第2節
剣が破壊される音が響き渡る。
「よもやまだ動けるとはな。異世界の住人にも、
クレイテスラ王国領内西部。
空の色を反射する湖畔付近で襲われた、金髪の令嬢とその従者の女剣士。その中へ突如、赤い何かが上空から飛来し、襲撃者である甲冑姿の集団相手に手を翳した。その直後、甲冑姿の襲撃者全員が倒れたのだ。
だが、赤い何かが金髪の少女へ近づき、何かを伝えた直後、昏倒したと思われた騎士達の中で数名、背後から不意を突き両刃の剣で突き刺そうとした。
しかしその結果虚しく、硬く握られた拳で容易く弾かれてしまう。その勢いで大きく体勢を崩されてしまい、粉々に砕かれた剣を握ったまま後方に倒されてしまった。
「ば、バカ、な……!!」
「莫迦は貴様らだ。ちゃんばらごっこに付き合う趣味も暇もない。早々に失せよ、
赤い何かが宣う言葉に、起き上がった数名の剣士が気圧されてしまう。その異質な出立ちに警戒しつつ、その赤い何かの背後で地面に座り込む金髪の令嬢へ怒号を飛ばした。
「これで決定的ですな。魔族と結託するなど、国民、いや人類への裏切り!! 国賊ミシェラ、今ここで
折られた剣を捨て、帯剣していたショートソードを素早く抜剣する。怒号を飛ばした剣士に倣った他の襲撃者達も構え、もう一度襲いかかろうとした。
「くそっ!! ミシェラ様、早く逃げ」
「
双方が叫び騒ぐ中、赤い何かが両の掌をそれぞれに向ける。
「全員、騒ぐな、喚くな。耳障りだ」
そこに描かれた眼のような紋様が青く不気味に輝くのを見た瞬間、金髪の少女の全身から力が抜けていった。空色のドレスや白のズボンの裾が湿る草と泥の地面に汚れ、身体を突っ伏すのをどうにか耐える。傍で守るように
対して彼女達を襲っていた剣士達は、ガタガタと全身を振るわせ、折角抜いた筈の剣をその場に投げ捨てると数名が叫びながら逃げ出してしまう。ただ一人、金髪の令嬢へ怒号を飛ばした大柄の男だけは何とかその場に留まったものの、声を上擦らせ逃げ出した仲間を呼び止めようとする。
「お、おいお前ら!! 逃げるな、王国騎士として敵前逃亡など許されぬぞ!! 戻れ!!」
「無駄だ。『
「おのれ魔族め……。ふざけた魔術を!! ここで殺してくれる!!」
単身で赤い何かへと肉薄し、握り締めた剣を突き立てる。今度は避ける素振りもなく、真正面から迫る胸部への突きを受け入れた。
夥しい血飛沫を上げて、口や鼻からも赤黒い液を吹き出してしまう。回避などを一切せず、鍔が赤い肌に密着するまで刺し込んだことに突き立てた当人が困惑していると、赤い何かが無表情で言葉を投げつける。
「満足か?」
「な、あ……!!」
「俺は死なぬ。元来生物ですらない俺に、死という状態は存在しない」
直後、右手で扉を指で叩く要領で、顎辺りの部位を小突く。それだけで、兜越しに頭部を揺らされた大柄の男は呻き声を上げることなく昏倒してしまった。
赤い何かの意識が大柄の甲冑の男へ向けられた瞬間、倦怠感の消えた金髪の少女がその一部始終を目の当たりにし、しかし未だその場から動けずにいた。
(何をしたのか、分からなかった。魔力の波動や、魔術を使った気配もなかった。何より、いくら強靭な肉体と生命力を持つ魔族とはいえ、心臓を突かれて死なずに平然としているなんてあり得ない……!)
先程の脱力感はない。しかし、眼前の得体の知れない怪物から逃げるという意思が、圧倒的畏怖によって諦観へと移行してしまう。
「姫様、今すぐお逃げを!! 姫様っ!!」
従者が再度剣を構え、金髪の少女を守るべく立ち塞がる。その様子を観察して、赤い青年が刺さった剣を無理矢理引き抜こうとする。血で手を滑らせながら、刃を直接掴み、指を刀身へ食い込ませながら力づくで、抜き取り捨てた。
愕然とする。
血塗れの刀剣が地面に落ちる時には、貫かれた筈の胸部の傷が綺麗さっぱり消えていたのだ。治癒魔法や、それこそ魔族の身体機能である再生能力を用いても不可能な現象が目の前で起きていたのだ。
「っ、化け物め……!!!!」
「……、」
「姫様、逃げてください!! 逃げなさいミシェラ!!!!」
近づいてくる怪物と対峙したまま、へたり込む少女へ逃げるよう叫ぶ。逡巡の後、どうにか恐怖を押し殺した少女がその場から駆け出そうとした時だった。
「……待て。俺は貴様らの敵ではない」
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