第29話

 倉庫から救出してもらったお礼に小林に何か甘いものを奢ることになり、3人で繁華街にやってきた。


 理栗と一緒に歩いているとやけに人の視線を感じるのは、理栗が可愛いが故のことなんだろう。小林は視線が集まることに若干の嫌悪感があるのか、すすっと俺たちの後ろに行き一人で歩き出した。


「おっ、トルコアイスだ」


 理栗が足を止める。立ち止まったのはトルコアイスの店の前。トルコアイスといえば、店員が長い棒でアイスを中々受け取らせてくれないパフォーマンスに選択の余地なく巻き込んでくる店が多い。


「ふぅん……いいじゃん。ここにしよ。私抹茶」


 小林が頷いて味を理栗に伝える。こういうパフォーマンス系、一番嫌いそうだけど大丈夫なんだろうか。


「じゃあ俺はチョコで」


 理栗が「おじさーん! バニラと抹茶とチョコを一つずつ!」と言うと、早速長い棒を持った店員のパフォーマンスが始まった。


 理栗の手に渡されたコーンにアイスを載せると、アイスとコーンをそのまま棒にくっつけて持ち去っていく。


「あっ……むぅ……」


 理栗が期待通りの反応を見せたからか、店員は楽しそうに笑いながら大道芸のように華麗にアイスをあっちこっちに移動させて理栗を惑わしている。


「ハイ、ドーゾ」


「ありが――あっ!」


 さすがにもう終わりだろうと思い、理栗が受け取ろうとしたところでスカッ、とかわされる。


 理栗も少しイライラがたまってきたのか「ん!」と語気を強めながらアイスを掴もうとするが、店員はまだ渡してくれず理栗が振り回されている。


 そうこうしている間に、先にチョコレート味のアイスがコーンに盛り付けられて俺に渡された。コーンを掴むと素直に受け取れてしまった。


「あ……あれ……?」


「あー! 私のはー!?」


 理栗がブンブンと手を振りながらバニラアイスを寄越せとアピールする。反応が素直で面白いからついからかいたくなる、というのは分からないでもない。


 そこから数回のフェイントを経て理栗もバニラアイスを獲得。2人でアイスを舐めながら小林の抹茶味の行く末を見守る。


「ハイ、ドーゾ」


 店員はニヤけながら小林にコーンを渡した。小林は無表情のまま、右手にコーンを握って立っている。


 小林の無反応ぶりにも店員はめげず、緑色のアイスをコーンにセットし、コーンごとアイスを店員が持っていった。


 小林は持っていかれた後に手を下ろし、アイスをじっと見つめている。


「ドーゾ。トッテイイヨ」


 店員がフリフリと釣り竿のように棒を振って小林を誘う。だが小林はじっとアイスを見つめるばかりで受け取ろうとしない。


「う、受け取っていいんだよ?」


 片言だった店員が流暢な日本語で話しかける。この手の商売もキャラ作りが大変らしい。


 だが小林は微動だにせず、腕を下ろしたままアイスをじっと真顔で見つめ続けている。


「た、立場が逆転してる……」


 本来なら受け取りたい客と受け取らせない店員という構図になるはずなのに、受け取らない客の出現によって店員が是が非でも受け取らせたがる意味の分からない空間が出来上がってしまった。


 そうこうしていると、いよいよアイスが伸びて落ち始める。


「小林、落ちちゃうよ」


 俺がそう言うと、小林は「ん」と頷いて重力に負けて落ちてきたアイスとコーンを受け取った。


 結局、一度もパフォーマンスをさせないまま小林はアイスを獲得した。


 ◆


 俺を挟む形で3人でベンチに腰掛け、アイスを食べることに。


「小林ちゃん、すごかったね。私、いいようにやられちゃってたからスカッとしたよ!」


 左側から理栗が話しかけてきた。


「や、あの手のやつは反応しないのが一番」


 小林は真顔でアイスをかじりながら言った。


「そりゃ反応がないと楽しくないからね……」


「ん……確かにね。反応があるから、ついからかっちゃうのかも」


 小林はアイスを口につけたまま俺の方を見ながらそう言う。


「じゃ、俺も無視してみようかな」


「高橋、私に根比べの戦いを挑もうなんて無茶な事は考えないほうがいいよ。ところで、家族は元気かい?」


「マフィアみたいな脅し方だね!?」


「ふふっ……そういうとこだよね。いい反応が返って来る」


 実際、小林を無視しつづけたところで、俺がつい反応してしまう罠を仕掛けてくるんだろう。


 小林は「ほい」と言って抹茶アイスを俺の口に近づけてくる。


「くれるの?」


 小林が「ん」と言ったのでそれを信じて顔を近づけると、ひょいっとアイスが離れていった。


「さっきのお店じゃないんだから……」


「これ楽しいね。やりたくなる気持ちもわかる」


「なるほど……」


 仕返しに小林の前にチョコレートアイスを差し出してみるも、一切動かない。


「チョコ味嫌い?」


「や、好き。だけどこれを素直に食べるのはちょっとね」


 逆張り精神が過ぎるな!?


 理栗はどういう対応をするのか気になり、既にバニラ味を食べ終わっている理栗に対し、俺のチョコ味のアイスを顔の近くまで持っていってみる。


 理栗はアイスをじっと見つめ、チラッと俺を見るとアイスを持つ手を両手で包んで固定した上で笑顔でアイスにかじりついた。


「うーん……美味しい!」


「これがお手本」


 小林の方を見ながらそう言うと顔を引きつらせながら「ヒロインが過ぎる」と呟いた。


「じゃ、私が残りも食べちゃお〜」


 理栗は小林を挑発するように俺の手を掴んだままペロペロとアイスをなめている。


「う……た、高橋。ちょっと、それをこちらへ」


 小林が手招きをしながらそう言う。理栗が手を離したのでチョコ味のアイスを今度は小林の方に近づけると、挙動不審な様子でいきなり手を掴み、犬のようにアイスに口をつけた。


 その様子はヒロインというよりはゾンビ。


 だいぶ無理をしているらしく苦笑いしながらその様子をみていると、小林は顔を真っ赤にして「つめてー。味……わっかんねー」と男子中学生のような強がりをみせた。

 

 反応がいいとからかいたくなるというのはこういうことか。

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