第5節


「私が先行して敵を蹴散らす。ガイラ殿、姫様のことを頼む」


 白銀の刀身を、唸り声を上げて威嚇する黒い怪物達へ向ける。木々や茂みの裏から次々と現れ、黒曜石こくようせきのような牙や爪を剥き出しにしてジリジリと距離を詰めてくる。

 それらに物怖じする事なく刃を向けて眼光を走らせる黒髪の女傑。それに対抗するように、うろの眼窩の群れが睨みつけていた。


「一応確認するが、貴様一人で対処できるのか?」

見縊みくびらないでもらいたい。私はカノンランス家当主……、初代勇者様の血筋の家系の者なのだ。この程度の魔物の百や二百、屠るのに支障はない」

「メイ、気をつけて。私も『鑑定』で弱点を探ります!」

「感謝します。お二人とも、なるべく離れていてください!!」


 そう言い終えた瞬間、眼前のけだもの達へ突進する。一気に距離を詰めようとする黒髪の女傑に、獣達も一斉に飛びかかった。

 脅威となり得る相手へ優先して襲う、まさに凶暴性が形を成したような習性を持つ為、守護すべき金髪の令嬢への注意を少しでも逸らそうと単身で挑む。その鋭利な暴力が一斉に迫ろうとも、黒髪の女傑は冷静に剣先を走らせた。

 数回、剣と鋭利な爪が交わる中、恩寵ギフトによって覗き見たミシェラが声を上げる。


「全員、物理的な攻撃は通用しません、魔力を乗せた攻撃で応戦を!!」

「承知!!」


風爪ふうそう斬牙ざんが!!】


 彼女の言葉に、得物へ渾身の力を込めて剣技を放つ。

 白銀の刀を一つ振り抜く度に十の風の刃が中空を飛び、黒い陽炎の怪物達を切り刻む。それを刹那の間に十回、刀身で直接斬りつけつつ数十歩先の魔物の悉くを両断してみせた。

 だが上手く躱してみせた猩猩の似姿の魔物が木々を飛び移りながら囲み、上空から氷の礫をで生み出して射出する。


「甘い!!」


花火かか烈刃れつじん!!】


 その場で回転して振り回す刃から赤々と炎が吹き出し、飛来する氷の礫を溶かし砕いていく。更にそこから風の刃を再び放ち、炎を纏いながら黒い毛を逆立てる獣達を焼き切ってみせた。

 数分の内に半分以上の魔物を屠り、息一つ乱すことなく対処してみせる。異世界の勇者には及ばないながらも、その実力は英傑と呼ぶに相応しい。

 剣聖――その称号を持つに足る才覚と実力を併せ持つ、紛う事なき最強であり傑物であった。


「なるほど……。あれが先程説明した、称号に付随した能力、とやらか?」

「はい。メイはこの世界の住人で唯一、『剣聖』の称号を持つ者なんです。初代勇者様の技を真に継承できたのも、カノンランス家歴代当主の中で、彼女だけなんです」

「そうか」


 饒舌じょうぜつに話すミシェラへ片耳だけ意識を向けつつ、地面から幹へ、枝から枝へと高速で跳躍し怪物達を両断していくメイを目で追い続ける。猩猩の似姿の魔物が雄叫びを上げながら氷の礫を生み出し、射出しても掠る事すらできていない。


「どうした、威勢よく吠えてる割りに大したことないな、愚図ぐずども!!」


 人の言語を理解できる知能があるかは分からない。

 だが怒号の一つでも発すれば、それが敵意の表れだと認識させるのに丁度良い。先述の通り、向かってくる脅威へ優先して攻撃性を示すのが魔物という存在だ。故にミシェラ達からできるだけ意識を逸らす為に、他の命を脅かす事しかできない獣共へ敵意をぶつけ続ける。

 そうやって挑発するメイの視界に巨大な腕が伸びてきた。

 鬼の魔物――黒鬼オーガが次々に突撃し、女傑を鷲掴みで捕えようとする。片手で胴体を掴めるくらいの大きさはあるので、油断すれば簡単に握り潰されるだろう。幸い他の魔物に比べれば鈍重な動きだったので、風や氷の魔法を放つ他の魔物の攻撃を弾きつつ、簡単に回避できていた。


「このまま突破口を作る! ガイラ殿、合図をしたら私に続いて」


 刹那、メイの声を遮るように黒鬼オーガの魔物が手近な樹を蹴り一つで折り砕き、分厚い幹が飛来する。加えて簡単に破砕させない為の対抗策か、自身の魔力を込めて枝の一片まで鋼鉄に匹敵する強度に変化させていた。

 身をひるがえし、その勢いを乗せた刀剣を衝突させて自身ごとように回避してみせる。

 しかし、魔力によって黒い霧を纏った巨大な幹と破片、人間サイズの折れた枝が後方にいる二人へと降り注ごうとしていた。


「っ、姫様!!」


 自身へ攻撃を集中させようとミシェラから離れすぎたのが徒となった。救出に向かおうにも間に合う距離ではない。同族の魔物を何匹巻き込もうとお構いなしで蹴り飛ばした樹木が二人に直撃する、まさにその瞬間だった。



 



 火薬を使用しただとか、急激な熱を加えて膨張させただとか、あるいはそういった諸現象を発生させる魔法か魔術を行使しただとか、ではない。ある意味どの方法よりも安易で、野蛮な手段だった。


「心配は不要だ。依然、問題はない」


 ただ、叩き砕いた。

 血のように赤い、いわおのような両の剛腕によって。

 その右手には、彼自身の上腕と同程度の太さのが握られていた。柄になめした朱色の革を巻きつけており、打突部分に等間隔で鋭利な円錐えんすいの突起が付いている、黒々とした鋼鉄の金棒。

 その左手には、何重にも鋼線が螺旋状に撚り合わせたが握られていた。一方の先端には大蛇の頭を模した固定具が、もう一方には蠍の尾のような鉤爪が付いた、玄の色に染まる鋼索こうさく

 独特の黒装束以外に、身につけている物などなかった筈の青年が、異様な武具の類いを振りかざして構えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る