第3章 例外なき残虐、差別なき救済

第1節

 赤肌の青年が加わり移動してから、一時間程経過していた。

 王国内の三分の一を覆う森林地帯。領地としていても、人の手が届いている場所などほとんどない原生の密林みたいなものだ。似たような木々と獣道、およそ人が踏破するには困難を極める地形となっている。

 そんな道程を、ミシェラは履き慣れない長革靴で懸命に踏ん張り、太い根が蔓延はびこる斜面を進んでいた。

 少し先を行くメイの手を借りて登り切ると、先に進んでいた蓋羅がいらが振り返る。


「今のところ、周囲に魔物も人の気配も感じられない。進んでも問題ないだろう」

「は、はい……わかり、ました……」

「…………」

「あ、あの、どう、なさいましたか……?」

「……流石に、移動に支障が出始めている。しばし休息するか」


 そう言って、手近な倒木を持ち上げて、ミシェラの傍まで持って来ようとする。それを見て、金髪の令嬢は慌てて止めようとした。


「お、お待ち、ください……!! そのようなことを、する必要はっ、けほっ……!!」

「姫様!! 大丈夫ですか!!」


 呼吸を整えずに声を張った所為でせてしまう。そら見たことか、と言いたげに彼女の後ろへ倒木を敷き、半ば無理矢理むりやり座らせた。


「申し訳、ございません……」

「謝る必要はない」

「ですが、私自身も、急がなければと言っておきながら、この体たらくで……」


 言葉の通り申し訳が立たないという面持ちであるミシェラに対し、赤肌の青年は、無表情無感情の顔で、自身らが歩いてきた道程を振り返る。


「ここに来るまでに何百という魔物に襲われ続けたのだ。それで疲労を感じぬという方が奇妙きみょう奇天烈きてれつであろう」


 歩いてきた道なき道の周囲は、薙ぎ倒された木々に抉れた地面と大岩の残骸だらけ。襲撃してきた魔物の大半は蓋羅の『五色ごしき蓋眼がいがん』によって退しりぞけ、残りはメイの手で討伐とうばつできたので、彼女らへの被害は皆無かいむと言って良い。

 しかし、常に化け物の視線を感じ、恐ろしい猛攻もうこうに晒されながらの移動続き。しかも屈強な戦士でも何でもない少女が徒歩で行くには無謀むぼう極まりない土地。

 正直ここまで体力が持っただけでも、すさまじいの一言に尽きる。一旦敵を撹乱かくらんする為にかなりの距離を走り抜けた事もあったので、気絶しなかっただけでも大したでものだった。


「気配を消失させる術法じゅつほうも、枝葉と接触した際の微細びさいな音や、空気の移動する感触まで消失させることはできないようだ。それらを感じ取れば、少なくとも奇襲を察知することは可能だ。休息するのに支障はない」

「……そんな野生の獣じみた方法で看破できるガイラ殿も、大概奇天烈きてれつに思えるがな……」


 辟易へきえきする女傑の言動など気にしない青年は、息を切らす金髪の令嬢の様子をうかがう。胸に手を当てて息を整えようとする彼女の額から、数滴汗が滴り落ちる。すぐにメイが自身の手拭いを使おうとすると、自身の服の袖で乱暴に拭って立ち上がった。


「すみません、お待たせしてしまって……。行きましょう」


 歩き続けた疲労が残ったまま、それでも時間を浪費してはならないと足早に進み出す。

 そうして数分、歩き続けた先の景色に変化が訪れる。

 大木ばかりの森の中に、まるで巨人の振るうつちで叩き潰したと思える程の、広大な荒地があった。一番遠い場所に生える無事な木々が、掌の大きさに見えるくらいにその荒地は広がっており、横たわる木々は薙ぎ倒され、その殆どが物凄い圧力で潰され地面に減り込んでいる。

 あるいは、熱と衝撃で血管のような焦げ目を浮き立たせて弾け飛び、またあるいは芯まで真っ黒な炭へと変貌している。地面はえぐれ、焼け溶けた岩が横たわる光景が広がっていた。


「……ここならば、ヤツハラ様達以外は、近づくこともないでしょう」

「そうなのか。確かに、たとえ見つかったとしてもあまり近づきたくない場所に見えるが……」


 荒くなった息を整える為に手近な倒木に腰かける金髪の令嬢の言葉に、あまり納得をしていないような言動で返す。

 たたずむ姿は、あるいは次の言葉を……彼の持つ疑念を晴らしてくれる回答を待っているかのようだった。

 異世界から召喚した少年少女達の帰還を待つ理由、この場所を集合場所として異世界から召喚した少年少女達と合流する理由、あるいは、最初に出会った際に自国の騎士達から追われていた理由……。もしくは、その全てを。


「ここは、今から二ヶ月ほど前の戦闘で、大規模魔術の爆心地になった場所です。その影響で膨大な魔素まそ……魔力の元になる物質とでも言いましょうか、それが高濃度に滞留たいりゅうしてしまっているので、この場所には近づかないよう国全体へお触れを出してるんです」

「……」

「高濃度の魔素まそは、あらゆる生物にとって毒になり、魔物が出現しやすい環境になります。なので、滞留たいりゅうする魔素まそが霧散するまで近づいてはならないと、国の騎士達にも通達していますので、ここに追っ手が来ることもないでしょう」

「……、」


 ミシェラの説明を聞きながら、蓋羅がいらは炭化した木の一片を拾い上げる。崩れて掌に付着した煤をはたき、人差し指に残った僅かな黒色の汚れをまじまじと見つめて口を開いた。


「成る程、

「……


 指摘を受けても大して驚愕きょうがく狼狽ろうばいもしない、清々しさすら覚える微笑を浮かべる。バレてしまっても大した問題ではないと言いたげに、金髪の令嬢は赤肌の青年へ質問した。


「何故嘘だとお分かりに?」

「その高濃度の、まそ、なるものを毒と称したろう。そのようなものが充満する危険地帯へ赴く事を、そこの従者が許すわけがない」

「……っ」

「確かに。メイなら全力で止めるでしょうね」

「加えて、そのような場所を転移者達の集合場所に選ぶ事に、違和感を覚えてな」

「違和感、ですか?」


 ああ、と一拍置き、懐から手拭いを取り出して指に付着した汚れを拭き取る。


「情か、信念か……。いずれにせよ、転移者である我らの世界の住人達を危険な目に遭わせるような真似はしない人間であると、俺は貴様をそう認識している」

「……そう、ですか。そのように言っていただけて嬉しく思いますが、私はそこまで高尚な人間ではありませんよ」

「……、」

「ガイラ様、聞いていただけますか? 私がなぜ、異世界の勇者様の帰還を待ってほしいのか……本当の理由を」


 浮かべている笑みは、先程までの親愛や、相手を安心させる類いのものではない。むしろ、拒絶されても仕方がないと達観し尽くした、自嘲じちょうの表情だった。

 彼女の要求に赤肌の青年は沈黙で肯定こうていし、意図を汲み取った金髪の令嬢が独白どくはくを始めた。

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