第2節


「私は、王族の身でありながら、敵対する魔族との和平わへいを望み、その為の画策かくさくを続けてきました」

「…………、」

「この世界では、魔族は人類にとっての敵です。魔族も、人間を仇敵きゅうてき見做みなしています。長い間争い合い……。最早その戦禍せんかは、どちらかがほろぶまで広がり続けると、誰もが思う程でした」

「確か道中、異世界召喚に関する説明で、そう話していたな。それが、この世界の至高神の望みだとも」

「はい。ですが私はその現状に、その常識に、疑念を抱いてしまいました。本当に、徹底的てっていてき排除はいじょすべき存在なのかと。本当に人類にとって、滅すべき存在なのかと」


 その疑念が生まれたのは、彼女が七歳の誕生日を迎えようとしていたある日の出来事だった。

 生誕の日に合わせて、至高神しこうしんである女神からの祝福を受けるべく、国内の主要な礼拝堂れいはいどうを巡礼するという王族の習わしがある。本来は十五歳――この国での成人年齢になる頃に行うのが慣例かんれいなのだが、ミシェラだけ例外とする理由があった。

 彼女がこの世に生を受けた直後の洗礼にて、『鑑定』という恩寵ギフトを授かっているばかりか、『異世界召喚の儀』に必要不可欠である、『神威しんい』と呼称される特殊な魔力を宿している事が判明した。

 逆説的にそれは、異世界から勇者を召喚しなければならない事態が、近い将来発生するという神託しんたくでもある。そう判断したクレイテスラ王は彼女を特別な存在として、『異世界召喚の儀』の為の装置として扱ってきた。齢十にも満たない彼女を早々に巡礼へと向かわせたのも、召喚の儀式を万事ばんじ万端ばんたんに整える為だった。


「その道中で、私は殺されかけました。野盗にしては小綺麗な統率の仕方をする者たちで、あっという間に私に付き添っていた騎士達を殺してしまったんです」


 当時の事情や、道中の出来事を語る彼女は、それこそ昔読んだ童話の内容を思い返すような気軽さで語っていた。


「今思えば、王位継承や内政に横槍を入れたかった叔父様あたりの差し金だったのでしょうが、今となっては判然はんぜんとしません。ともあれ、私もその場で殺されるところだったのですが、その時私を助けてくれた方がいたんです」


 懐かしさに表情を和らげる彼女の目は、雲一つない蒼天へと向けられている。今も頭に刻まれている凄惨せいさんな記憶の中で、唯一と言っても過言ではない希望の光景を思い出していた。


「アーシェラ。現魔王の娘で、私の命の恩人で、です」

「……それが、貴様が魔族との融和ゆうわを望む理由か?」

「それだけではありませんが、きっかけであり、理由の大半を占めているのは確かです」


 一瞬でも死を覚悟した少女の目の前に、襲撃する不届者ふとどきものへ割って入る形で現れたその存在を、最初は神が遣わした使徒しとの類いなのかと思ってしまった。

 満月のような淡い白銀の髪に、薄桃の金剛石こんごうせきを思わせる瞳、金属と見紛みまがう輝きを放つ白銀はくぎんの翼を背に携えた、自身と同い年くらいの少女だった。陶器のような白い肌と合わせた純白の絹のドレスによって、まるで白という色が人の形をかたどっているような姿をしていた。

 黒ずくめの外套で身を隠した襲撃者達が消えたのはその直後だった。何かしらの攻撃で吹き飛ばされたとか、ではない。文字通り、瞬きの間にその場から消失してしまったのだ。


「異能という、魔族固有の力を持っていたんです。その中でも彼女の力は異質で……。『空間転移』、恐らくこの世の誰も見聞きしたことのない、この世界で唯一の力なんです」

「その力で、見ず知らずの貴様をわざわざ助けたというのか」

「あの場に来たのは本当に偶然だったそうです。どこまで遠くに転移できるか試していたと言ってて、そしたら自分が襲われたと思ってぞくを飛ばした、と」


 場違いにも程がある物言いを思い出して笑ってしまう。彼女にとってはそれが魔族と初めての邂逅かいこうだったというのに、それどころではない状況と感情の乱高下で目が回ってしまった。

 そんな彼女を、翼を持つ魔族の少女は心配そうに介抱かいほうしてくれたのだ。流石に王城まで送ると言われた時は、この状況含めて誤魔化ごまかせないと子どもながら考えて、せめて近くの村へ送り届けてほしいと頼むと、こころよく聞き入れてくれた。


「村の方が早馬を出してくれたことで、騎士団の皆が迎えに来てくれて助かりました。そしたらその数日後に、私の自室へ突然来たんですよ、あの子」


 それから、魔王の娘との交流が始まった。

 基本的に『空間転移』を利用してアーシェラが一方的に訪問し、好き勝手に言葉を交わし、気ままに帰っていく。そんな他愛のないやり取りを繰り返すだけの、彼女達だけに許された時間だった。


「貴様は知っていたのか?」

「当然……と言いたいところだが、御本人から聞かされるまで気づかなかった。まさか王城どころか姫様の部屋に、誰にも気取られることなく出入りしている者がいるなんて。当時の私は、自らの至らなさに憤慨ふんがいすら覚えたものだ」

「そうは言っても、あなたもまだ十歳になったばかりだったじゃないですか。まぁ、そんなあなただから、私たちの秘密を明かしても理解してくれると信じて、教えたんですけどね」


 当時、事あるごとに訪問ほうもんするアーシェラの行動があまりにも大胆だいたん不敵ふてきで、いくら隠密性おんみつせいに優れた異能とはいえ露見してしまうのは時間の問題だろう、と子どもながら考えてしまった。

 そんな幼き才女の、精一杯の対策が、協力者の確保。その人物として白羽の矢が立ったのがメイだった。

 彼女の直属の護衛に着いた時、メイの年齢は九歳だった。

 カノンランス家当主は代々、『異世界召喚の儀』を執行する才覚に目覚めた王家の者を護衛する役割がある。

 アーシェラとの出会いのきっかけとなった先の襲撃事件によって、当時護衛を任されていた先代当主――メイの父は身を挺して護衛を果たそうとし、利き腕を切り落とされるという大怪我を負ってしまう。一命こそ取り留め、表向きには彼含めた護衛の騎士達がミシェラを守り抜いたということになったが、前述の怪我が元で護衛の任を解かれ、当主の座も退しりぞくこととなった。

 子どもでありながら当主の座と直属の護衛を拝命はいめいしたメイだったが、当時既に初代勇者の残した剣の奥義を全て習得してみせるという偉業いぎょうを成した彼女に、異議を唱える者など存在しなかった。

 元々、先代当主を通じて交流を深め、姉妹のように仲良しであったメイが護衛になってくれた事は、ミシェラにとって幸運だった。先述の懸念けねん払拭ふっしょくすべく、彼女に協力を申し出たのも、ある意味必然の行動だったのかもしれない。


「告げられた時は本当に……、本当に頭を抱えました。当時の私にとって魔族とは、倒すべき敵としか思ってませんでしたから……」

「……それでよく受け入れられたものだな」


 淡々と零した蓋羅がいらの言葉に、女傑は懐かしむように言葉を返す。


「直接言葉を交わしてみて、アーシェラ殿の純真さに考えを改めたのだ。何より、彼女はミシェラ様の命の恩人。感謝こそすれ、憎悪や敵意を抱くなど、できるはずもない……」


 毒気を抜かれた、とも言えるかもしれない。

 秘密の交流が三人に増え、段々とお互いの人柄や、お互いの種族の事、国の事を知っていき、いつしか人と魔族という意識が薄れていった。この関係が、一生続けば良いと願ってしまう程に。


 そのような状況が一変する事件が起きた……起きてしまったのだ。


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