第28話

 最後のコマの授業が終了し、騒がしくなった教室で理栗が前に出て黒板を消していた。相方の男子は理栗に押し付けて友達と談笑しているため一人でやることになってしまっている。


 仕方がないので前に出て黒板消しを持ち、理栗が消しきれていないところを消していると理栗が「ありがと」と言いながら笑顔で俺の方を見てきた。


 メインヒロインの真正面からの笑顔の破壊力は中々に強力。だが、これはただ友人に向けた人助けだと自分に言い聞かせる。


 粗方消し終わったところで、授業で使っていた備品の資料集の冊子を集め終わった先生が話しかけてきた。


「六波羅、高橋。悪いけどこの資料集を倉庫に持っていってくれないか? 校舎の奥にあるやつだ。今から会議があって時間がなくてな……」


 理栗が苦笑いをしながら俺を見てくる。明らかに理栗一人では持ちきれない量なので、断れば理栗が持っていくことになるんだろうから渋々頷く。


「はい! いいですよ。晃平、ごめんね」


 理栗がウィングをしながら俺に向かって手を合わせた。


「そうか! じゃ、頼んだぞ」


 先生は資料集の山をタンタンと叩いて教室から出ていく。その後ろ姿を理栗がジト目で見つめていた。


「生徒は無償の労働力じゃないんだけどなぁ」


 理栗は皮肉を言いながら資料集の山を2つに分けた。3対2くらいの割合で理栗の方が多い。


 俺が無言で自分の方が多くなるように配分を変えると理栗はちょうど同じになるくらいに配分を更に変え、「どっこいしょー!」と気合を入れながらそれを持ち上げた。


 ◆


 校舎の二階の奥にある倉庫はたまに人が来るのだろうけどかなり埃っぽい。建て付けの悪い扉を二人がかりでなんとか開けたのだが、理栗は入った後に片手で軽々と扉を閉めてしまった。


「あんなに苦労して開けたのに簡単に閉まるんだね!?」


 閉める必要が全くなかったことに気づいた理栗が照れ隠しに苦笑いをした。


「あはは……し、閉めるときは一瞬だったねぇ……」


「まぁ……また頑張って開ければいいか」


 理栗がニコっと笑って資料集を棚に置く。


 やることはすぐに終わったので、開けるのだけに苦労する引き戸に手をかける。


「ん……? 重いな……」


 俺がつぶやくのと同時に理栗がやってきて同じところに手をかけた。すぐ近くに顔があって妙に照れてしまうのはメインヒロインの魅力故なんだろう。


「うーん……重いっていうか……びくともしない?」


「それって……閉じ込められたってこと?」


「あはは……あ、あぁ……あー……」


 理栗の視線の先には張り紙があり『入室後の閉扉厳禁!』と書かれていた。これはつまり、中からは開けられないということ。


「これさぁ……外にも貼っておいて欲しいよね」


 理栗の愚痴に「ごもっとも」としか答えられない。


「まぁ外から開けてもらえばいいわけで。理栗、スマホ持ってる?」


「うん。ぎゃっ、充電切れてる……晃平は?」


「机に置いてきた……」


「えっ、じゃあ誰も呼べないってこと!?」


 倉庫、密室、閉じ込め、二人っきり。これは……ヒロインとの密室イベントだ!


 ◆


 授業の後、高橋と一緒に帰るため、教室に戻ってくるまで寝て待っていようと思ったのが30分前。寝ていたので体感時間は数分だけど。


 高橋の机には鞄とスマートフォンが置かれていてまだ戻ってきていないみたいだ。


 そして……隣の理栗の席にも荷物が置いてある。


 そういえば授業の後、二人で教室を出ていくところを見たような気がする。


「ん……まだかな?」


 今日は校則見直し委員会の会議の日だったか。


 や、そんな話は聞いていないけれど。


 や、高橋のことを全部知っているわけじゃないけれど。


 や、なんかもやもやするけれど。


「探しに行くかぁ……」


 首を回すとパキパキと音が鳴る。


 起きてそのままだから少し髪型くらい整えた方がいいだろうか。スマートフォンを鏡代わりにして前髪を直してから教室を出た。


 ◆


 倉庫に閉じ込められてしばらく経過。時間が分からないけれど体感では何十分と経った気がする。


 理栗と雑談をして誰かが来るのを待っていたものの、人が来る気配はなく、いよいよここで夜を明かす可能性が現実味を帯びてきて口数が減ってきている。


「あ……あのさ、晃平」


 隣で壁にもたれかかって床に座っている理栗が沈黙を破るように久しぶりに声をかけてきた。


「な、何?」


「なんか……どういうタイミングがいいのかまるで分かんなくてさ……今でもいいかなって思ってるから心して聞いてほしい」


 理栗が何度か深呼吸をして俺の方を見てくる。


「あのね、晃平。私、晃平がす――」


 理栗が何かと言おうとした瞬間、ファーーーー! と部屋中に楽器の音が鳴り響き出した。そのせいで理栗の言葉が遮られる。


 真上は音楽室なので、吹奏楽部の音がダイレクトに響いてきているようだ。


「え? ごめん、聞こえなかった」


「あのね。す――」


 ダダン! ダダン! とルパン三世のテーマの演奏が始まった。部屋から脱出したいのに叶わない自分達の立場に重ねてしまう。


「ごめん……また聞こえなかった……」


 理栗は諦めたように首を振った。音量的には耳も慣れて落ち着いてきたけれど理栗はすでにその気をなくしているみたいだ。


「ううん。気にしないで。はぁ……間が悪いなぁ……」


 間が悪い……すから始まる何か……まさか告白!?


 理栗は膝を抱きかかえている腕に額を付けて俯いているので顔は見えないが、耳は真っ赤になっている。


 そういえば、原作での理栗ルートは主人公から告白する流れだった。つまり理栗から告白しようとしてもそれを阻止しないといけない。俺に主人公特有の耳の悪さを発揮させるために世界が吹奏楽部の演奏を差し込んだ、と考えたら合点がいく。


「うー……こっ、晃平!」


 理栗が大きな声で俺を呼ぶ。その声量があれば言えるんじゃない? と思わなくもないけれど、2回も予想外の音に告白を邪魔された理栗は既にいっぱいいっぱいらしくそんな発想には至らないようだ。


 俺の名前を呼んだ直後、身体を密着させてくる。顔もすぐ近くまでやってきて、そのまま頬にキスをして耳元に手を添えた。


「好きだよ」


 理栗の手で包まれた言葉が空気中に拡散することなくそのまま耳に飛び込んでくる。


「あ……ええと……」


 世界の妨害すらものともせずに突破してくる理栗に面食らう。


「理栗、とんでもないものを盗んでいこうと思います!」


 理栗はずっと上で鳴っている音楽に合わせ冗談めかしてそう言う。


「ま、返事はいつでも。半年くらいなら全然待つよ?」


 理栗は笑いながらそう言って立ち上がり、俺から離れていく。


 少し離れたところで振り返り、両腕を広げてハグを求めるような体勢で俺を見てきた。


「それとも、今ここで?」


「それは……難しいかな」


 理栗はニッコリと笑って頷く。


「うん。だよね」


 会話が一区切りついたところでどんどん、と扉が叩かれた。


「高橋ー! 理栗ー! いるー?」


 どうやら小林が迎えに来てくれたようだ。理栗がニッと笑って扉を指さす。


 原作とはまるで違う展開だが、今目の前に選択肢があるんだろう。このまま声を出さないよう口に手を当てて理栗ともう少しここで過ごすのか、小林に助けてもらって二人っきりの時間を終えるのか。


 気持ちの面でも実利の面でも後者が現実的なんだろう。


「出られるときに出とこうか」


 俺がそう言うと理栗も微笑みながら頷いた。


「おーい! 小林ー! 助けてー!」


「うーん……いないか……」


 扉の向こうに声が届いていない!? 焦って理栗と顔を見合わせる。


「いるよ!? 小林ー!」


「……ふふっ。知ってるよ」


 扉からカチャカチャと音がする。


「本気でびっくりしたからね!?」


 小林は「本気と書いてマジと読む〜」とマイペースに呟きながら扉を開けようとしてくれる。


「ん……あ、あれ? 鍵かかってる」


「え? 鍵?」


 よく見ると内側の鍵が『閉』になっていた。鍵が閉まってたら開くわけないな!?


 慌てて鍵を開けて内側と外側から開けると扉はすんなりと開いた。


 小林はいつものジト目ながら少しだけ微笑んでいるように見えた。


「や、お二人さん。大変だったね」


「いやぁ……パニックになると見えなくなるもんだねぇ……まさか鍵が閉まってただけなんてさ……」


 理栗が恥ずかしそうにしながら笑う。小林はニヤリと笑うだけで何も言わずに「それじゃ〜」と言って先に教室に戻ろうとする。


 今日のMVPの小林を逃がすわけにはいかない。ヒーローインタビューのため理栗と二人で目を見合わせて小林を追いかけた。

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