第4節


  クレイテスラ王国――周囲を三つの小国、そしてその反対側では群青の海洋と隣接する、広大な国土を有する国家である。長年人類の同盟――先の三国に加え、同大陸の北方にある妖精種エルフの国、東方に位置する山脈を領土とする鉱霊種ドワーフの国などと友好乃至協力関係を結んでいる。

 同盟と言うが実態として、クレイテスラ王国が名目上の中心に据えられている。その理由はひとえに、至高神アスレアからもたらされた、『』を扱えるからである。

 儀式に不可欠な、魔力とは別種の、『神威しんい』と呼ばれる力をクレイテスラ王家の中から数代に一人のみ扱える者が生まれる為、歴代の王族によって儀式の執行を担ってきた。そうする事で人類は、魔術において圧倒的に優位である魔族相手に、抵抗を続けてきたのだ。

 魔族まぞく――この世界に存在する『人類の敵対勢力の種族』の総称。およそ人に近い姿を持つ者もいれば、怪物と呼ぶべき相貌そうぼうの存在もいる。共通点として、『膨大で人間とは違う気配の魔力』を有していることが挙げられる。

 たった一人の魔族が持つ魔力の量と質、そしてそれにより繰り出される魔術の規模だけで言えば、人類側の魔術の叡智えいちを極めた者であろうと、片手間で打ち倒せる程だ。


「この世界には、発動や制御を感覚のみに頼る異能の力を『魔法まほう』、魔力や発動の制御に詠唱や方陣などの人の理屈を用いる力を『魔術まじゅつ』。それに、神から与えられし二つの力……、『称号しょうごう』によって発揮される能力、そして私の持つ『鑑定』などの『恩寵ギフト』という特別な力。大きく分けてこの四つがあります」


 ところ変わって。

 赤鬼の獄卒、二人の淑女と女傑という奇妙な一行の現状はというと、目的地へ向けて徒歩で森を抜けようとしている最中だった。

 猛虎もうこを思わせる双眸で相変わらず物静かに警戒しながらの移動中、王女ミシェラが赤肌の青年へこの世界に関する事柄をつらつらと説明していた。


「女神アスレア様から賜りし秘術――『異世界召喚の儀』は大きく分けて二つの工程に分かれています。まず勇者様をこちらの世界へ召喚する工程を『』と呼んていまして、前述した名称とほぼ同義として扱うことが多いのです」

「…………、」

「そしてその後に執り行われるのが『』。勇者の皆様から、故郷の世界には魔術などの力や概念が存在しないと伺っております。ですのでこの儀式によって、先程お話しした様々な力を扱えるようになっていただくのです」

「そうか…………」


 自身の命を守ってくれた恩人が、一時的とはいえその後も護衛紛いの頼みも引き受けてくれたのだ。ミシェラの思いとして、本来ならば早急に城へと招待し、十分な謝礼を正式な場を設けて差し上げなければならないところを、状況がそれを許さずにいる。

 その所為なのだろう。知りたい事があると言われ、恩人の頼みを僅かでも聞けるというのが思いの他嬉しく感じ、意気揚々と語り続けていた。


「しかもその力というのが別格なのです。至高神からの恩恵ということで、そのどれもが一線級の強者つわもの揃い。長年の修練を経てようやく体得できるほどの力を授かり、扱えるようになりました。やはり勇者として選ばれるに相応ふさわしい方々なのだと、あの時は驚きを隠せませんでした」

「…………、」

「おい、聞いているのか貴様」

「聞いている。話の腰を折らぬように黙っていただけだ」


 蓋羅がいらの目前に回り込む形で、王女の護衛である直属の従者、メイが突っかかるも、大して気にする様子もなくそう答える。その態度に益々ますます腹立たしさを覚えてしまい、元から細く吊り上がった真紅の目から怒りの色が放たれていた。


「貴様がこちらの事情や世界のことを聞きたいと申したのだぞ。謝礼の代わりとはいえ、せめてそのつまらなそうな表情をやめるくらいはしろ。姫様に失礼だろうが」

「いいんですよメイ。別に公の場で対談しているわけでもないんですし。気にしていませんわ」

「しかし……」


 あまり納得していない様子でそう呟く。言われた当人は一切表情を崩さず、表さず、無感情むかんじょうつらぬいている。常時眉間に皺が寄っているが、話し方や態度で別段怒りの感情を抱いていないことは伝わるので、ミシェラ達も単なるくせなのだろうと気にしなくなっている。

 ただ、こちらの世界の状況じょうきょうや、召喚された人間達について説明を求めた者の態度ではないのは確かだった。メイの言動に待ったをかけようとするミシェラのやり取りを、しかし反論すらせず凝視ぎょうしして立ち尽す始末である。


「なんだか、勇者の皆様を召喚した時を思い出しますね。翻訳用ほんやくようの魔術がうまく機能していないのかと、ルキウスお兄様が怪訝けげんな顔をされて。そしたら不具合ふぐあいなどではなく、単に砕けた言葉遣ことばづかいだと分かった途端とたん、今度はエノクお兄様がお怒りに」

「あー……。あの時は、本当に大変でした。勇者様方も何も理解していない様子でしたし。その所為でエノク様が更に激昂して……」


 懐かしいとでも言いたげに語るミシェラだが、近衛の女傑はあまり想起したくないと訴えるような目で明後日あさっての方向を見つめる。

 クレイテスラ王家にはミシェラの上に、兄である二人の王子がいる。

 くだんのルキウスは、クレイテスラ王家第一王位継承者である人物で、穏和で物静かな壮年の男性である。王国騎士団全部隊の指揮命令権を持つ、最高顧問の任に就いており、国の軍事においての決定権を一手に担っている傑物だ。

 反面もう一人の兄、第二王子のエノクは、十六歳のミシェラと歳も近く、傲岸ごうがんという言葉が適切と思える人柄の青年だった。目立った武勲や政治への関わりもないので、先述のルキウスや異世界召喚いせかいしょうかんを直接取り仕切るミシェラよりも、かなり影の薄い存在だった。

 そういった方々を目前にして、相応の作法をするべきではあるのだが、現代日本在住の高校生達にそれを求めるのは酷であった。王侯貴族に相当する人間に会った経験などなく、それ故に態度も言葉遣いも、礼儀作法もへったくれもない有様だった。

 結果として、エノクから怒号と罵倒ばとうを浴びせられるという、ある意味回避不可能な一幕になってしまった。

 ミシェラやメイも、後から勇者達の素性を聞いて仕方がなかったと理解はしたものの、それでもあの場の空気を少しは察してほしかったと思わずにはいられなかった。

 そんな二人の苦い思い出話を聞いていた有角の青年が、一つ大きな溜め息を吐く。


「おい、先を急ぐのだろう? このような場所で油を売ってよいのか?」

「誰のせいだと!!」

「感情を表に出すのが不得手なのだ。不服だというのならば、鸚鵡おうむにでも話しかけていると思えばよかろう」

「そういう問題では、ってやはり姫様のこと舐めてるだろう貴様!!」

「まぁまぁ、落ち着いてください、メイ。確かにここで余計な時間を費やすのはよくないですから」

「そうだぞ。今のやり取りで話も道も先に進めておらぬのだ。貴様こそ空気を察する能力を磨くべきではないのか?」

「〜〜〜〜っ、ぐぅっ!!!!」


 ギリギリと歯噛はがみするメイを尻目しりめに、先を急ぐよう赤肌の青年が促す。また先程の騎士団が襲ってこないとも限らない為、一箇所に留まらないよう足場の悪い根や石だらけの道を進み始めた。


「それで、どこまでご説明しましたでしょうか。えっと……」

「『妙技継承の儀』とやらで、我らの世界の住人が、こちらの世界の力を扱えるようになった、のところだ」

「そう、そうなんです。その上、常人では決して到達できないような力を授けられて」

「ええ。本来称号も恩寵ギフトも、生まれ持った資質ししつと、神に見初みそめられる高貴にして才覚あるものでなければ、習得すらできないと言われています。それを召喚された者達全員が体得してみせた。まぁ、勇者召喚に応じた者達ならば当然だとも言えるが……」

「……そうだな。当然、だろうな」


 えっ、とつい言葉を漏らす。別におどろいたからではない。先ほどのメイへの言動から、会話自体を嫌ったり、面倒臭がったりしているわけではなさそうだった。

 ただ、自分達が話した事柄に対して、まるで悲観的ひかんてきな意味合いで同意しているように見えたのだ。


が違うのだ。貴様らと違って、この世界の権能けんのうの百や千、付与できるだけの余裕はあるのだろう」


 自身の知識にはない単語が出てきて、ミシェラもメイもかけられた言葉に素直な疑問を口にする。


「あの、魂の、余剰領域よじょうりょういき、とは?」

「待て」


 無機質な雰囲気で先頭を行く蓋羅だったが、突如左腕で二人の行手ゆくてさえぎるように伸ばし、押し戻すような語気で言い放つ。

 気配の変容へんように一瞬戸惑うミシェラと違い、隣に立つメイは彼と同様に何かを察し、腰に差す刀剣へと手を添えて構えを取っていた。


「……流石だな。の気配は分かりやすいとはいえ、この距離で気づくとは」

「死者も生者も同様に相手取ることが多いのでな。しかし、何なのだこの妙な気配は……」

「妙?」


 ああ、と一層眉間の彫りを深くして続きを口にする。


「生と死が何奴どいつ此奴こいつも、生きていながら何故しかばねの気配を噴いているのだ?」


 何事かと蓋羅がいらの言動に疑問を抱いていると、それを許さないと言いたげに気配の正体が樹林の中から飛び出してきた。

 唸りながら牙を見せつける狼、あるいは大きな腕を振り回す猩猩しょうじょう、あるいはたてがみを逆立てる獅子。どれもこれもがその似姿をした黒い陽炎かげろうのような怪物ばかり。それらが数十匹の大群を成していた。

 更には、


「貴様らが、おーが、と呼んでいたのはあれか?」

「ああ。あれも含めて、目の前にいる黒い怪物ども全て、魔物まものという厄介な化け物どもだ」


 全部で5体。額に炭のような黒い一本の角を生やす巨人が、群れの後方から地面を揺らしながら現れる。

 出没の頻度も時間も規則性がない、災害ともいうべき存在が蓋羅がいら達の前にも立ちはだかった。

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