第30話

 午後イチの授業が終了。途中、眠そうに何度もカクカクとしていた小林が授業が終わるなり後ろに倒れこんで俺の机に頭を乗せてきた。


 ファサァと髪の毛が広がると同時に「あー……つかれた……」と小林がつぶやく。


 前髪もほとんどが逆立つように流れていき小林の額があらわになった。


 普段は髪の毛で隠れている領域のため逆さまながら新鮮な気分になる。


 実は額が広めで、顔が卵型で、眉毛が薄くて、といろんな発見がある。


「ん? どうした?」


 小林が俺の視線に気づいてじっと見てくる。


「い、いや……なんでも」


 小林はリラックスした様子で「んー」と言いながらゴシゴシと目をこする。


 目をつむった後「ね、高橋」と呼んできた。


「何?」


「拷問の手法に眠らせないっていうのがあるらしいよ」


「急にどうした!?」


「や、つまり私は拷問を受けていたのかもしれないなって。眠たいのに眠れなかったんだからさ」


「受けていたのは拷問じゃなくて現代文の授業だけどね……」


「や、ネムーチョだったよ。ネムーチョ」


「ネムーチョ?」と呟いて首を傾げると小林はニヤリと笑って「造語だよ」と言った。


「なるほどね」


 ふと、筆箱に入っていた油性ペンが目についた。それを手にとって端をつまみ、小林の前でブルブルと揺らしてみる。


 小林は寄り目になって「お〜グニャグニャ〜」と声を漏らした。


「このグニャグニャペン、水性?」


「ううん。油性」


「じゃ、私の顔に落書きしちゃダメだよ?」


「水性ならいいとかある!?」


「や、女子なんて顔にお絵かきしてるようなもんじゃん?」


 小林が急に毒を吐く。


「ま……まぁ……ど、どうかなぁ……」


「その点、理栗はいいよねぇ」


 小林はそう言って首を動かし、少し離れた席で友達と話している理栗を見た。


「そうなの?」


「や、だってさ、お絵かきで誤魔化せるのは正面からだけ。横や後ろからのアングルは誤魔化しが効かないわけで。美少女が羨ましいよ」


 そう言いながら理栗を見つめる小林も髪の毛が散らばっているのに全く見劣りしないビジュアルをしている。


「とか言う小林も横顔綺麗だけどね」


 ただの雑談の流れで俺がそう言うと小林が固まる。


 油を何十年もさしていない機械のようにギギギとぎこちなく顔を動かし、天井を向くように上を向いた。


 そのまま無言で腕を伸ばして俺の眉間に人差し指を当ててきた。


「な……何?」


「や、しばらくネムーチョなのにネレネーチョになりそうだから」


「眠いのに寝られないってこと? 拷問されてるじゃん」


「ん。拷問に等しい。今日の夜、絶対寝られないから」


「そ、そんなに嫌だった……?」


「や、喜怒哀楽の4カテゴリでいうなら喜だね」


「あ、喜んでるんだ」


「ん。ってかさ、高橋」


「何?」


「高橋って理栗を褒める練習に私を使ってたりする?」


「ネガティブすぎない!?」


「や……だって私褒められるような感じじゃないし……うぅ……違うもん違うもん……ぐすっ……」


 小林はそう言って顔を手で覆う。泣いているように見せかけているが、手で顔を覆う直前に口元が笑っているのが見えたので泣き真似をしているだけなのは分かっている。


「泣き真似でしょ?」


「や、バレた」


 小林がゆっくりと手を横にスライドさせて顔を見せる。わざとらしくリスのように頬を膨らませていた。


「喜怒哀楽でいうと怒だね!?」


「や、今のは中々の主人公ムーブだったよ。あー、ネムーチョネムーチョ」


 小林は淡々と言いながら身体を起こして自分の机で突っ伏して寝始めた。


 ◆


 次のコマの授業中、小林は黒板に対して若干斜めに座って授業を受けていた。


 頬杖をつきジト目で黒板を見ているだけではあるが、いつもより横顔がよく見えるので、さっきの自分の発言が嘘ではなかったと思うくらいには綺麗な横顔をしていた。


 小林はチラチラと俺の様子をうかがってくるので、目が合うたびに顔を逸らす。まさか横顔を褒められたから見せている……? そんなわけないか。


 次の小林のチラ見を変顔で出迎える。


 すると小林は笑いを堪えるように唇を噛んで俺から顔を逸らした。


「小林、何か言ったかー?」


 先生が前を向いていた小林に尋ねる。


「あっ……やっ……ナンデモナイッス……」


 小林は真正面を向いて姿勢を正す。


 どうしたんだろうか。目立たないようにしている小林が注意を受けるなんて。不思議に思いながら小林の背中をじっと見つめるのだった。


 ◆


 横顔が綺麗と褒められて悪い気はしない。気持ち斜めに座っているのは、見せつけるためじゃなくて単に板書が見づらいから、それだけ。


 チラッと後ろを見ると高橋が変顔をしていた。なんだこいつ。もっと喜べ。


 前を向いて「もっと照れろ、ばーか」と独り言をぼそっと言う。


「小林、何か言ったかー?」


「あっ……やっ……ナンデモナイッス……」


 怒られてしまった。目立ちたくないのに。

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