第5節
「「――――っ!!!!」」
「でも不思議ぃ。私まだ王女様には会ったことないから、人となりとかわかんないけど。魔族の長である魔王を倒すためにあなたたちを召喚した当事者の一人が、魔族との和平を望んでるなんてねぇ」
「なんで……っ!?」
思わず呟く神坂に、ローレンティアは微笑みながら
そこには件の王女であるミシェラの真正面の姿、一人称視点で何者かと自室で会話している様子が映し出されている。画面の端、恐らく何者かの視界の端には
密会――話の内容としては、魔族との争いを無くし、恒久的な平和を実現する為に協力してほしい、というものだった。
「魔族は人類の敵。それはこの世界の創造主、至高神アスレアからの神託でもあり、人類史においていくどとなく略奪と侵略を繰り返してきた仇敵である……、って認識で合ってる?」
「あ、合ってる、けど……」
灰銀髪の少女の言う通り、この世界の人類にとって魔族とは、滅ぼすべき悪の勢力である、と認識している。
理由はこの世界を創造した至高神――人類が崇める女神アスレアからの神託によるものだ。
『魔族とは世界創生時、離反した悪神の生み出した邪悪なる一族』、『討たれた悪神の復活を目論み、神と人類を滅ぼさんと暗躍している』、『魔族を滅ぼすことで、人類に真の安寧と平和が齎されるだろう』と、神官を通して告げられたという。
故に人類は神命を果たす為に、三百年もの間、魔族との戦争を繰り返してきた。
互いの存在を認めず、絶えず抗争を続けてきた両者には、およそ越える事も埋める事もできない溝ができている。彼らとの共生など、考える事などできない程に。
しかし、その溝を埋めようとしている者がいる。
クレイテスラの王女、ミシェラは、魔族との講和を望む。それだけで人類側としては立派な裏切り行為だ。
人類との離反とも取れる言動であり、それに同調した八津原達も同罪。先程まで彼らが甲冑姿の集団に襲撃されていたのも、それが理由だった。
「正直ね、魔族と共存したい理由とか、目論見とか知りたいわけじゃないの。たださ、君たちが帰還を拒む理由がそれなのだとしたら、ちょこっとだけ興味あるなぁ、と思って」
「興味?」
だって、と不思議そうな様子で聞き返す。
「さっきこの国の兵士? 騎士団? の連中に追われてたじゃん。あんな目に遭っちゃったら、こんな世界知らない、とっとと帰る! って思ったりするもんじゃない?」
「……」
彼らも己の正義に準じて行ったことだ。
どこで漏れてしまったのか、魔族との共生を秘密裏に進めていた王女の策謀が知られ、彼女と行動を共にしていた八津原達まで捕縛の対象になってしまった。最初は八津原を含めて数人程度、それが徐々に賛同する者が集い、異世界転移した全校生徒と、同じように転移した教職員も味方になってくれた。
その全てを知られてしまった。自分達が何故、ミシェラ王女の言葉を信じようと思ったのか、その心意は知られないままに。
「……魔族ってさ、見た目がさ、人間と大して変わんないやつもいるんだよ」
できれば思い出したくもない、凄惨な記憶を掘り起こす。
神から授けられた能力を使いこなす訓練を続けて、実に半年以上も経過したある日、魔族側の急襲に対応する為に出動するよう要請を受けた。
到着早々、嗅いだことのない不快な臭気が意識を揺らしてきたのを覚えている。それが血と肉の焼ける匂いだと知るのに、そう時間はかからなかった。
地面に転がる人型のモノは魔術などで焼かれ切り裂かれた死体ばかりで、味方の騎士達もいたが、大半が魔族のものだった。
全員、髪の色や、肌の色などの違いこそあれ、八津原達と同じような容姿の人型の遺骸の群れが視界に飛び込んできた。八津原も含め、大半の生徒が不快感と忌避感で逃げ腰になり、何人かは嘔吐するものまでいた。
「正直、認識が甘かったって言われればそれまでだけどさ……。だって、人類の敵だとか、魔王の軍勢だとか聞かされたら、ゲームとか漫画っぽいって考えちゃって……。全然、現実感なんて湧かなかったんだよ……」
今から人間を殺す。腰に差していた片手剣の柄が手に当たり、その実感が、この上ない恐怖と忌避感を煽った。
「結局その時は委員長……
それが単なる先送りにしかならないことは、八津原も含め全員が理解していた。ただ頭で理解していても、初めての戦場、初めての殺傷の空気に当てられて、思考の悉くが、恐怖で凍りついてしまっていた。
「そんな時、王女が……ミシェラが、魔族との共生と和平を実現したいとか言い出したんだ。この世界の住人は、魔族を滅ぼせば世界が平和になる、っていう神様の言うことを信じ切ってる。だから異世界人の俺たちに頼らざるを得ない、って」
本当は、戦わなくて済むのならば何でも良い、と現実逃避がしたかっただけだった。お誂え向きの口実が目の前にぶら下げられて、あの恐怖を味わわなくて済むのかと思えただけで、彼女の机上の理想論は、これ以上ない救いに思えたのだ。
「この一年間、今思えば長いようで短い間だったけど、それでも十分理解できたよ。こっちの世界の人が、どれだけ勇者を待ち望んでたか。どれだけこの戦いを終わらせたがっているか。そして、それと同じくらい、ミシェラが本気なのかを」
「……、」
『勇者』となった生徒や教師の大半が現在、同盟国の国境付近で魔王軍を迎撃する準備をしている。その裏で、八津原達のように、ミシェラ王女の考えに同調し、魔王を討つのではなく、講和による共生の為に動いている者もいる。
全てが、まだ途中なのだ。人類の存亡だとか、世界の行方だとか、何も決していない状況で帰還しようものならば、これまでの過程や、これから得られる成果も全て、かなぐり捨てる事になる。
それが、八津原にとってどうしても許せなかった。
「俺はこの戦いを終わらせたい。この世界で出会った人たちが、平和に暮らせるようにしたい。ミシェラの思いを、実現させたいんだ」
「……、」
帰るわけにはいかない。道半ばの思想、行動、信念を、達成へと導けるよう、せめてその一助になりたい。眉間を寄せ、睨みつけてくるその双眸が、意思の強さを物語っていた。
「予想以上に面倒な事態だねこれは。仕方ない……」
ふわふわと宙を移動し、鬱蒼と茂る森の中を進む。
「どの道、ガイラくんと合流しないといけないから、話はそれからでいい?」
「え?」
「諸事情で私は、今回の魂の回収に直接関与したらいけないことになってるの。だから最終的に君らを連れ帰るかどうかも含めて、仲間のガイラくんに一任されてるから、私じゃ君らの要求を聞くかどうかも決めらんないのよねぇ」
「そんな……!!」
「だから、今からガイラくんと合流する。交渉したいなら、彼としてねってこと。わかった?」
その言葉に、
「ほら、そうと決まったら急ぐ急ぐ。合流地点はあらかじめ決めてるから」
「え、あ、ちょっと待って。私たち、ミシェラとはぐれちゃったから、まずはそっちと合流しないといけないのよ!」
そう言って進もうとするローレンティアへ話を聞くよう、灰銀髪の少女に止まるよう促す。
どの道、先程襲ってきた甲冑の集団の仲間が、ここにやって来ないとも限らない。追われる身である以上、一箇所に留まれない。
それに、八津原達も逸れたミシェラ達と合流すべく、あらかじめ取り決めていた地点へ急ぐ必要がある。
「えー……仕方ないなぁ」
「道案内は問題ないから。ほら八津原くん、行こう」
「お、おう」
道案内の為、先頭を入れ替わる形で八津原が歩き出し、不規則に生い茂る森を移動し始める。時折背後を確認し、聞き耳を立てられても聞こえない距離を保ちながら先を急いだ。
「(まぁいいんだけどね。どうせ行き先一緒だし)」
双方、零す呟きが空気に溶け、互いの耳に届く事はなかった。
異世界転移/転生は終了しました 神群俊輔 @deicide547
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