第4節


「ごくそつ……、ってのはその……。俺たちを殺しに来たとかじゃ、ないよな……!?」


 僅かな木漏れ日はあるので全く見えないわけではないが、現在が昼間だと思えない程に暗く鬱蒼うっそうとした樹海を進む。緑の海原を構成する木々は、大人数人分が抱き合っても足りないくらいに幹が太く、首を限界まで反らなければ天辺が見えない程に高い。その木々から不規則に伸びる根や、苔生した岩で地面が埋め尽くされ、その間から覗かせる腐葉土も、踏み締めるには心許ない狭さとなっている。人間とって、心底不親切な道なき道だ。


「えー、違うよ。なんでそう思ったの?」


 そんな地上を踏破中の八津原達などお構いなしに、ふわふわと宙に浮きながら、異形の少女、ローレンティアがそう聞き返す。膝を畳みつつ手に持っていた手鏡のようなものを覗きながら、八津原からの疑問を半ば煩わしそうに、しかし当然の反応だとも思っているのか、八津原やつはら達の応対を待っていた。

 正直、八津原やつはら神坂こうさかも、悪魔姿の少女を全く信用していない。

 先程まで、二人は本来味方であった筈の勢力に襲われていた。一応戦力的には対処できる状況だったものの、二人としては誰も傷つけず無力化したいと考えており、しかし実現できる程の作戦や戦力差があるわけでもなかった。

 そのような状況の中で、突如飛来してきたのがこのローレンティアと名乗る存在だった。助けられたのは事実とはいえ、それで信頼を構築するには手順も方法もすっ飛ばしすぎである。

 何より、八津原達の世界は魔法だとか悪魔だとか、超常的な存在や概念は御伽話の産物という認識だ。これでは、何かしらの魔術か何かで彼らの記憶を覗き、耳触りの良い言葉で誘惑している可能性の方が高い。


「その、獄卒ってのは、地獄の鬼なんだろ? そんなのが迎えに来たって聞いたら、信じる信じないはさておいて、普通はビビったりするだろ」


 加えて仲間と思しき存在も、獄卒ごくそつ――地獄にて罪人を裁く鬼達の総称らしい……。

 自分達を元の世界へ送り返すと聞いて、話の突拍子の無さもさることながら、内容からもおどろおどろしさを感じていたのだ。仮に彼らが元の世界から来たという話が本当だとしても、もしかしたら元の世界では、自分達は既に死亡扱いで、そのまま地獄へと送られてしまうのではという考えさえ過ってしまう。


「大丈夫、君たち向こうでは死亡扱いになんかなってないって。普通に現世げんせへ送り返すだけだよ。こっちで死んじゃっても、、 神様クソヤロウ特権の特別サービスで蘇生して返してあげるらしいし」


 さも当然のように話す異形の少女は、相変わらず仰向けで手鏡のようなものを見つめている。

 一瞬、自分の思考を読んだかのような言動に訝しむが、即座に彼女の手にある不可思議な手鏡らしきものを再確認して納得する。すると隣を歩く神坂が、同様の考えに至ったのか思わず口にしていた。


「……それでさっきみたいに覗き見たわけ?」

「そ。すっごい便利なのよねぇ、これ」

「悪趣味というか、知りたいことがあるなら聞けばいいのに」

「口頭説明よりも、映像と音声の方が伝わりやすいでしょ。見て見て、二人が称号と恩寵ギフトを貰ってるとこ、こういう場面とか思い出しながら細部まで詳しく説明してって言われてできる? もう一年以上前のできごとだし、難しいんじゃないの?」


 そう言って頼んでもいないというのに、手鏡らしきそれを見せびらかしてくる。

 掌サイズの円形の四枚の鏡が辺同士で連なり、角のない四角形を描くような形をしている。一枚には先の話の通り、異世界転移者に神から与えられるという二つの力、称号と恩寵ギフトを授与される八津原やつはら達の姿が、他の二枚にはそれぞれ二人の名前などが英語で表示されており、残りの一枚は今いる森の木々や葉をそのまま反射させている。


「……俺たちと同じ世界から来たのに、称号や恩寵ギフトを知ってるのもそれのおかげなのか?」

「そ。MoJエムオージェイって呼んでるんだ。かざした相手の素性や、過去と現在までの所業を事細かく把握して、映像とかを映し出すことができるの。こうすれば、異世界に召喚された人かどうかを判別できるってわけ」


 手鏡、と称してみたが、機能としてはタブレット端末のようである。あの世の住人だとか悪魔だとか名乗る存在が現代技術の塊のような物を取り扱っているのを見て、言動の怪しさが増すばかりだった。


「……、」

「なになに、コーサカちゃん。そんなに疑わしいのかな?」

「まぁ……、いきなり色々話されても、信じようにも信じられないというか……」

「仕方ないなぁ」


 画面を操作して、英語表記で八津原の名前が書かれた文章を表示させる。


「ルイ・ヤツハラ、十七歳。身長172センチ。都内在住の高校二年生で、帰宅部。将来の夢は特にやることも思い浮かばないという理由で、堅実に公務員にでもなろうかと考えて勉学に力を入れている、と」

「……なんだその就活に使うエントリーシートに書いてありそうな情報は」

「クラスメイトの仲は良好。分け隔てなく接する、良くも悪くも他人への関心が普通くらいの人間。転移前のクラス替えで、一年生の時から気になっていた女の子と再びクラスメイトになれて上機嫌になったことで、上の空になり教科書と弁当諸々持ってくるのを忘れるという高校生になって初めての失敗をしたことがあ」

「おいその情報はいらないだろ言うな!!!!」

「あー、あったねそんなこと……。男子たちに笑われてたよねそういえば」

「神坂も思い出さんでいい!!」


 全力で声と手で遮ろうとするがくるりと空中でかわしてみせる。悪意しかない顔でくすくす笑うローレンティアを睨んでいる八津原が、隣で気まずそうに顔を逸らす神坂を視界に捉えて、異形の少女に向ける眼光を更に強めてしまう。


「ミオリ・コーサカ、十六歳。身長170センチ。体重は」

「なんで私だけ体重読み上げようとしてんのやめろ!!」

「えー。だって、未だに私のこととか、MoJエムオージェイのこととか疑ってる感じだし、信じてもらうには覚えのあることを羅列した方が手っ取り早いかなって」

「だからって普通女子の体重まで読み上げるか!!」

「やだぁ、コーサカちゃんったら乙女ー」


 言動から、MoJの性能や自身の信憑性よりも、単に揶揄からかいたいという悪戯心から来ているように思えてしまう。というか十中八九そうだろう。


「……っ、神坂、結構タッパあるんだな……」

「今更か!! ってかタッパとか言うな!! 私だってできることなら委員長くらいの背丈がよかったわよかわいいしっ!!」


 このような言い合いを見てお腹を抱えて笑っているのだから、見た目通り意地の悪い性格をしているのだろう。

 ちなみに話に出てきた委員長こと宮先透子みやさきとうこはクラスメイトで、二人と共にこの世界へと転移してきた140センチメートルの女子高生である。現在は彼らと同じ勇者としての任務で、東方の同盟国の国境防衛に当たっている。


「さて、あと何を言えば信じてくれるかなぁ」

「いや、もう分かったから!! そのえむおーじぇいの性能は十分わかったから余計なこと言わないで!!」

「じゃあ、大人しく返還に応じてくれる? 今すぐ」

「い、今すぐは、ちょっと……」


 渋る神坂の反応を見て、しかしローレンティアはあらかじめ分かっていたかのように言葉を続けた。


「そうかそうか。まぁ仕方ないよね。から、今帰るのはまずいよねぇ」

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