第3節


「一年以上前、私が神威しんいの力をあつかえるようになったことで、『異世界召喚の儀』を取り行いました。儀式は成功し、人類の待ち望んだ勇者を招くことができたんです」


 ですが、と当時のことを思い出して無意識に引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「まさか……なんて思わなかったんです……!! 儀式を執行しっこうした瞬間、設営した陣とは別に、城中の至るところに魔法陣と思しき紋様が浮かんで、その全てに、勇者様方が一斉に現れて……!」

「…………、」

「正直、皆様の前で平静を装えたか、今思うと自信がありません……」


 国史こくしなどの公的記録上では、儀式によって召喚された勇者は一度の執行しっこうに一人だけだった。八津原達と同じニッポンという国の人間だったり、別の国の人間を召喚することもあったという。だから今回も、どのような人種であろうと一人程度だろうという先入観があった。

 勿論もちろん、人類側からすれば嬉しい誤算だった。一人であろうと魔族や魔王を討滅とうめつできる実力を持つ存在が、実に千人以上も現れたのだ。数だけで言えば一国の軍隊にも匹敵し、戦力で言えばそれをはるかに超える存在が召喚に応じたことで、人類の勝利は揺るぎないものになったと歓喜に打ち震えた。

 そう、ただ一人を除いて。


「あの時ステータスは、どれも歴戦の剣士や大魔術師と呼ぶに相応しいものばかりでした。神の恩寵ギフトの前では、人の努力や研鑽けんさんなど無意味なのだと思えてしまう程に……」


 不都合、その三文字が脳内を支配してしまった。

 命の恩人であり親友。王族の娘という境遇きょうぐうも、敵対する種族同士という関係も、彼女と他愛ない会話を交わす間だけは忘失ぼうしつすることができた。

 そんな彼女と彼女の同族を、故郷を、その全てを圧倒的暴力で蹂躙じゅうりんしてしまう事態に、後先を失念して異議を唱えそうになった。

 どうにかしなければ。その一点に思考を巡らせて、やがて一つの策謀さくぼうを思いつく。


「私の持つ『鑑定』は、今のところ私しか持っていません。加えて、この力に類似した、『鑑識読解リーディング』という魔術があるのですが、この術では把握できない、より深く膨大な情報も覗くことができるのが、私の持つ『鑑定』という恩寵ギフトなんです。つまり……」

「仮に貴様が虚偽きょぎの情報を口にしても、その真偽を判別できるものは誰もいないということか」


 赤肌の青年の言葉を肯定する意味で、金髪の令嬢は目を細めて満面の笑みを向けてきた。

 彼女が王と、王国軍の中核である兄に進言したのは後述こうじゅつの通り。

『彼らは潜在能力こそ達人や賢者に値する者ばかりですが、今の身体ではその力を十全に発揮はっきできない』、『無理矢理引き出そうとすればその身を引き裂き、最悪肉壁にくかべにすらならないまま命を落とすだろう』、と。

 彼らが戦争とは無縁の社会構造の国家からやって来たことも都合が良かった。

 召喚した理由、この世界の現状を伝えた途端とたん、初めこそ浮かれていた者達も徐々に恐怖心と焦燥感を露わにしていった。

 故に、国王である父や、王国騎士団の参謀という立場にいる兄へ、更にこう進言した。

 騎士達や宮廷魔術師の元で鍛錬たんれんを積ませる。

 期間などは経過を見て判断するなど、議論の余地をあえて残しつつ、召喚した勇者達を魔族との戦闘から遠ざけるように事を運ぼうとした。彼女の『鑑定』は身内である王族は勿論、王城勤めのあらゆる人員、果ては国民や同盟国の人民にも一目置かれるものだった。その彼女からの助言とあらば、無下にする理由など皆無だ。

 しかしそのままでは、魔族からの侵攻しんこうがあった場合に対処できないという問題もある。そこで彼女は、そちらの対処も同時に行うことにした。

 アーシェラに、『異世界召喚の儀』の成功をあえて魔王に伝えるように頼んだのだ。


「アーシェラの放浪癖ほうろうへきは魔王にも知られていたらしくて、何度も叱られてると愚痴ぐちを聞かされてました。ならばそれを利用して、勇者が召喚されたことを偶然知ったというていで、魔王に伝えるように言ったんです。その後、話の信憑性しんぴょうせいを持たせるために、修行と称して勇者様達には魔物討伐の遠征えんせいや、周辺諸国への出向などに向かわせて、魔王軍側にも情報が漏れるようにしたんです」


 アーシェラ曰く、魔族にとっても魔物は厄介な害獣がいじゅう扱いの存在で、基本的に討伐の対象らしい。彼らの使う魔法や魔術の中には、魔物を手懐けられるものもあるらしいが、使いこなせる存在は稀だという。

 故に魔物の個体ごとの強さ、増殖の速度、討伐時の厄介さを嫌というほど理解している。

 そのような存在を、まだ年端もいかない少年少女が、魔族の領土との国境付近で軽々と討伐してみせれば、魔王の娘の証言に説得力を持たせられると共に、人類側の戦力をある程度予測させることもできる。

 狙い通り、魔王も馬鹿ではなかった。山脈に点在する魔王軍側の駐屯所にて、監視の任に就く兵によってあっさりと情報が伝わり、アーシェラの言葉の証左となった。

 結果、千を超える勇者を相手に戦争を仕掛けるなど考えなかったようで、暫くは様子を見ると魔王は判断した、とアーシェラから伝えられた。


「今の転移者達が召喚されるまでは攻め込んでこなかったのか?」

「初代勇者様が考案、構築なされた『境戒壁きょうかいへき』という結界のおかげで、容易に攻め込まれる心配はない。魔王が復活する折、万が一結界が破壊されても対抗できるように、勇者様を召喚できるはずを整えておくことで侵攻に備えてきたのだ」


 互いに拮抗した戦略兵器を持っていれば、戦争の発生を未然に防ぐことができる。

 先延ばしにしかならないとしても、対等な立場を築き上げる為に、抗争という状態が不利益を生むと思える状況を作る。

 親友との交流を守るという、安直で浅ましい理由の為に。


「ですが、およそ二ヶ月前、魔王軍の将校の一人が、独断で攻め込んできたんです」

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