 彼の背後に広がる森林地帯から、人影が飛び出してきたのは言葉を発した直後だった。

 黒い和服の装束、赤い肌、二本の角。

 冷酷さを宿した猛虎の双眸を持つ赤鬼――蓋羅が、八津原達の前に並び立つ。そして、内三人が右手を伸ばし、指先まで力を込めて手刀を作るのを見て、スキルや魔術を発動させようとした。


「――――っ」


 直後、手刀を自身の突き立てて貫く。

 呆気にとられていると、三人の蓋羅の姿がブレ始めた。動画のノイズのように姿形が変貌し、次第に霧に似た何かへと変遷した瞬間、一人へと集結して吸収されていく。

 一連の事象が収まった時、そこにはたった一人だけとなった、赤鬼の蓋羅が仁王立ちしていた。


「ああそうかよ。だったら遠慮はいらねぇな!! ぶっ潰してやるよクソヤロウが!!!!」

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