第2節
時を同じくして、
「ミシェラ、大丈夫かな?」
「メイさんもいるんだし、心配はいらないだろ。むしろ他のみんなの方が心配だし」
「……まぁ、そうよね。あまりに突然だったし。かなちーとか、あの場でみんなが逃げやすいように立ち回るのが精一杯だったし。みんなも無事に目的地へ辿り着けてたらいいけど……」
逃走の直前まで一緒だったクラスメイト、かなちーこと
昼間の陽光が深緑の葉に遮られ、仄暗い視界は木々や岩肌の凹凸、腐葉土が敷き詰められた地面と分厚い根の色が辛うじて判別できる程度の明るさしかない。進むのに支障はないが、歩を進めるのに多少の勇気が必要なくらいの不気味さが漂っていた。
(つい最近まで、世話になってた騎士団のみんなに追っかけ回されるなんて……。分かってたこととはいえ、思った以上にヤバいな……)
「なになに、何の話?」
二人の頭上から声をかけてきたのは、ふわふわと浮遊しながら後ろをついてきていたローレンティアだった。不思議そうに見つめてくる異形の少女の瞳と目が合い、思わずその視線は背中から伸びる黒い羽へと吸い込まれてしまう。
「なにか気になることでも?」
「んー? えっと、今からお姫様と合流するために、あらかじめ打ち合わせてた場所まで行くんだよね? もしかして他にも合流する仲間とかいるのかなぁ、って」
「……まぁ、そんなとこだよ」
簡潔、簡単な返答で済ませる。
何度も言うが、
それでも、発する言葉や雰囲気に、こちらを貶めてしまいたいという感情が滲み出ているように感じていたのだ。
「ってか、知りたいならその手鏡使えばいいだろ。それ使って記憶覗けば、わざわざ聞かなくても済むんじゃねぇの?」
「えー、なにそれ。そんなに私と会話したくないの? ひーどーいー」
大袈裟に手足をばたつかせて抗議する悪魔姿の少女。その台詞も空虚で、八津原の疑念などお構いなしの態度で接してきている。和解するよりも目的遂行を優先しているからなのか、あるいは疑われても問題ないと諦観しているのか定かではない。その態度が、その言動が、ますます灰銀髪の少女への疑念を強めていっていた。
「ただ黙って移動するのもつまんないから会話で暇つぶししたいしー、それに
そう言って四枚の連なった手鏡を見せてきて、映し出された映像や文章等を注目するように指差してきた。
「君たち自身のことなら事細かく見れるんだけど、他の人に関してはあくまで『その人の視点から見た情報』くらいしかわかんないからさ。他に合流する予定の人とかいるなら教えてほしくて」
「さっき、こっちの事情とか興味ないとか言ってたじゃねぇか。なんで知りたがるんだよ」
その言葉に、ローレンティアが目を細めて笑顔を向けてくる。自然な表情の筈なのに、どこかわざとらしく感じる矛盾した微笑で、黒髪の少年を見下ろしながら答えた。
「連れ帰る魂かどうかを判別する手間を省くため」
「判別する、手間?」
「そ。ちなみにさ、君たちの居場所とか、君たちが連れ帰るべき人間だって、どうやって私たちが判断したと思う?」
「えっ。えっと……、私たちが日本人的な顔立ちだったから?」
「それもあるけどぉ、もっと
そう聞かれ、質問の内容やその答えを考えるのに対した時間はいらなかった。わざとらしく見せびらかす四枚の連なる手鏡を指差し、黒髪の少年は答える。
「それのおかげか?」
「ピンポーン」
両面とも鏡になっている例の手鏡を少年の見えやすい位置まで近づけると、
「これ、もしかして私達が今いる場所の地図?」
「そうだよ。この白い点が私たち。自分たちの世界の住人であれば白、それ以外は赤色に表示されるんだ☆」
(てっきり魂が見える的な能力でもあるのかなと思ってた……)
親指と人差し指で画面に触れ、指同士の間を近づけたり遠ざけたりする事で、画面上の地図の縮小拡大ができるのだと、実際に操作する形で見せてきて、ますます鏡というより八津原達がよく知る携帯端末のそれに思えてきた。
思い返せば、最初に出会ったあの時、既に自分達が元の世界の住人――異世界転移した人間だと分かった上で話しかけている様子だった。何か確証があったのだろうと思っていたが、かなり機械的、文明的な手法で判別していた事実に、意外だと感じてしまう。
ただ、先程の発言と照らし合わせると、既に確認した魂の位置情報をしっかり記憶しておらず、かといって何かしらの人物と合流する度に、それが異世界転移した人間かどうかを判別するのが億劫だ、と主張しているのだと分かり、疑念に加えて呆れまで心の中に沈殿してしまった。
「あんた、さっき話してた連れの人にズボラとかテキトーなやつ、って言われたりしてないか?」
「え、なんでわかったの? そうなの。ガイラくんったら、投げ遣りな対応するなとか言ってくるし。やれ使命がどうの、厳令を
どうやらあまり自覚はないらしい。まだ見ぬ連れの獄卒――赤鬼さんの苦労を慮って勝手に哀みの念を抱き、地図を表示している鏡面へと視線を戻した時だった。
「……ん?」
自分達を表している白い点の他に、赤い点が取り囲むように増え始めた。画面外から移動してきたのではなく、まるでふつふつと泡の沸き立ちのような出現の仕方で八津原達を取り囲む。
「これ、まさか……!」
そう叫んで周囲へと視線を向けると、茂みや巨木の影から何かが飛び出してくる。
黒みを帯びた四足歩行のそれらは狼に似た姿をしているが、身体の輪郭が陽炎のように揺らいで見える。口から覗かせる鋭い牙まで真っ黒で、眼球の収まっている筈の場所には虚空が在った。
それが数十匹。数えるのも億劫な規模で群れを成していた。
「今回は狼タイプか。ホント毎度毎度突然来るよね」
「魔物ってのはそういうもんだって言われてるだろ」
そう愚痴を零しながら、腰に差している剣を引き抜き構える。
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