第9節


「私たちの暮らしてる世界ってさ、魔法とか超能力とか、君たちが想像してるようなファンタジーな概念ってあんま存在しないんだよねー」


 別方面から合流地点を目指している八津原やつはら達一行。

 灰銀髪はいぎんぱつの悪魔が、およそ似つかわしくない台詞を何の気なしに口にする。


「存在しないって、悪魔とか鬼とかいるのに?」

「ホントだよ。厳密に言うと、君たちが暮らしてる現世において、人間には容認されてないの。魔法とか超能力とかの、『世界のルールを書き換える理論』ってやつが」

「? 書き換える?」


 見えないベッドにでも寝そべるような体勢で話す姿は、寝室で扇状的に誘う娼婦に思えるだろう。しかし神坂こうさかは同性故に気にも留めず、八津原は先の不気味な害意に当てられた影響でそういった印象や想像が抱けない状態になっていた。


「私たちみたいな、悪魔とか天使とか、精霊、妖怪とかのは、ある程度世界のルールから外れた権能を持ってる。でも大したもんじゃないよ。私とかだと、霊魂のままでも少しの時間だけ現世で行動できるとか、生物の欲求のうち、『性欲』と『睡眠欲』を増幅させる、とかくらいだし」

「そうなの?」

「そうそう。だから本当なら地上で活動するための仮の肉体とか用意しないとダメなんだけど、この世界は都合よくて助かった。


 一区切り置いて二人を指差し、


「でも君たち人間にはそういったものは一切許されてない。君たちが物理法則とか呼んでる世界のルールを、一時的にも恒久的にも変容へんようさせてしまうような理論、あるいは法則のようなものは、私たちの世界には存在しないの」

「…………?」

「ありゃ、これは微妙びみょうにわかってないっぽいな、うーむ……」


 うんうんと唸りながら器用に空中で寝返りを打つ。逡巡しゅんじゅんの後、何かを思いついたのか再び二人へ顔を向けた。


「二人ともさ、FPSって知ってる?」

「えっ、うんまぁ。銃でバンバン撃ち合うやつでしょ? やったことないけど」

「言い方……。一人称視点のシューティングゲームだろ?」

「逆にヤツハラくんは言い方硬いなぁ」


 それがどうしたと言いたげに視線を送ると、今度は右手で人差し指と親指だけを立てて、拳銃に見立てた手を向けてくる。特に攻撃する気はなく、あくまで振りのつもりでスナップを利かせて手首を上方へ捻る動作をした。


「例えば、SF寄りのFPSがあるとします。そのゲーム内で、そうだな……。マジックポイントでもなんでもいいけど、何かしらのエネルギーを消費するタイプの魔法があったとします。それを、今話したFPSで使用できるでしょうか?」

「は? えっと……FPSって、銃使うやつでしょ? なんでいきなり魔法?」


 割りとファンタジーな要素満載な存在である悪魔が、随分と機械的な話をし始めて軽く困惑してしまう。とりあえず質問の内容はある程度理解できたので、素直に思い至った回答を口にする。


「できないんじゃないか? SFなんだろ? まぁ、ゲームの話だからシステムに導入します、とかすればできそうだけど。ってか銃で撃ち合う世界観に魔法とかあり得ないんじゃ……」

「ピンポーン。要はさ、ゲームシステム的に可能かどうかって話。攻撃方法にマジックポイントとか魔法発動の仕様とか一切組み込まれてないのに、現実世界っぽい世界観のゲームで使えるわけないじゃん。それと一緒で、元の世界では、魔法とかが使用できるのに必要な理論とか理屈とか常識とか法則とかが、


 当人としては分かりやすい例えとして用いたつもりなのだろう。八津原は少しだけ理解しているような面持ちで聞いており、反面神坂は理解が追いついていないのか首を捻るばかりだった。

 例えばの話。

 雨や滝がそのように振る舞うのは、水という物質が温度などの条件下で液体となり、惑星の影響を受けて上から下へ落ちるという法則があるから。

 物体の色を把握できるのは、物質に当たった光の中から特定の波長だけが反射し、その波が生物の視覚を司る器官へ到達するという現象があるから。

 それらと同じなのだ。

 魔力という形而上学的力場けいじじょうがくてきりきばを利用して、呪文あるいは方陣ほうじん等の術式と呼ばれる制御法によって、あらゆる諸現象を発生させる術法――魔術がこの世界に存在するのは、『それらが実現する為の法則や理論』が存在しているから。

 称号も、恩寵ギフトも、様々な多種族や魔物などの生物群の生態系も、この世界の法則下で繁殖と拡大、淘汰と絶滅、適応と進化を繰り返した結果に過ぎない。


「そんで、君たちはこの世界にある魔術、称号、恩寵ギフトなんかを付与されちゃってるわけで。そのままの状態で元の世界に返すってなったら、どうなると思う?」


 うまく想像できていないのか、今の問いに二人とも首を横に振ってしまう。仕方ないと言葉を続け、学習塾の講師にでもなったように答えを提示した。


、世界が。規模や出力が弱ければそもそも発動すらしないんだけど、いわゆる大規模って形容できるレベルの魔法や魔術を使った瞬間、正しく現象として反映されずにドカーン!! ってなる」

「ド、は……? どういうこと?」

「例えば、シミュレーション上だけの話で実際にあったわけじゃないけどね。確かトウキョウが消し飛んで、周囲の空気とか地面とか海水の物質がヤバいものに変質して、生物が軒並み死にまくって……。ってな感じで、なにがどれくらいのレベルで、どんなことが起こるのか全く予測がつかないんだよね」


 誇張こちょうでも比喩表現ひゆひょうげんでもない。

 ゲーム内の設定では存在しない諸現象を扱える、何処からともなく介入してきたキャラクターが発現すれば、正しく出力できないのと同じ。近似となる現象へと変換されれば御の字で、全くの未知、不可解の現象となってしまえば、現実世界にどのような影響を齎すか予測できない。

 そしてそれは超常存在――ローレンティア達のような存在にとっても看過できない事態である。


「そうならないために、送還する前に神側でそういうノイズになるものを削除しないといけないの。わかった?」

「……私が知ってる異世界転移ものだと、転移先で手に入れた力を元の世界でも使ってQOL爆上げするってのがあったんだけど……」

「そんなコーサカちゃんにぴったりな、素敵で便利な言葉を教えてあげましょう。『この作品はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません』」


 満面の笑みでそう言い放つローレンティアに、薄金髪の少女は納得しつつ小馬鹿にしたような言い回しに若干の苛立ちを覚えてしまう。ここまで空想染みた事態が連続して起きているというのに、元の世界への帰還は随分と融通ゆうずうが利かないらしい。

 ただ、別に未練はない。元の世界へ帰れるとして、現代日本の日常にこんな物騒な力が必要なのか、使い物になるのかと考え、即座に心中で否定する。

 八津原やつはら神坂こうさかもそれぞれ違う力を授けられた訳だが、どれも『魔族を倒せるもの』だ。

 ひるがえってそれは、人類に対しても脅威となり得る力である。使用者がその倫理観を、理知的な判断を誤れば、有象無象を殺戮さつりくする怪物となるだろう。

 だからむしろ、元の世界へ帰る前に全てをリセットできるのならば、八津原や神坂にとっては願ってもない対応だった。


「……、」

「まぁそういうわけだから、ガイラくんと合流して、こっちに神が来るまではステイだね」

「ってことはまだその神様は来てないのか。いつ頃来る予定なの?」

「さぁ?」

「さぁって! テキトー……」

「だってしょうがないんだもん。不本意だけど、私らが神に合せなきゃいけない立場だからさ、いつ来てもいいようにスタンバっとけってのが基本方針だし」

「なにそれひっど。めっちゃブラックじゃん」


 そうなんだよー、と悪態を吐いて溜め息まで垂れ流す。八津原もその様を見て、事情を知らないまま帰還を拒否したことに対して、僅かにだが申し訳なく思ってしまう。

 だがその思いも、結局は先程ぶつけてきた負の情念や、ずっと神坂に鬱陶うっとうしい絡み方をしている姿を見てすぐに消えてしまったが。


(せめて、せめてミシェラの夢が叶うまでは……)


 怪物に悟られないよう、身の内で立てた誓いをもう一度思い出す。

 合流地点まで、今少し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る