第3節


 この世界に召喚されて以来、勇者の修行も兼ねて国内の村落、あるいは同盟国の都市などへ派遣された際の主な任務は、多種多様な姿を持つこの魔物まものという存在の討伐だった。

 故に、対処方法も身に染みついている。


「んじゃ、先手必勝!」


 神坂が腰に携帯していた金属の棒を抜く。リレー競技で使用するバトンに似た形状と大きさをしており、筒状の表面には螺旋状にこの世界の言語が刻印されていた。

 彼女の武器でもあるそれに自身の魔力を込めた瞬間に伸長し、上部に先端が鋭利に尖った緋色の水晶体が現れる。

 本来ならば属性や規模に応じて適切な詠唱と、術式の名称を唱える必要があるのだが、神坂には不要。心の中で術の名前を思い浮かべるだけで、発動させたい魔術が現実世界へ出力される。


【パラライズウェーブ】


 先端の水晶体から黄色の閃光が円形の波状となって一瞬で周囲に広がり、黒い陽炎の狼達へ直撃する。通過した瞬間、魔物達が一斉に身体を硬直させ、甲高い悲鳴を上げながら痙攣して倒れていった。


「もういっちょ!」


【ライトニング×100!!】


 続けて槍状の閃光が頭上に出現したかと思えば、鋒部分から次々と雷撃が迸り狼達を貫き、吹き飛ばしていく。雷光が走る度に轟音と爆音が森中に響き渡り、何十匹もの猛獣が跡形もなく消滅していった。


「っ!!」


 しかし、立ち上る煙の中から雷撃の嵐を掻い潜った獣の一匹が、大顎を開いて襲いかかってくる。気づくのが遅れてしまい、反射的に身を仰け反って回避しようとした時だった。


【影追い】


 頭上の閃光によってできた僅かな影の中から、銀白色の一閃が黒い獣を貫き捌いた。両断した瞬間に塵となって消え、僅かに残った黒い霧のような何かを八津原は剣で払う。


「サンクス八津原くん!」

「ったく。相変わらず無茶苦茶ぶっ放しといてなんで撃ち漏らすんだよ」

「いや、全部当てたと思ったんだもん。まぁ八津原くんがいるからだいじょぶかなって」


 へいへい、と軽口を叩いた途端、粉塵の中から更に五匹、煤のような毛を逆立てて魔物が襲いかかる。今度こそその喉笛を噛み千切ろうと唸りながら迫るも、その大顎の中へ銀白色の何かが突っ込まれる。


【現出!】


 それぞれ柄や鍔の意匠いしょうや、刀身の幅と長さ、形状の違う五本の剣が突如空中に現れ、魔物達を刺突で貫いてみせた。

 煙が晴れて、ようやく脅威が去ったことを確認すると、二人して警戒を解きほっと息を吐く。


【格納】


 脳内で唱えると、出現した五本の剣が空中に開いた穴のような場所へと吸い込まれて消えてしまう。右手に持っていた剣も鞘に収めて、無意識に張っていた肩から力を抜く。


「やっぱ何度遭遇してもひやっとするな」

「そりゃ、モノホンの猛獣に襲われてるもんだし。まぁ私はビビらずに対処できるけど」


 得意げに話しながら、構えていた杖へと流していた魔力を抑えて、元の棒状へと変化させていく。バトンサイズにまで戻すと、外套の内側にある腰のベルトへ差し込む形で収納するところで、八津原の怪訝そうな顔に気づいた。


「ホントかよ。さっきビクッとなってたじゃん」

「あれは咄嗟に避けようとしただけで! 別にビクッってなったんじゃな」

「終わった?」

「わひゃあっ!!!!」


 後ろから突然ローレンティアが話しかけてきたので再度ビクッとなった神坂。咄嗟に距離を取ったところで、ふわふわと浮かぶ灰銀髪はいぎんぱつの少女へ指差し叫ぶ。


「ちょっと驚かさないでよ!」

「ごめんごめん。ってゆーか、そんな驚く? 普通に話しかけただけじゃない」

「突然だと驚くでしょ普通!」


 抗議する神坂に両手を目の前で合わせて再度謝罪するが、終始ニヤニヤしており、あまり反省しているようには見えない。先程の手鏡を用いたプロフィール公開と同様に、リアクションを楽しむべく揶揄っているのだと八津原は即理解した。


「ところで、俺らが戦ってる時に、あんたどこにいたんだよ」

「え? 上で観戦してた」


 さも当然だと言いたげに上空を指差してみせる。別に手助けを期待していた訳ではないし、自分達で対処できたのは事実なのだが、妙に釈然としない思いを抱いてしまう。

 すると手にしていた手鏡をまた八津原達へ翳すと、眉を上げて画面を注視し始めた。


「なるほど。コーサカちゃんは『魔導極致スペルマスター』っていう恩寵ギフトのおかげで、本来呪文と魔術名の詠唱が必要なのにどんな規模の魔術も詠唱なしで発動できるし、加えて『大魔術師』の称号で魔術を連発できると」

「そうよ。まぁ私はその中でも回復系とか妨害系が得意なんだけね。委員長とか、他の友達とかはすっごい攻撃魔術とか連発できる子もいるし」

「ふーん。で、ヤツハラくんは『剣聖』と『隠密者』の称号二つ持ちで、全ての剣技を習熟しつつ、隠密系の魔術が使える。加えて『空間収納マジックライブラリ』っていう無限に物が入る異空間を出したりできる恩寵ギフト持ち、かぁ」

「まぁな」


 つらつらと鏡面を見ながら呟くローレンティア。神坂は自慢げに口角を上げて、八津原もまんざらでもない様子で彼女の言葉を聞いていた。

 この世界に召喚された直後、『妙技継承の儀』と呼ばれる儀式に参加させられた。その人間の特性に合わせて、様々な称号や、恩寵ギフトと呼ばれる不思議な力を至高神から授けられるという。その儀式を受けて、召喚された生徒や教師までもが、この二人が披露したような強大な力を手に入れた。


「水晶に手を置いたら、ぶわぁってホログラムみたいなのが出てきて面白かったよね」

「あれも含めてゲームみてぇ、って思ったのが若干懐かしいな」


 たかだか一年程度の過去に懐古さを感じていると、


「なんか取ってつけたようなネーミングばっかだねぇ」


 身も蓋もない感想を灰銀髪の少女が呟いた。


「いや、それ私たちも思ったけども」

「ってゆーか……、うーん……。時間かかりそうだなぁ」

「?」

「今の状態だと、元の世界に返す時にまずいって話。あー、もう、魂の状態見るのに毎回かざさないといけないのメンドいなぁ。VRブイアールゴーグルとかメガネみたいに装着できるようにしてくんないかな……」


 灰銀髪の悪魔少女周りの事情など一切知らない八津原だったが、何となく身も蓋もない愚痴の零し方をしているなと思ってしまう。というか悪魔がVRゴーグルとか知ってるんだな、などと考えていると、似たような感想を抱いたのか神坂が口を尖らせる悪魔少女へ質問した。


「てっきり自力で魂が見えるとかで区別してんのかと思ってた。悪魔だしそういうのできないの?」

「んー、姉妹たちの中にはできるのも何人かいるけど、私とかできない子の方が多いかな」

「あ、姉妹とかいるんだ。結構大所帯な感じ?」


 重なって一枚の円盤になるように折り畳み、手鏡を胸ポケットに仕舞う。退屈そうに再び移動する彼女の傍らで、会話したがらない八津原に代わって神坂が話題を振ってみる事にした。彼女も彼女で黙って移動するのも退屈と思っていたのか、警戒はしつつも談笑に興じてみる。


「うん、いっぱいいるよ。ざっと二十万人くらいかな」

「へぇ、にじゅうま……、二十万!!!?」

「私はだいたい真ん中よりあとくらいに生まれたかな。基本十から二十くらい同時に、しかも一日ペースで生まれたから、姉とか妹って認識わりとテキトーなんだけどね。あ、一番上のお姉さまとか一番下の妹は別だけど」

「は、はぇー……。ご、ご両親すっごい頑張ったんだねぇ……」


 後ろから聞こえてくる会話を聞いている八津原は反応こそしないようにしたが、話題が話題だったので思わず聞き耳を立ててしまう。目線は前方なので分厚い表皮におおわれた大樹の群れや苔生した岩しか見えていないが、声の程度から本気で驚いている神坂の顔が間近で見えているかのようにありありと想像できた。


「いやいや、私たちにはお母さんしかいないよ。人間みたいにオスメスでセッ◯スする必要ないし、おまけにクソヤロウの使いが私たち絶滅させようとして、それに対抗するようにお母さんもお母さんでムキになってガンガン産み落としたからさ。なんつーか、愛の営み的な想像してたんなら全然違うからね」

「ふえ、あ、あー。そうなんすね……」

「そうそう。だからさ、今回の回収作業だって、フラワァお姉様……今さっき話した一番上のお姉さまね、からお願いされなきゃ、誰が好き好んであのボケの命令なんか聞くかよって話で。ただでさえ地獄行きの人間の査定とか請け負ってあげてるってのに追加業務とか、現場の苦労とかリソースの限界とかなんもわかってないって透けて見えてマジムカつくわぁ……」

「た、大変なんすねー、色々と……」

「そうだよ大変なんだよぉ。元の世界での用事とか仕事とか一旦保留にする形で、こうして出向してるんだから。わかってんのそういうとこをさー」


 そう言って傍を歩く、日本人離れした淡い金髪(地毛)の少女へ詰め寄る。突然の愚痴に辟易へきえきする神坂に、仕方がないと八津原が助け舟のつもりで、意識の矛先を自身に向けさせるように会話へ参加した。


「確かに大変そうだけど、悪いが俺達はまだ元の世界に帰るつもりはない。お姫様に協力するって約束してるし」

「……、」

「大体、俺達が転移して一年以上も経って、よりにもよって今迎えに来るとか。俺たちから言わせれば、何でこんなに時間がかかって」


 そう言って振り返って、言葉を詰まらせてしまう。

 詰め寄られて視線を外しているので、浮遊する灰銀髪はいぎんぱつの少女の顔を辛うじて神坂は見ずに済んでいたが、八津原は振り返った事を軽く後悔してしまった。


「――――――――」


 表情の消えた灰銀髪の悪魔が、両目を全開してじっと見つめてきたのだ。視線を動かす事なく、思考も感情も読めない不気味で真っ白な顔が八津原の目に飛び込んできて、言い知れない恐怖を掻き立てくる。

 否、必死に抑え込もうとしているのだ。

 殺意、憎悪、憤怒、自身より圧倒的下位の不遜な態度への焦慮しょうりょ。そういった悪感情の類いが、粘ついた泡のように漏れ出している。


「…………ちっ」

「っ!!」

「なーんてねっ☆」


 現実の時間ではほんの一秒程度だったのだろう。すぐに元の笑顔に戻って、目を逸らしている神坂へ他愛のない愚痴の続きを吐露する。


「君らに言っても仕方がないってのは理解しているし、今んとこガイラくんと合流してもすぐに返せるわけじゃないから、別にいいんだけどね」


 鳴りを潜めた負の情念に当てられた所為なのか、首や頬に嫌な汗が滴り、条件反射で腰の剣へと手を伸ばしそうになる。即座に抜剣できるまで修練を重ねた成果をこのような状況で発揮してしまうなど考えもしなかったが、寸前で相手が害意がいいを消してくれたお陰で、鋒を向けるという愚行を犯さずに済んだ。

 直感で判断できる。あれと戦ってはいけない。


「あの、その赤鬼さんと合流すれば帰れるって話だったと思うんだけど、違うの?」

「あー、説明が足りなかったね」


 恐怖と焦燥感を振り払おうとする八津原を他所に、二人のやり取りに気づいていなかった神坂へ灰銀髪の少女は物腰を柔らかに説明を始めた。


「厳密には、『私たちの世界の神々』の力で、元の世界へ返還する手筈になってるの。私たちに異世界を渡る力はないし、何よりを入れるわけにはいかないからさ」

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