第13節


『我らの世界の魂を返してもらう』


 彼はに来たと最初から話していた。

 世界を救う。

 その大義名分を免罪符めんざいふとして、大勢の人間をこの世界へ召喚した。

 世界の為だとうそぶいて、魔族との対立関係の矢面やおもてに立たせ、望まない闘争の坩堝るつぼへと蹴落とした。これは、その報いなのだろうと、金髪の令嬢は考えていた。


「……ガイラ様」

「何だ?」

「これが、あえて隠していたこと、なのですか?」

「そうだ」


 そういえば、と少女は思い返す。

 蓋羅がいらはただの一度も、転移転生者の帰還を遅らせる事を了承してはいない。話を聞き、彼女達の立場や事情に対して理解は示しても、彼女の提案を受け入れる旨を口にしてはいなかった。

 最初から、受け入れるつもりなどなかったのだ。

 いや、そもそも、受け入れる事などできなかったのだろう。彼らからすれば、勝手な事情で八津原やつはら達を拉致し、戦いの渦中へ放り込んだ。それが正義だと誰も疑わず、正当であり正解であると思い、勇者という人柱に仕立て上げた。

 どれだけの無理難題と暴論を吐いていたのだ、と金髪の令嬢は心中で呟く。


(私は……私たちは罪を犯したのだ……。知らなかったでは済まされない、言い逃れも、弁明も許されない大罪を……)


 道中の、赤肌の青年との会話を思い出していた。

 至高神たる女神アスレアが齎した、異世界の勇者を召喚する術法じゅつほう

 それを、異世界の神々は許してなどいなかった。大勢の少年少女達、彼らを教え導く教師という役職の者達。全員にとって掛け替えのない家族、親類縁者に対しても、謝罪してもしたりない罪を犯した。

 そしてあろう事か、かつての勇者達も、この世界に縛り付けていた。天寿を全うし、その魂は神々の園へと送られ、故郷の世界へと帰還を果たし、救われたのだろうと勝手に思い込んでいた。

 誰も救えてなどいなかった。誰も許してなどいなかった。

 その証左が、目の前できっさきを向けて佇んでいる。


「そうだ。これだけは伝えておこう」

「?」

「宮先透子からの伝言だ。『「境戒壁きょうかいへき」の完全防壁化はあらかた完了しました。検証もなしのぶっつけ本番だけど、問題なく発動できたから大丈夫だと思う。どうかお元気で』……だそうだ」

「っ……!! さ、先ほど、待つ理由が、ないと……」

「ああ。彼奴あやつにもそう伝えた。だから俺が転送の準備を完了させる前に、きゅうごしらえで。『よくも焦らせてくれたな』と、悪態を吐かれたがな」

「そう、ですか……」


 唯一の気掛かりだった、達成すべき目的の一つが完了した事実を聞かされ、そこで肩の荷が降りた気がした。

 抱えられたメイの身体からするりと抜け出し、彼女から静止するよう呼びかけられても無視して数歩進む。


「姫様、何をしているのです!!」

「メイ、これは命令です。これから何が起きても、一切の手出しは無用です」

「な、何を言って……!!」


 八津原達の傍を横切り、赤肌の青年が駆け出せば一秒もしない内に刺殺できるであろう距離で佇み、向き合う。


「殺すのは、私だけなのですか?」

「……貴様以外にもう一人、転生者がいる。ただ、それはメイ・マツカサ・カノンランスや、貴様の親類縁者ではない、貴様とは無縁の存在だ。そういう意味では、殺すのは貴様一人だ」

「そうですか……。それを聞いて、安心しました」


 抵抗する意思も何もないと、両腕を広げてその身を差し出す。


「逃げも隠れもいたしません。どうぞ、三代目勇者様を解放してください」

「ちょっと、ミシェラちゃん!!!?」

「何やってんだよ、お前!!」


「お二人とも、手を出さないでください」


 振り返る事なく、突き放すように発せられた命令。今までの柔和でお淑やかな言動からかけ離れ、断頭台に上がるが如く、その身を刃の元へ差し出そうとする。


「知らなかったとはいえ、三代目勇者様をこの世界に縛りつけてしまったこと……、大変申し訳ございませんでした」

「……」

「ヤツハラ様とコウサカ様のこと、どうぞよろしくお願いいたします」


 後悔は、当然ある。

『境戒壁』の完全防壁化によって魔族侵攻を阻止できたとしても、問題の先延ばしにしかならない。数千年、数万年の遠い未来、時間をかければ、魔族の力で突破できる日は必ずやって来るだろう。

 あるいは人類側の、魔族に対する認識を改善できなければ、のちの未来で人類側が結界の解除を試み、再び戦争を引き起こすかもしれない。『異世界召喚の儀』も、叔父の件も、放置したままでは新たな騒乱の火種になりかねない。

 勿論、死にたくないという至極当たり前の感情だってある。

 ただ、そんな我が儘に蓋をするのには慣れっ子であった。妖精種エルフの王女にしてみせたあの所業を目の当たりにして、自身だけ例外などと思える程、ミシェラという王女は図太くもいやしくもない。

 要らぬ心配と思いつつ、せめて赤肌の青年が責任を感じないよう、笑顔でその鋒を受け入れようと努める。


(結局、助けてくださった御礼、ちゃんとできませんでしたわ……)


 公開が増えてしまった。思考と相俟って、自身の事が酷く滑稽に思えてしまい自然と笑みが溢れてしまう。

 だから、


「……当然と言えば当然だが、納得しているのはのようだな」

「…………え?」


 自身の傍を横切る数本の刀剣が赤肌の青年を襲撃し、二人の青年と灰銀髪の少女を刀の一閃で吹き飛ばす黒髪の女傑の姿に、心の底から驚いてしまった。


「なっ、なにを……!?」

「姫様、御命令に背くこと、どうかお許しくださいっ!!!!」


 後ろから抱えられ、そのまま八津原達の背後まで連れ戻されてしまう。瞬間、神坂が杖を振り、赤肌の青年達へ無数の雷を降らせた。

 空気を焼き、弾き飛ばす轟音の中で、ミシェラが三人へ必死に抗議する。


「やめて、やめてください!! 彼らは貴方がたを、元の世界へ帰すために来たのです!! このようなことをしては!!」

「俺はまだ帰らねぇって散々言ってんだよ!! そんなん却下だ却下!!」


 更に十本の剣を異空間から取り出し、そのままボウガンのように射出して攻撃する。雷撃の嵐の中を通過し、抉れた岩や倒木を薙ぎ払いながら異形のいた場所を悉く破砕していった。


「やめてと言っているんです!!!! 私は死なないといけないの!! そうしないと……貴方たちどころか、この世界を守ってくれた、かつての勇者様たちまで、私たちの勝手でずっと縛り続けていたんです!!!! だからっ!!!!」

「それ以上死ぬ死ぬ言ったら、本気で怒るよ、ミシェラちゃん…………!!!!」


 空中に光り輝く魔法陣をいくつも形成し、槍状の閃光を何本も生み出して雷撃の嵐へ突撃させる。着弾と同時に、圧倒的熱量でもって全てを焼き、爆撃していく。


「正直、わけわかんないことの連続で頭バグりそうだけど、これだけははっきりわかる……」


 周囲の瓦礫や地面を抉り飛ばして、破壊の限りを尽くして薙ぎ払ってみせたというのに、粉塵と煙の中から生還してみせる異形達へ向けて言い放った。


「私らの大切な友達を殺そうとしてるあの人たちは、敵だってことが!!」

「むしろ理解が遅いくらいだぞ、神坂こうさか未織みおり


 一撃、手にした黒い鋼索を振り回し、粉塵を払い除けてみせる。様子を伺うように佇む赤鬼の隣では、呆れと嘲笑の表情で見つめてくるローレンティアの姿があった。


「ローレンティアちゃんも同じ意見なの?」

「えー、当然でしょ? ずっと散々言ってるじゃん。あんたらを元の世界に、とっとと終わらせたいの、こんなクソみたいな任務」

「そう……」


 涼しい顔で答える灰銀髪の悪魔に、悲痛な面持ちで杖を構える。

 望んでいない、そう言いたかった。

 幼少から命を狙われ、決して多くはないが掛け替えのない人々に助けられ、支えられ、他の世界から来た少年少女と、立場を度外視した関係を築けて、彼ら彼女らに報いたいとずっと考えていた。その為に死ぬ訳にはいかないと、ずっと思い続けていた。

 ただ、その決意の矛先が変わっただけだ。彼らに報いる、自らの一族と過去の人々の罪禍を背負わなければならないというのなら、この命を差し出す事に一切の迷いはない。

 命の差し出し方と、タイミングを見計らっていた。それが今になったというだけ。

 そうするべきだと思っていた彼女の目の前で、三人の戦士が立ちはだかる。


「マジでふざけんじゃねぇぞ、バケモンどもが……!!!!」


 金髪の令嬢の愚かしい決意を、踏み躙る為に。

 異形の青年の無慈悲な所業を、叩き潰す為に。

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